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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ 来栖興業株式会社編
248/1369

第四話 ラケッティア、公営質屋不動産部門のスケッチ。

 つまり、箱物が欲しい。あのくらいの規模の。


 バカ受けする劇と酒と音楽、それに踊り子さんなんか呼んだりして。


 そんなのカジノでやりゃいいだろ、という意見もあるだろうが、カジノはコンセプトとして古代文明っぽさを売りにする予定だ。

 だから、劇も古代文明っぽいエッチな劇をかける。


 ただ、それとは別に劇場が欲しいのだ。


 南洋海域でイヴェスが喜劇王になろうとしたとき、おれはマフィアのボスが面倒見た芸能人を自分のナイトクラブに出演させたりしたと言ったが、それがしたいのだ。


 つまり、興行に打って出る。


 ウケるものならなんでもやる。

 コロシ劇、ラインダンス、賭けボクシングだってやる。

 なんなら、トキマルにびっくり忍者ショーをやらせてもいい。


 つまり、カジノにショービズを持ち込む前の前哨戦だ。


 それにこれはリベンジでもある。


 ディルランドでおれはかつて賭けボクシングを興行したことがあったが、ただのチャリティーに終わったという苦い経験がある。


 翌日には不動産をゲットするときには何かと頼りになるカルデロンとエルネストを連れて、いい出物はないかと不動産を担保にした融資も手掛けている公営質屋に出かけた。

 

 公営質屋は今日も大盛況で受付のあるホールはカネに詰まったロクデナシとヒトデナシで超満員だった。

 金欠どもは死んだおふくろに誓ってとか、そんな言葉付きで、出所不明の装飾品や闘鶏用の鶏を銅貨一枚でも高く売りつけようとしている。


 ただ、受付の買い取り役もその道の玄人だから、金メッキに隠れた鉛や油で膨らませた鶏の胸を簡単に見破る。


 すると、その道の玄人らしい、よく使い込んだ大きな棍棒を持った大男が現れて、偽物野郎の頭をガツン! で、外に引きずり出す。

 もし、この大男が人間じゃなくて戦闘機なら頭蓋骨の形をした撃墜マークだらけだろうな。


 しかし、ボンクラどもは頭蓋骨にヒビが入ることも覚悟の上で偽物を持ち込むのをやめはしない。


 ある男は最初、鼻のかけた小さな胸像を古代遺跡で見つけたと言って、どつかれ、引きずり出されたのだが、すぐ頭に包帯を巻いて戻ってきて、十キロ離れた位置から見ても偽物とばれる預金証明書を持ち込もうとして、またどつかれて、たたき出されたのだが、もう世界で一番でかい頭ですら入らないほど、包帯を頭にぐるぐる巻きにして、今度は青く染めた蜂蜜を売りつけようとしていた。〈蜜〉だとホラをふくつもりだろう。


 このように公営質屋に昼から質草を持ち込む連中はあっぱれな根性を持ったトンチキ野郎どもなのだが、質流れを売り出す売却部門となると、これはもう戦争だ。

 床が落ちるんじゃねえかと思うくらい、人間がホールに詰め込まれ、貴金属や魔法素材、高価な服飾品や世界にたった一つしかない機械などを世界大恐慌が起きたみたいに大声でやり取りし、相場や法令と照らし合わせて、買ったり、見合わせたりする。


 愛人用と正妻用の二種類の宝石を買い求めるマメな男は手にしたブローチが本物なのかどうかしつこくたずねている。

 もし、愛人と正妻、二人ともに偽物をつかませたら、笑い話で済むが、どちらか片方だけに本物の宝石が渡ったら、とんでもないことになるのだ。


 ここに集まるのはカネのある人間たちだから、質屋の職員も買い取りよりも頭を使って、法外な値段づけを妥当なものに見せようと必死になっていた。


 要はどっちが必死になるかの違いだ。

 この世界、取引の主導権は現ナマを手にしている側の手にある。


 不動産を扱う職員たちは黒紅樹の衝立で区切られたなかに事務室を持っていて、登記謄本や建築許可免状といった紙の海を犬かきで進む。


 ここの人間は特に殺気立ってる。

 金貨の入った袋を針金で腰に縛った投機家たちが、その物件は白アリに食われてないか? 事故物件じゃないのか? 王令で封印されていないか? 三つの水盤をつかって遠い場所から竈の精霊を怒らせて火災を起こせる魔法使いに目をつけられていないか? といったことを詳しく詳しく何度も何度も問いたてる。


「実際、その手の不良物件はかなりある」


 カルデロンが言った。


「そうなの?」


「空き家だと思って行ってみたら、双子のばあさんが居ついていて、絶対に離れようとしない。離れて欲しければ銭を出せ、なんて図々しいことまでいうのだが、まあ、その銭も銀貨の数枚でよかったから、買い手はつい払ってしまう」


「占有屋ってこっちの世界にいるんだ」


「そのうち、双子のばあさんは味をしめて、立退料を値上げした。ある男が買った酒場にやはり二人が勝手に入り込み生活していて、どいてほしければ、金貨二枚払えと言ったのだが、その男は払うかわりに、ばあさんの頭を二つばかし民衆劇場なら総立ちで拍手をもらえるくらい見事に叩き割った。そいつは前科まえがあったので、わしは斬首刑を宣告したわけだが、なぜ絞首刑じゃないかと言えば、その二人のばあさんには一度、立ち退きがらみのことで会ったことがあるからだ。ひどいやつで、まったく地獄の悪魔だってもっと優しい言葉を使うだろうというくらいの面罵の名手だ。一応、ばあさんたちにはこんなこと続けてると、いつかきっとカモにしちゃいかん相手をカモにしてしまい、殺られるぞとは言っておいたのだが、結局、きく耳持たずで殴り殺されてしまった。まあ、そのことを悔いるつもりはないのだがな。わしはわしのできることをしたが、それをききいれないなら、それまでの話だ」


「物件を買ったら、誰かに入り込まれないように気をつけろってことか」


「まあ、そうだ。おやおや、見ろ。あそこに歩いてるの、あれはマダム・マリアーヌだ」


 見ると、髪をみない形にまとめ――というより、彼女から流行が生まれているかのごとくまとめ、襟ぐりの深い真っ赤なドレスの美人が歩いている。

 顔かたちが抜群にいいというだけでなく、立ち振る舞いや居ずまいからして洗練されていて、そこには生まれつきの品みたいなものが感じられる。

 が、貴族ではなく娼婦らしく、むしろ本人は貴族夫人ではなく、あくまで娼婦として見られるよう服装に気を配っていた。

 とはいえ、そんじょそこらの街娼たちんぼとは違う。たぶん、彼女は――、


「高級娼婦?」


「最高級娼婦だ。相手は王侯貴族や大商会の総帥だ。わしらとは住む世界が違うってやつだ」


 そんな感じだ。

 彼女のまわりには取り巻きが大勢いる。

 金持ちのボンクラ息子風のもいれば、軍閥の親玉風もいる。一晩だけでいい、きみといられたら、僕は自分で自分のハラワタを引き裂く、なんて言ってる新進気鋭の劇作家もいる。

 彼女のために冷たい飲み物を持ち歩く召使もいれば、彼女の好きな香りを散らせる不思議な箱をもった美少年の召使もいて、そのまわりからはほんのり甘くて鼻に抜けるいい匂いがしてきていた。


「すっげえ美人な女王さまなのは分かったけど、ここに用があるってことは」


「不動産目当てだな。たぶん、自前の娼館をつくるんだろう」


「これからは自分のかわりに他人をファックさせて、左うちわってわけか。歳はいくつくらいだろう?」


「まだ二十歳はたちを越えて、五年と経っていない」


「まだ若いってことか」


「頭のいい女性なのだよ。マダム・マリアーヌは。若さが永遠じゃないことをあの美貌にして、きちんとわきまえてる」


「やけに肩持つね」


「同性愛者を除いて、肩を持たない男がいるもんかね? くそっ、わしもあと十年若かったらな」


 上客らしいマダム・マリアーヌは受付に並んでいる男たちのことなぞ見もせずに、土地建物部門の責任者を呼び、いくつか気になる物件を案内させたのだが、その案内役は支配人が買って出た。


 その紳士的な申し出に礼を言いつつ、マダム・アリアーヌは三十人ほどの取り巻きを連れて、支配人の案内でホールを出ていった。

 彼女の割り込みに文句を言うものはいなかった。

 おれを除いて。


「まったく、きみは犯罪のこととなると、頭がまわるのに肝心なところで感受性のなさが曝露されるな」


「だって、こっちはもう二時間待ってたのに、ただ美人だってだけで横入りしてきてさ。そりゃ、おれだってきれいなネエチャンは好きだけど、でも、二時間待ってたんだよ、二時間」


「エルネスト。同じ男として、きみからも何か言ってくれないか?」


「彼女が爵位に興味がないのが残念だね。証明書を偽造できるのに」


「このなかに男はわし一人か」


「爵位を偽造するなかで一番簡単なのは勲爵士でサー・なんとかが立ち会ったというサインさえ書ければいい。駆け出しの仕事だよ。ただ、公爵くらいになると、偽造人の想像力が極限まで試される。証明書と一緒に過去の先祖の名前をでっち上げ、樹木にあしらった家系図を添えないといけないからだ。マイニロミューとかナスタージウスとかカーランヴィアンといったヘンテコな名前の数々をね」


「彼女ならそんなものなくても、公爵夫人になれる。求婚する公爵の数は知れたものではない」


「かわいそうな人だ。立派な偽造人の仕事による偽造証明書を利用する機会がないなんて」


 偽造証明書だって!? とききなおす声。


 見れば、どこかで見たじいさんが丸めた羊皮紙の束を抱えてまま呆然としている。


「エルネスト・サンタンジェリ! すごいぞ、本物だ!」


 老人は書類をほっぽりだし、エルネストの手を熱心に握った。


「知り合い?」


 と、たずねると、エルネストはちょっとびっくらこいたらしく、


「いえ、初対面です」


 だが、老人はそんなこと言われても、屁とも思わず、


「もちろん、わしはあんたと会ったことはない。いや、なかった。偽造された書類を通してでしか、あんたのことを知ることができなかった。おっと、自己紹介が遅れた。わしはボナヴェンダー・マクスウェル。元ロンドネ王室書類監査長官です」


 思い出した。

 ずいぶん前、襲撃事件が連発して、この公営質屋で犯罪組織のトップが集まって、サミットをすることになったのだが、そのとき、おれとトキマルを案内し、文書偽造人の銅像が並んでいる地下室でエルネストの銅像を紹介し、エルネストの仕事に立場を忘れて惚れてしまい、左遷されたという爺さんだ。


「今日は何の御用で? 偽造した預金証書をお持ちですかな?」


「いえ、今日は不動産を買いにきたのです」


「それは素晴らしいですなあ。登記簿や売買証明書。印紙付きの納税証明書。どいつもこいつも偽造し甲斐のあるものばかりです」


「ぼくもそう思うのですが、こちらのクルスくんがどうしても正式な手続きで買いたいと言っていてね。それで並んでるんだ」


「なに、並んだっていい物件が増えるものじゃありませんからな。よければ、わしが案内しましょう。なに、不動産部門にいたこともあるし、知り合いも多い。お望みの物件を紹介できると思うから、来てみるんですな。さあさあ、遠慮なさらずに。そのかわり、といっては何ですが、何か手持ちの偽造書のなかで、もっとも芸術的価値の高いやつをお分けいただいたら、棺桶までもっていくんだがね」

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