第七話 ラケッティア、母への手紙。
前略 おふくろさま。
おれは今、伝説クラスのアサシンですら立ち入るのを嫌がる危険区域ストーンウェイク横町のスープ窟〈悪魔の闇鍋〉にいます。
ここでおれが何をしているかというと、カノーリをつくろうと、菓子職人ギルドを買いに来たのですが、気がついたら、殺し合いの真っただ中にいて、わけが分からない有様で……。
――†――†――†――
壜と鍋と人の体の一部が乱れ飛ぶ。
果物ナイフから両手持ちの大剣まで、あらゆる刃物が人間のどてっ腹目指して突進する。
やくざな剣士たちは倒れた人間を踏んづけて、その上で殺し合いをしている。
「なんで、こんなことに――って、わああ、やばい!」
生きたままおれのことを引きちぎれそうな大男が三人、おれを通さじと、鉄壁のフォーメーションを組んでいる。
そのフォーメーションはおれのことを牛乳パックみたいにぶっ潰すべく、おれのためだけに即席で考案されたらしい。
というのも、その男どもが、
「こいつだ! 間違いねえ! このクソガキだ!」
と、海外リーガルドラマの法廷みたいに指まで差しておれを断定してきたからだ。
おれが何したんスか? と問う暇もなく、縦横斜めとブンブン繰り出される蛮刀を奇跡としか言いようのない幸運でよけながら、おれは取引を持ちかけた。
「カノーリ! あとでカノーリやるから! 見逃してくれたら、カノーリやるから!」
だめだ、こいつら、きく耳を持たない。
甘いものが嫌いらしい。
取引があからさまな命乞いへとシフトチェンジし、敵の剣が当たらない幸運も尽きかける。
ズシャアアアッ!
雷鳴。轟音。閃光。
空気の塊をぶつけられたみたいにぶっ倒れる。
白く眩んだ視界が復活すると、さっきの三人衆がぶすぶすと煙る三つの煤の山になっていた。
「マスター、こっちなのです! ここはアレンカにまかせて逃げるのです!」
「アレンカ、その台詞、死亡フラグだぞ! でも、まかせた!」
立ち上がり、よろめき、アレンカの雷魔法が残したキーンという耳鳴りが偏頭痛みたいにきいてくるのに顔をしかめながら、出口を求めて走るのだが、足元が定まらず、ピンボールみたいにあちこちぶつかりまくって、また転ぶ。
「おわっ!」
「きゃあ! エッチ!」
転んだ先で顔が柔らかいもの――たぶん、お尻にぶつかる。
「ひえっ! すんません! って、ツィーヌじゃん。ここで何してんの?」
「どこかの誰かの尻拭いよ」
横倒しになったテーブルに隠れて、ツィーヌは何やら怪しげな液体を煮込んでいる。火はそこらのスープを煮ていた燃えさしを使い、小さな坩堝に粉、草、種、薬を乳鉢でつぶしたものを煮込んでいる。
「その、どこかの誰かって誰? そいつのせいで、こんな騒ぎになってるなら、おれにも怒る権利あるよね?」
ツィーヌはおれをキッと睨みつけ、怒りを爆発させた。
「あるわけないでしょ! あんた、馬鹿なの!? この騒ぎ、ぜーんぶ、あんたのせいよ!」
「え、そーなの?」
ツィーヌが言うには、菓子職人ギルドを買った直後のおれは心ここにあらずで、スープ窟のほうへ出ると、ならずものどもの足を踏み、スープ鉢にぶつかって割り、怒り狂ったスープ愛好家が投げつけたフォークが別のスープ愛好家の後頭部に刺さって、てめえ、なにしやがる! の連鎖で、気づいたら大乱闘になっていたらしい。
「あー、頭のなか、次のラケッティアリングでいっぱいだったからな。しかし、これが全部おれのせいとは。ふーむ、おれも大物になったもんだな」
「それ、感心するとこ? ほら、さっさと逃げなさいよ。ここはわたしが殺っといてあげるから」
口が悪くて、マスターじゃなくてあんたって呼ばれて、ちょっとドキドキしてるけど、実は心配してくれるツンデレ、おいしいです。
「いやあ、どうもすいませんね。カノーリができた暁にはお腹いっぱいごちそうしますんで」
ツィーヌは鼻でフンと笑って、
「せいぜい楽しみにしておくわ。さあ、はやく!」
おれがテーブルの陰から飛び出すと、黒い髭に黒い衣装のレイピア剣士がおれ目がけて、突きかかってきた。
名うての殺し屋っぽいその剣士はロハで一突き、おれにくれてやろうと思ったらしい。
だが、剣の切っ先が貫いたのはおれの喉じゃなくて、ツィーヌの小鍋から飛び出した毒薬だった。
毒はそのまま刀身を鍔のほうへとまっすぐ走った。
滑る毒液にドクロの模様が浮かぶ。
この毒薬、ド根性ガエルみたいに自分の意志を持っているらしい。
毒は跳ね上がって剣士に襲いかかり、べったりとした紫色の瘴気が剣士の体にふりかかった。
剣士は命を蝕まれながら、ねじれ、しぼみ、歪に曲がった骸と成り果てる。
さっきの毒といい、これといい、一番えげつない暗殺術の使い手はツィーヌ一択だな。
と、思ったら、マリスの御する箱馬車が数人のゴロツキをひき潰して、スープ窟に乗り込んだ。
「乗って! はやく!」
開きっぱなしのドアから座席に飛び込む。ツィーヌ、アレンカ、そしてジルヴァも飛び込むと、マリスは手綱で馬の尻を打ち、大急ぎで馬車を走らせた。
屋台や玄関を一ダースほどつぶしてから、ストーンウェイク横町を飛び出した馬車はそのままノンストップで走り続け、十分後には無事、ギルド屋敷の馬車倉庫へ突っ込んだ。
で、その夜のおれはというと、四人の少女に頭が上がらず、昨夜かっぱらった食材を使って、フルコースを作らされ、給仕までさせられた。
「マスターじゃなかったら、ぶっ殺してるところなんだからね!」
「はい。反省しております。あ、こちら、タコのフリカッセでございます」
「アレンカからもお願いなのです。危ないことはしないでほしいのです」
「はい。仰せの通りにいたします。あ、こちら、金鯛のグリル、ヴェルデ・ソースかけでございます」
「マスターがお金稼ぎに夢中になる姿、ボクは嫌いではない。でも、時と場所は考えたほうがいいな」
「はい。気をつけます。あ、こちら、旬の野菜とチーズのスパゲティでございます」
「……マスター」
「はい。言われるまでもありません。あ、こちら、オレンジ・シャーベットでございます」
「あーっ! ジルヴァだけズルい!」
「お前らはフリカッセとグリルとスパゲッティがあるだろ!」
「アレンカもシャーベットがいいのです! その氷だって、アレンカの魔法でつくったのです!」
「先に甘いもの食べたら、ご飯がお腹に入らなくなるでしょーが!」
「じゃあ、どうしてジルヴァはご飯の前にシャーベットが食べられる? ボクはマスターに納得のいく説明を要求する!」
「ジルヴァはさっきスープ窟で食べてた。なぁ?」
ジルヴァはこくりとうなずいた。
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前略 おふくろさま。
おれはこの世界で食い意地ばかり張ってて生活力ゼロのアサシン少女四人のために給食のおばちゃんみたいなことをして、暮らしています。
突然、おれが忽然と姿を消して、たぶん、そちらでは大慌てでしょう。
でも、大丈夫。
こっちの世界でおれは違法な数当て賭博の胴元もしているのです。
親戚に誇れる仕事ではないでしょうが、これが性に合ってしまうので仕方がありません。
命に関わる大事がないと言えば、嘘で、今夜など最低最悪のスープ・キッチンで危うく命を落としかけましたが、この通りなんとか生きてます。
確かに食い意地が張っていて、生活力ゼロではありますが、なんだかんだで四人の美少女と一つ同じ屋根の下で暮らしているのだから、幸運といえば、幸運なのです。
おまけにこうして文をしたためているあいだにも、おふくろさま、新しい犯罪が思い浮かびました。菓子職人ギルドを使った犯罪で多大な儲けが期待されますが、協力者が必要です。
まあ、その人繰りに苦労することはないでしょう。
適任者がいるので。
この計画が成功した暁には、このウェストエンドはカノーリがあふれかえる楽園となるはずです。
と、いうわけでおふくろさま。
どうぞ、ご心配なく。
いろいろあるけれど、おれは元気です。
草々
旧王国星暦827年5月3日
来栖ミツル




