第四十一話 ラケッティア、復活のイヴェス。
ブラジル人の作家ジョルジェ・アマードの『果てなき大地』。
カカオを栽培する農園の話なのだが、いい土地を独占するために政治家は買収するわ、敵対する農園主を待ち伏せて撃ち殺すわ、弁護士使って違法を合法にねじまげるわで、事実上、マフィアみたいなやつらが殺し合いまくる。
農園主たちはみんな民兵隊の大佐ということになっているのだが、こいつらがどうしようもないゲスで、たとえば五年間小作人を働かせて開墾させて、報酬に一番いい土地を分けてやるといいながら、開墾が終わったら登記を全部自分の名義にし、相手が文句を言ったら、ぶっ殺す。
正直、カレイラトスの農園主が聖人君子にみえるえげつないやり取りが行われるなかで、こいつらにも一つだけルールがあって、それはカカオ畑に火を放たないというのがある。
まあ、そのルールも最後には破られるのだけど。
これを読んだ後に食べるゴディバのチョコは実においしい。
いただきますの意味がお命いただきますになってる。
さて、現状だが、夜になり、お互い同士討ちを避けるためにいったん小康状態になっている。
ジルヴァがぎゅっとおれの服の裾をつかんで、一人で潜り込んで、ルクレールの首を掻き切ってくるとしきりに目で訴えるのだが、もはや事が大事になっているので、そういうわけにもいかない。
ルクレール農園の外周をまわる街道があり、その丘から夜の帳が降りたカレイラトスを眺めるのだが、フォリゼーから光の行列が続いてくる。
サウススターの組合員たちのたいまつがずっと街まで続いているのだ。
さらに、いくつかの農園からもたいまつの行列が伸びていて、それが合流するところではまた、これがきわめてまぶしい。
おれはフォリゼーの組合員にマフィアの命令系統をそのまま写した民兵の指揮系統をつくったけれど、それが山間部の農園にも派生したらしい。
各民兵隊は大佐が率いることになっていて、それぞれ頭がいいとか、腕っぷしが強いとか、人を唸らせる演説ができるとか、そういった連中が秘密選挙でえらばれていた。
ああ、くそっ。
せっかく『果てなき大地』の気分でいたのに、選挙で隊長を選んだなんて思い出したせいで、労農赤軍みたいになってしまった。
五人の大佐がやってきた。
全員ルネドで、下が二十代後半、上は六十代。
一つの大鍋を囲うように座り、豚の内臓と焼きバナナのスープを木のボウルにとって、ムシャムシャ食べる。
どうも揚げたり焼いたりするバナナは合わないが、昼間から何も食ってないので、腹には入る。
ちなみにバナナの皮はイヴェスがずっこけるのに使った。
「脱走者が後を絶たない」
と、一番年かさの大佐がため息まじりに言った。
「まあ、そりゃ民兵だもんな。飽きれば帰る」
「違う。わしらじゃない。やつらのほうだ」
「ああ。そっか」
「ルクレールの手元にはもう兵はいない。攻めちまえば、一発だ」
「海竜騎士団は?」
「こないだフォリゼーの砦が焼けて、次はガレオン船が沈没して、踏んだり蹴ったりで動きが取れないらしい」
それ、どっちもクリストフの仕業。
「わしらはあんなやつらに頭を押さえつけられて、ヘコヘコしてたわけだ」
「いやになるぜ」
「いやになって火とかつけないでくれよな。サウススター組合員が路頭に迷う」
「自分の食い扶持つぶすバカもいないだろう」
「いや、分からんぞ。積年の恨みってやつがある。オバンドの死体がいい例だ」
おれはオバンドを友好の証として、くれてやった。
ルネドたちがどんなことをするのかは予想がついていたので、おれは目をつむって、両手で耳を塞いで、アーアーきこえなーい、と自己防衛に走った。
全てが終わった後、目を開けると、オバンドの倒れていた位置には歯のかけらが混じった小さな血だまりが残っていた。
「オバンドのやつ、どこに行ったと思う?」
大佐の一人がスープ鍋のほうを顎でしゃくった。
「おい、こら!」
「入れたのか! この馬鹿!」
「入れてねえって。ちょっとした冗談だよ」
そいつ、目が笑ってない。
そのとき、ひょこっとアレンカが現れた。
ちょいちょいと手招きされたので、人肉疑惑がこってり濃厚なスープから離れ、クルス・ファミリーちびっ子筆頭のもとへ。
「むーっ、アレンカはちびっ子じゃないのです。成長途中なのです」
「ヴォンモがなついてるってきいたけど」
「それは本当なのです。アレンカはお姉さんなのです」
ヴォンモについては、アサシン娘たちが嫉妬したりしないかと内心気をもんでいたが、いざ会わせてみると、どうやら妹分としてかわいがっているらしい。
将来は暗殺術なんかも教えたりするつもりらしいが、まあ、本人が望むなら止めないで置く。
「で、アレンカ。おれに用があったみたいだけど」
「そうなのです。イヴェスがまた頭を打ったのです」
またか。今度は何になるんだろ。
丘を下ったところに窪みがあって、そこに猟師の狩り小屋があった。
たぶん勢子も泊まることを考えて、大きめにつくられた小屋なのだが、なかに入ってみると、一面バナナの皮だらけ。
あーあ。もう、これ、誰が片づけるんだよ。
イヴェスはというと、後頭部を思い切り打ったらしく、痛さで悶絶していた。
頭の後ろを手で抑えながら、ぐうう、と唸り、右に左にとバタバタ転がっている。
今度は何になりたがるのやら。
「おーい。イヴェス。大丈夫かー?」
「大丈夫じゃない。後頭部から転んで頭を打った。誰だ、こんなバナナの皮を仕掛けたのは?」
「あんただよ。あんたが、喜劇王になるって言って、バナナの皮で転ぶ極意を探索してたんだよ」
「喜劇王? どうして、わたしがそんなものになりたがる?」
「それはおれも知りたい八番目の世界七不思議だな。で、今度は何になりたいの? 盗塁王?」
「別に何になりたいというものはない」
お? これはもしかすると……。
「イヴェス。今のあんたの職は?」
「治安判事だ。それにしても、ここはどこだ?」
「その職を誰かに渡して、何とか王になりたいって気分になってる?」
「馬鹿な。わたしは治安判事の職分を全うすると決めている。それ以外の何かになるなど考えもしない。それにしても、ここはどこだ? ギデオンはどこにいる?」
治ったーっ!
ちょっと記憶がパーになってるけど、治ったーっ!




