第四十二話 ラケッティア、殉教野郎。
どうやって手に入れたか知らないが、そこにキルシュトルテがあり、そのうまさに悶絶している魔族が五人。
どいつも怜悧系の超絶美形なブラッダではあるが、その喜びようは現代にタイムトリップした侍が初めてプリンを食べたようだ。
いや、見たことないから知らんけど。
うまいんよー、うますぎるんよー、とキルシュトルテを褒めたたえる魔族たちのテントは道沿いにある。
サウススター民兵たちもおのおの野営しているが、さすがに魔族たちのそばに寄るやつらはいない。
ほんと、見た目だけは「気安く話しかけないでくれたまえ」とかいいそうな感じだからだ。
さて、おれはというと、ルクレールに引導を渡すべく、道をてくてく歩いている。
ロムノスから借りたホイールロック・ピストル一丁をベルトに無理やり挟み、一緒に行くのは、カラヴァルヴァ治安裁判所判事コルネリオ・イヴェス。
かつてのキャプテン・コルネリオ、エル・ヘフェ、異世界のバスター・キートンになり損ねた男である。
アサシン娘やトキマルではなく、イヴェスを連れて行く。
その意味するところは――、
「――お前はそのルクレールとやら生かしておくつもりでいる」
「おっ、鋭い読みだねえ。いつもの調子が戻ってきたじゃん」
おれとイヴェスは肩を並べて歩いているが、イヴェスには長くて活動的な二本の脚があり、すっす、と進んでいく。
おいらは短いコンパスを必死にまわしてついていく。
まあ、別にいいけどさ。
いつものイヴェスが復活してよかったというと、ふん、と軽く受け流し、
「言っておくが、わたしは目の前で行われる殺人を許容するつもりはない」
「そんな器用なことできないのは百も承知」
「だが、教えてもらった事情から考える限り、ここのルネドとやらがルクレールの助命を許すと思うか? きいてみれば、ずいぶんとあくどいことをしていたらしいな。これは風の噂だが、お前はそいつの右腕を殺した」
「やったのはおれじゃないぜ。オバンドが殺されたとき、おれは外でションベンしてた。堪え性の無い膀胱に感謝。あの場にいたら、おれまで殺られてたかもしれん」
「よく言う。――まあ、いい。だが、そのオバンドとやらの死体を引き渡したときのルネドの反応が気がかりだな」
「おれ、見てないんだよね。スプラッターなことが起こるの分かってたから、耳塞いで、目ェつむって、大声でアーアーって叫んでた」
「……ルネドの憎悪はそれほど深いということだ」
「それに関しては否定しないし、復讐は次の復讐を産むだけだ、なんていうつもりもない。ただ、いたぶるのは死体だけにしてもらう。これはビジネスの問題だ」
「分からないな。なぜルクレールを助ける? 理由は年齢か?」
「そんなかわいらしい考え持ってるようにおれが見える?」
「さあ、どうだかな」
「ルクレールにはね、この海域全部のサウススターの取りまとめをしてもらうつもりなんだよ」
「……わたしの気のせいか? いま、ひどく突飛な言葉がきこえた」
「気のせいじゃない。純度百パーセントの本物。ここのサウススターはルクレールに仕切らせる」
「海域最大のギルドの運営をルビアンの農場主にゆだねるだと? ルネドたちは絶対に納得しないぞ」
「無理にでも納得してもらう。おれがラケッティアだってこと忘れてない? おれだって、いつまでもここにはいられない。あんた同様、おれもカラヴァルヴァに帰らないといけない。んでもって、おれのいない後、サウススターを任せられるだけの能力があるやつっていうと、ルクレールくらいしか思い浮かばない。事業全体を見ることができて、それを富ませるというと、あの天才少年くらいしか思い浮かばん」
「だが、ルビアンだろう?」
「たったいま目が覚めたばかりなのに、ここの民族事情には詳しいようで」
「カラヴァルヴァで普通に暮らしていてもそのくらいのことは耳に入る。ルビアンをトップにすれば、出だしでつまづくこともあり得る」
「その通り。サウススターのトップはルビアンだ。ひょっとすると、サウススターの主要幹部を全員ルビアンにしちまうかもしれない。だけど――」
――†――†――†――
「――だけど、あんたはルビアン至上主義者じゃない。神さま至上主義者だ。もっと言えばディレの聖公女至上主義。あんたが事業をうまくまわしてくれるなら、あんたはこれまで通り〈神の取り分〉をゲットできる。ただし、サウススターの組合員とおれに払うもん払って残った自分の給料のなかでやりくりしてもらう。これが条件だ」
ルクレールは相変わらずの質素な黒のローブで、おれたちに背を向け、ディレの聖公女の像に祈りをささげていた。
「ぼくは殉教できないのですか?」
悲痛とも取れる声が上へと響き、下に震えだけが返ってくる。
礼拝室は八角形の天井が高く、ステンドグラスは聖公女の誕生から死没して腐敗することのない永遠の姿でカヴァス司教座の大聖堂に安置されるまでの永遠の一生を描いている。
礼拝堂はルクレールの宮殿のような屋敷の裏手にポツンと立っている。
ルクレールはどうもこの礼拝堂で寝起きしているようだ。
俗世の仕事を持ち込まない聖域がこのガキんちょに必要だったのだろう。
「ぼくは殉教できないのですか?」
「ルネドに生きたまま引き裂かれて、その有様をステンドグラスにしてもらって大聖堂の飾りにしてもらいたいのか? 祈れば、リューマチが治ると信じたばあちゃんに拝んで欲しいのかよ? お前の脳みそはどこで遊んでる。有給は取り消しだ。脳みそに大急ぎで帰ってくるように言え」
「ぼくは、殉教、できないのですか?」
「そんなに殉教者になりたいか?」
おれは銃をふりあげて、頭を狙って撃った。




