第四十話 ラケッティア、ジュセッペ・マッセリアがやられた手。
ガエタン・デ・オバンドは話し合いに応じた。
あまり長い時間かけてるとルクレールに勘づかれるので、できるなら一発で話し合いを決めたいはずだ。
南部平原のどこで会うかが問題になったが、ちょうどルクレール農園とおれたちの前進地点の中間に農場があった。
レルメマン・ド・メジー農場には小さな屋敷とそれなりの広さのタバコ畑があり、森のなかではイドも育てていた。
農場主はルクレールの例の大虐殺でやられたらしく、屋敷も畑も放置され、略奪に晒されていたが、小食堂や便所など、いくつかの部屋はまだいくらかきれいに残ってる。
ここで会うことにした。
おれが農場の屋敷についたころにはもうオバンドは席についていた。
丸腰のタイマンで来るように言っておいたが、オバンドはしっかり剣を吊り下げてて、その鞘が外側に広がった椅子の足にゴツンゴツンぶつかっている。
後ろには洒落めかし込んだ二人の剣士。
「約束とは違うな」
「そうだな」
「まあ、いいや。おれも嘘ついてたし。金貨一万枚。あれは嘘だ。本当は千枚」
「ほう」
怒りで目元がひくついてる。おお、こわ。
「ただ、代わりといっちゃなんだが、あんたがカラヴァルヴァで独立したファミリーを持つ後ろ盾をしてもいい」
「おれがこの島から離れるってか? ありえんな」
「ルクレールが勝とうが、こっちが勝とうが、この島にあんたの居場所はない。ルクレールはこの島全部を神さまにくれてやるつもりでいる。そんなやつがあんたをこれまでと同じように使い続けると思うか? ないだろうな。あんたは教会に通うタイプには見えない。おれが勝ったら、まあ、これは説明するまでもない」
「だから、おれはカラヴァルヴァへ行くってわけか?」
「カラヴァルヴァはいいところだ。とくにあんたみたいに剣で世の中渡ってきた人間にとっては特に。ここじゃ、ラム酒の密輸くらいしかできないが、カラヴァルヴァなら賭場でも売春宿でも何でもござれだ。犯罪の天国だよ。ルクレールがこの島を支配すれば、それは堅苦しいものになるだろうし、ルクレールもあんたが神を素直に信じるようなやつじゃないってことを考え始める。そのときになったら、手遅れだ」
オバンドは考えているようだ。
剣の鞘は相変わらず、椅子の脚にガンガンぶつかっている。
「おれはな、もうガキに使われるのはうんざりなんだよ」
よっしゃ。本音が出た。
「あんたはおれの下につくわけじゃない。あんたは自分のファミリーを持つ。おれとあんたは同盟者だ」
「お前の叔父はどうなんだ?」
「腕が立って、いざというとき勝ち馬に乗れるだけの頭がある人間が同盟者になるなら悪いとは思わない。もちろん、カラヴァルヴァのほとんどは既存の犯罪組織に縄張りが決まってるが、それに割り込む手伝いはする。おれは何もこんな島のことばかり関わってはいられないんだよ。カラヴァルヴァでの勢力を拡大するチャンスも常に考えないといけない。あんたを地面ごと魔法で吹き飛ばすのは簡単だ。ただ、それをやると将来有望な同盟者を失うことになる。月にいくらになるか、概算を教えようか?」
オバンドは手で制してから、後ろに立つ二人の用心棒に控えの部屋で待ってろと伝えた。
「でも、オバンドさん。まずいんじゃ――」
「いいから行け」
オバンドはおれのことを信用し始めたらしい。
新しい縄張りがいくらくらいのカネを生み出すのか、子分に知られたくないのだろう。
なによりも、おれ一人と会うのに二人も用心棒をつけるのがかっこつかないと思い始めたのだ。
ガンガンガン。
オバンドの剣の鞘が相変わらず、椅子の脚にぶつかっている。
オバンドは煩わしそうに顔をしかめると、剣吊りベルトを外し、帽子をかけた立ち台に剣ごとひっかけてぶら下げた。
「手付の金貨五百枚。今、持ってこさせる」
それをきくと、オバンドがまた難しそうな顔をした。
用心棒たちを返すべきでなかったかと思う。
だが、手下たちに大量の金貨を見せるほうがもっと危ない。
オバンドが飼っているのは抑えのきかない盗人や強盗の集まりなのだ。
おれが窓辺によって合図のハンカチをふる。
ガンガンガン。
やっかましいなと思って振り返ると、オバンドがまた剣を身におびていた。
存分、気の小さいやつだ。
ヴォンモが死ぬほどおびえていたのを思い出す。
こいつはそういうやつなのだ。
手付の金貨は箱に入った持ってこられた。
持ってきたのはマリスとロムノス――そう、会ったんだよ、赤シャツ隊と。
オバンドは無関心を装う。
ロムノスも無関心、ただし、こっちはホントに関心がない。
マリスとロムノスはそのまま帰る。
金貨箱の鍵をオバンドに渡し、確かめさせた。
なかに入ってるのはおれの手持ちの金貨全部だ。
カネというのは緊張感を生み出すのと同じくらい人の心を和らげる。
オバンドもだんだん安心してきたらしい。
おれがトランプを取り出すと、乗ってきた。
「そういや一つ、ききたいんだけど」
「なんだ?」
「あんたと初めて会ったとき、女の子がすごく怯えてたけどあんた何をしたんだ?」
「さあな。いちいち覚えてない。なんて、名前だ?」
「……ちょっと、便所に行ってくる」
席を立ち、廊下に出て、控室でトランプをしてるオバンドの用心棒をちらりと見て、勝手口から屋敷の脇に出て、壁に向かって思いっきりションベンする。
どったん! がったん! がたがた!
しーん、となった。
近くの井戸から水を汲む。
井戸のそばにはシャボン草が生えていたので、それを手でもみつぶして、念入りに念入りに手を洗った。
勝手口から廊下へ。
控室には誰もいない。窓が開きっぱなしになっていて、その向こうに走って逃げる二人の用心棒が見えた。
小食堂に戻ると、マリスとロムノスが刀身の血をぬぐって、剣を鞘に納めるところだった。
「マスター。剣はよそに置かせるんじゃなかったっけ?」
「一度は外したんだがな。気づくと戻してた。予想以上にチキンだったんだよ」
「とにかく仕事は果たした」
「さんきゅ、ロムノス。なんか悪いな」
「気にするな」
金貨箱を持って二人が出ていくのを見送りながら、オバンドをちらりと見る。
床に大の字になって倒れ、剣は半ばまで抜かれている。
胸と喉のいくつもの刺し傷から血がとめどもなく流れて、血だまりが広がっていた。
あれだけ威圧的だった茶色の目も魂がなくなると、ビー玉ほどの光も有さないらしい。
床に散らばったトランプからスペードのエースを拾い、
「名前はヴォンモだ。その名前、よく覚えておけ、くそったれ」
オバンドの指のあいだに挟んだ。




