第三十九話 ラケッティア、ぎゅっ。
手持ちの戦力。
トキマル。ジャック。クリストフ。ヴォンモ。喜劇王イヴェス。二十九人の銃士隊。キルシュトルテが食べたいとのたまう魔族が五人。
そして――、
ぎゅっ。ぎゅっ。
おれの服の端をぎゅっとつかんで離さないアサシンが四名。
「なあ、もうお前ら置いてどっか行ったりしないから放してくれよ」
すると、前よりも強く――ぎゅっ。ぎゅっ。
いや、昨日抱きつかれてから、ずっとこの調子です。
馬鹿に落ち着いてるなって、よい子のみんなには見えるかもしれないけど、抱きつかれた当初はパニック状態で、五大ファミリーの名前を唱えてもパニックから抜け出せず、そういえばロシア人好きの晴幸叔父さんがこれから地球温暖化対策よりもずっと深刻でずっと重要な問題について教えるといい、ツンデレとツンドラはロシア語で発音すると「ツンデリェエ」と「トゥーンドラ」であり、まったく似ていないが、この混同にロシア人女性飲食店従業員の皆さまは悲しんでいる、だから、ロシア人女性飲食店従業員の前でツンデレとツンドラが似ているなんて話をして、来栖家の名に泥を塗るようなことはしないと誓ってくれと言われたので、ゴッドファーザーのブルーレイ・ボックスに誓って約束したのだが、実は晴幸叔父さんが贔屓にしているロシア人女性飲食店従業員はロシア人ではなくルーマニア人であり、聖書誤謬発見クラスの大チョンボが根底に存在していたのだが、いや、本質を見失ってはいけない、晴幸叔父さんは叔母さんにシバかれることなくイチャイチャできるならオネエチャンは誰でもよいのだ、よってロシア人女性飲食店従業員が実はルーマニア人女性飲食店従業員だとしても、人間が幸福を追い求めるを是とするヒューマニズムの大前提に反するほどの過ちではないと判断したことがあったのだが、そのときのクールさがまさに必要だったあのとき、口をついて出る言葉は「あばば」と「はわわ」の二つであり、おれは昨日一日、イクラちゃんみたいに「あばば」と「はわわ」でコミュニケーションをし、カレイラトス征服隊の準備と編成に当たらなければいけなかったのだが、本番は夜にやってきて、アサシン娘にぎゅっと抱きつかれたまま一睡もできずにこうやってまくしたててる時点で、ド丸とイカダ船団航海中のいままさにこのときもパニくってるのは明らかで、油断してると、また「あばば」と「はわわ」に戻りかねないのに、うわ! この子たち、めっちゃいい匂いする。あばばばば。
――†――†――†――
数日の騒がしい航海の末、カレイラトス島の南岸に上陸した。
このままロムノスの赤シャツ隊に合流して、南部平原を通過、そのままルクレール農園に攻め込む予定なのだが、とんでもないことに気がついた。
今のおれの行動は1950年代、五十人かそこらで『グランマ号』でキューバに上陸したカストロそっくりなのだ。
いやいやいや、ありえんでしょ。
カストロといえば反マフィアで、おれが知る限り、マフィアに損をさせた額とその後の延命記録ナンバーワンの不倶戴天の敵。
そのカストロのやり口を真似するなんて、これはラケッティアとしてはいかん。
でも、じゃあ、このまま全部水に流して、カラヴァルヴァに帰るかといわれると、いや報復したいし、何よりサウススターの利権は絶対に手放したくない。
でも、今のおれのやってることはこれまるっきりカストロ的でありゲバラ的であって……。
チェ・ゲバラといえば、松ヶ宮高校のなかでもそのまま銃に装填して発射できるほど危険なお馬鹿たちがろくすっぽものも考えずかっけーかっけーと褒めたたえたものだし、もし、革命家かぶれの共産主義者が見れば、おれの今の状態を羨むだろうけど、でも、おれはラケッティアなの!
ところが、場の雰囲気はすっかり革命家の集まりだ。
この世の不条理全部ぶち壊してやるオーラにみなぎっている。
でも、その解放戦争の中央にマフィアのボスがいるっていうのが一番の不条理だからね?
「敵襲!」
二百メートルほど離れた右方。丘の稜線に待ち伏せしていた私兵軍団がいっせいに姿を現す。
ルビアンもいれば、ルネドもいる。
共通項は凶暴。髭面で剣や戦斧をふりまわし、数人はピストルも持っていた。
その数、二百。
ガエタン・デ・オバンドがいないかと望遠鏡を覗いたが、指揮を執っているのは白馬にまたがり鉄兜をかぶったルビアンでピザカッターくらいの大きさがある白銀の拍車のなかに望遠鏡を覗くおれの姿が映ってる。
銃士隊が素早く、応戦態勢を整え、トキマルとジャックが迂回して背後から陽動を図れないかと地形を睨んでいる。
そんななか、おれはおれに抱きつく四人のアサシン娘に
「あの、みなさん、敵が来てるんですけど?」
すると、アレンカがおれの肩に顔をくっつけて抱きついたまま、左手だけを敵のいるほうへ突き出した。
呪文を三言五言つぶやくと、バスケットボールくらいの大きさの火の玉ができあがる。
その火は漏斗に吸い込まれるように地面へと消えていったが、その火球が土のなかをまっすぐ敵目がけて突き進んでいるのは分かった。
というのも、地中は灼熱地獄、火球の突き進む上では土が黒く焦げ、植物が真っ白な灰となるものだから、ああ、いまあそこに火の玉があるのだなあ、と分かるのだ。
爆発の噴煙のせいでまだ朝も早いのにこげ茶色の夜がやってきて、視界は悪くなる、爆発の震動ですっ転ぶ、轟音で耳鳴りが止まらない、口のなかがジャリジャリする。
かつて丘のあった場所には大きなクレーターがぶちあけられ、立っているものは皆無。
悪党たちは骨肉眼球四散の憂き目にあったらしい。
道路を白馬が横切ったが、その鐙にはピザカッター付きのブーツが引っ掛かっている――ブーツに中身があるかないかについては考えまい。
――†――†――†――
進軍再開。
いま現在、四人のアサシンにプラスしてヴォンモもおれの胴をしっかり抱きかかえている。
計五名の女の子に抱きつかれた状態で前進するわけだが、どう頑張っても、十五センチより広い歩幅を取れず、おれは古代ローマの歩兵隊みたいにのろのろ動いている。
ただ、その火力を考えると、いまのおれは移動要塞みたいなもんだ。
爆煙が空を覆い尽くしたせいで開けた道を歩いているのに黄砂が来たみたいに薄暗い。
視界が悪いし、また待ち伏せを食らうのも面白くないので、ときどきいったん止まり、トキマルとジャックが斥候に向かう。
二人の報告をきくと、どうもまだルクレールの私兵がいるらしい。
「あれだけの爆発を見せられれば逃げてくれてもよさそうなもんだけどな」
「これを見つけた」
それは羊皮紙でたぶん掲示板に貼られていたのだろう、釘を打った跡が一つ穴を開けていた。
「なになに。以下のもの、反逆罪により、指名手配す。賞金は金貨十万枚。生死を問わず――なんだよ、これ? おれの指名手配書じゃん。しかし、金貨十万枚とはすげーな。おれが自分で出頭したら、もらえるかな?」
「もらえるわけないでしょ」
「まあ、そうだよなあ。しかし、金貨十万枚か。これじゃ、あんな爆発の一発や二発じゃひるまないよなあ。こりゃ、ちょっとハメるしかないな」
「ていうと?」
「その待ち伏せしてるやつの一人をしょっぴいて、ここに連れてきてくれ」
「公開処刑にでもするの?」
「いや、メッセンジャー・ボーイにする。ガエタン・デ・オバンドに金貨一万枚でこっちに寝返る気はないか、やってみる」
「頭領、いま、金貨そんなに持ってたっけ?」
「いや、五百枚しか持ってない」
「……じゃあ、それってつまり、そういうこと?」
そういうことだ――おびきよせて、ぶっ殺す。




