第六話 ラケッティア、闇マーケットのスケッチ。
おれが闇マーケットで最初に見た殺人事件の凶器は分厚い真四角の肉切り包丁だった。
カネ目当ての強盗でないことは間違いない。
犯人は――そいつの顔はばっちり見た――カネを取るかわりにそいつの耳を切り取り、白くて清潔なハンカチのなかに包んで持ち返った。
あとできいたら、ヤクの売人同士のいざこざがあって、やられたらしい。
死体はそのまま放置するわけにもいかないが、片づけるのも面倒。
が、治安裁判所の警吏を呼ぶのはもっと面倒だから、仕方なく、近くの店のものが死体を引きずっていき、マーケットの外へ放り出す。
「まあ、お前たちが何を言うかは分かってる」
通報を受けてやってきた警吏がうんざりした様子で言う。
「誰も何も見てないって言うんだろ? おい、リカルド。お前、犯人の顔、見たか?」
「いえ、見てないっす。警吏どの」
「見てないってわけはないだろう? お前の店の真ん前で、お前の売ってるインチキ勃起薬を手にとって見てるところをやられたんだろ?」
「うちの勃起薬はインチキなんかじゃないっす。もし、よろしければ、警吏どのもお試しください。無料で進呈しますんで」
「おっと! その手は食わないぞ。それでおれへの袖の下は済んだつもりで追い返そうったって、そうはいかない。それにな、そんなインチキ薬飲んで、ポコチンが腐り落ちるのもごめんだ」
「うちの勃起薬はインチキじゃないっす。ほら、錬金術師の証明書もあるっす」
「いいか、リカルド。大切なのはお前が見たことだ。お前は客の相手をしてた。そして、その客の脳天に肉切り包丁がぶち込まれるのも見ていた。そうだろう?」
「や、見てないっす。釣銭を数えるのに夢中になっていて」
「そうか、そうか、リカルド。お前は夢中になるほど釣銭を数えるのが好きだってんだな?」
「その通りっす。警吏どの」
「でもなあ、リカルド。たとえ釣銭を数えるのが好きだとしても、目と鼻の先で脳天が割れる音をきけば、目線くらいは上げるもんだ。それともお前はお前の顧客がどんな目に遭おうと知ったこっちゃないってのか?」
「うちはお客第一でやってるんで」
「そうだろう、リカルド。それはおれがよーく知ってる。だから、釣銭を数えるのが好きなお前はガイシャの脳天が叩き切られた音をきいたとき、それを見た。そのくらいは認めてもいいんだぞ、リカルド」
「そういえば、見たような気がしてきました」
「いいぞ、一歩前進だ。お前はガイシャがやられるのを見た。となれば、お前はやったやつの顔を見てるはずだ」
「見てないっす」
「なんでだ?」
「犯人はあっという間に逃げていきやした」
「一つ目の嘘だな、リカルド。犯人はガイシャの脳天に肉切り包丁を叩き込んだ後、何か記念品が欲しくなったらしくてな、そいつの左耳を切り取ってるんだ。お前、それを見たんじゃないのか?」
「見てないっす」
「じゃあ、お前は殺人鬼があわれな被害者から耳を強奪してるとき、何をしてたんだ?」
「釣銭を数えてたっす。おれは釣銭を数えるのが好きで好きでしょうがないんす。女房とやってるとき、今日は勃たねえなあと思ったら、釣銭を数えればヒャッホー!ってなれるくらい釣銭を数えるのが好きなんす」
そこは自分の勃起薬を飲むところだろうが、とツッコミを入れたくなったが、ほとほとうんざりした警吏のそばでおちゃらけたことするとこっちまでとばっちりを食うので、ぐっと我慢した。
あとできいた話だが、リカルドは犯人を知っていた。
それどころか名前も知っていたし、そいつに誰か殺してほしいとき、コーヒーハウスに行けば会えることも知っていた。
いや、リカルドだけでなく、その場にいた全員が知っていた。
そして、そのことは警吏側も分かっていた。
ただ、あとでこのありふれた殺人事件が万が一国を揺るがす大事件の発端になったとき、責任を逃れるためにきちんと捜査をしようとしたというポーズが欲しかっただけらしい。
そもそも闇マーケットはカラヴァルヴァ市街とカラベラス街の境界にあるのだから、法律に期待するのが間違っている。
闇マーケットは建物としてはアーケード街になっている。
エスプレ川南岸にあるグラン・バザールに比べれば、ずっと規模は小さいが、〈ラ・シウダデーリャ〉よりはずっと広い。
また、グラン・バザールは煉瓦に漆喰を分厚く塗っていたが、闇マーケットは剥き出しの石と黒ずんだ木材が混じり合った奇妙な構造をしている。
どうもマーケットを建てるとき、石が安ければ石を使い、木材が安くなったら木を使った結果、奇妙なちゃんぽん建築ができたようだ。
テナントに入ってる店の商売のえげつなさは〈ラ・シウダデーリャ〉よりもひどいかもしれない。
薬種屋ではまだ土も落としていないイドが有機野菜みたいに華々しく売られ、一丁のピストルに法外な値段をつける武器屋の店先には槍が斜めに突き出ていて、海賊フランシアが使ったと言われる黒いドクロの赤い旗が最後は絞首刑となったフランシアその人のごとく、だらりと垂れている。
角のコーヒーハウスに集まる殺し屋の値段は平均で金貨十枚だが、なかには人の命なんて屁とも思ってないことをアピールするために銅貨三枚で殺しを請け負うやつもいた。
銅貨一枚が日本円で十円相当だから、三十円で人を殺すわけだ。
カラヴァルヴァの観劇通たちは拍手喝采するだろう。
と、思ってたら、また殺人事件が起きた。
コナンもびっくりの発生率だ。
ところで、闇マーケットはカラヴァルヴァで唯一、死体から持ち物を剥ぎ取らない場所だ。
サン・イグレシア大通りやロデリク・デ・レオン街ですら、誰かが殺されると、まわりの人間は金目のものを奪い、遅れてきたやつは手ぶらで帰りたくないからとズボンを引っぺがすものだが、闇マーケットはそれをしない。
ただ、それは死者への敬意からではなく、変な濡れ衣を着せられることを恐れてのことである。
闇マーケットが管轄の警吏はほとんどの殺人事件を未解決で放置するが、ときおり検挙率を上げるように上司から命じられると、警吏は誰かに濡れ衣を着せて逮捕する。
もし、死人からポケットのなかの干し肉の切れ端一つでも盗めば、それで強盗殺人がでっち上げられる。
何度もいうようにここはカラヴァルヴァ市街とカラベラス街のあいだにある。
おめめキラキラパチパチの倫理は期待ができないのだ。
――†――†――†――
さて、第二の物件は闇マーケットを南北に貫く通りから、殺し屋どもが集まるコーヒーハウスの角を東へ曲がった街路にある。
半分は木で、もう半分は石でできた泥炭色の門に白墨で、
『カラヴァルヴァ軍、バンザイ!』
と、殴り書きされていた。
カラヴァルヴァ軍とは、このあたり一帯を支配するローカルな軍閥で、おれのカジノはこいつらの財布の紐の緩さにだいぶお世話になっている。
扉を開けると、窓のない蜘蛛の巣だらけの玄関ホールがあり、劇場に通じる扉が受付の左右に二つ。
劇場は土間席ががらんとしている。
丸テーブルを置いて、大きな酒場みたいにできるし、舞台の大きさも劇から賭けボクシングまでこなせる広さがある。
ボックス席は粗末な木造だが、ホコリを払ってみると、その胸壁や柱に竜や騎士の見事な浮彫がほどこされていた。
〈槍騎兵〉になかったものとしては中庭がある。
三階建ての回廊に囲まれた庭は手つかずのジャングルみたいになっているので、辛抱強い植木屋を探さないといけない。
だが、当たれば痛い75ミリ野戦砲クラスの問題が別にある。
この劇場、人が二人住んでいた。
中庭の奥まった場所にある作業場でよく洗った羊の腸でコンドームをつくっている盲目の老婆。
もう一人は黒髪劇場の元支配人。
ここに来て、問題は三十センチ列車砲クラスに格上げされた。
この元支配人、驚くなかれ、ロン毛のイケメンだ。
くそっ。




