第五話 ラケッティア、ギルドが欲しい。
お菓子職人を借金にハメ込んで、カノーリをつくらせるアイディアを、おれは捨てたわけではない。
だが、ヴァレンティとの会談の翌日、五人で手分けして賭博場と菓子屋を片っ端から見て回った結果分かったのは、腕がよくて博打狂いの菓子職人というものは架空の生き物に過ぎないということだった。
博打打ちの菓子職人はたいてい菓子作りとしての腕がへぼかった。
それもそのはずで、彼らはお菓子をつくるための技術向上に使うはずの時間とお金と精力をカードやサイコロにつぎ込んでいる。
そして、腕のいい菓子職人は博打には見向きもせず、職人としての誇りを大事にして、腕を磨くから、賭博場には近づかない。
一日かけて無駄足を踏んだころには日暮れの鐘があちこちで鳴り、薄暗さが街路の底にこずみ始める。
空を見上げれば、夕暮れの緋色がギザギザした屋根の縁にかじり取られていた。
誰もきかないと分かっていながら、夜まわり警吏が、はやく帰宅しろー、火の始末には気をつけろー、と唄の節回しをつけて、呼びかけているが、ウェストエンドの一日はむしろこれから始まる。
闘犬場がつくりもののネズミを扉に引っかけ、売春宿は変装した聖職者を裏口からこっそり招き入れ、五銅貨劇場の土間席がスリと巾着切りであふれかえる。
あらゆる人間がウェストエンドの夜を楽しむべく集まってくる。
娼婦。学生。兵士。貴族の息子。代書人。パン焼き職人。ポン引き。ギルドの顔役。占い師。盗人。説教師。物乞い。酒場の親爺。鍛冶屋。放浪楽士。ペテンの常習犯。修道士。炭焼き。殺し屋剣士。賭場の主。錬金術師。
ところが、カノーリをつくる菓子屋だけはどうしてもいないのだ。
「くそー、なんで誰もカノーリをつくろうとしないんだ?」
「あきらめて自分でつくればいいじゃない」
「やだ! カノーリは本職の菓子職人がつくったやつがいい!」
「マスター、まるで子どもなのです」
「それより、マスター、今日の夕食はどうするんだ?」
「なんの準備もしてないからなあ。外で食べるか。いい店、知ってる?」
「それなら、ほら。そこに公示人がいる」
マリスの指した先には二つの箱に渡した板の上に座る老公示人がいた。
この世界で暮らしてから初めて知った職業だが、この世界には公示人というものがいる。
国民のほとんどが読み書きできず、インターネットもテレビもスマホもないわけだから、何かを宣伝したいと思ったら、人が大勢いるところで大声で知らせるのが手っ取り早い。
で、公示人がその触れ役をやるわけだ。
カネさえもらえれば、政府の法令から探している落とし物までなんでも知らせてまわる。
売り出し中の不動産、誰かを貶めるためのデマ、人気のある説教師の公演予定までなんでも。
触れるものの内容によって、ご丁寧に声色まで使い分ける。
もちろん、人気の料理店が宣伝に使うこともある。
「こんちは、じいさん。腹が減ってるんだけど、うまい料理屋の宣伝はないかな?」
すると、じいさんは、すくっと立ち上がって、ブオーッとホルンを鳴らし、
「公示その一、法令布告!」
と、叫び、
「『いざ、きくがよい。神の恩寵によりアルデミルを治められる国王陛下は新たな法令を発布された。その法令はワイン用葡萄の生産者に対する貸付金の金利が年利一割二分を超えることを禁止するもので、違反している貸付はただちに新契約を――』」
「それじゃない。次」
「公示その二、商品広告! 『銀貨二十枚で理想の体型! しめるだけでやせる魔法のベルト! パアストル街十二番地の錬金術師ヒューイック宅にて販売! 購入希望者は――』」
「違う。次」
「公示その三、槍試合結果! 『槍にかけるは騎士の名誉、美貌の姫たちの見守るなか、白熱の槍試合トーナメントも二日目に突入! 第一試合はエスリュー伯 対 ルーデンの騎士アルバート! 〈屋根〉の構えからの中段突きでルーデンの騎士アルバートの勝利! 第二試合は――』」
「次」
「公示その四、物件販売! 『菓子職人ギルドの権利売ります! 値段は応相談! 場所は――』」
「次」
「公示その五、花嫁募集! 『結婚を前提にお付き合いしてくれる方、募集! 当方、二軒の持ち家あり! 詳しくは――』」
「次――いや、前だ! 公示その四に戻ってくれ!」
「公示その四、物件販売! 『菓子職人ギルドの権利売ります! 値段は応相談! 場所はストーンウェイク横町のスープ窟〈悪魔の闇鍋〉内!』」
菓子職人ギルド! どうして思いつかなかったんだろう!
この世界では商人も職人も犯罪者も束になってギルドをつくる。
パン屋ギルド、織物商ギルド、盗賊ギルドといったぐあいで、一人ではなく大勢で手を組んで、技術の流出を防ぎ、市場を独占して販売価格を決め、自分たちの利益を守るのだ。
菓子職人だって、ギルドをつくらないはずがない。
だから、おれがいくらカネを払うと頼んでも、カノーリをつくってくれないわけだ。
ギルドの許可したお菓子以外は作らない規則があるに違いない。
「つまり、菓子職人ギルドを丸ごとおれが買っちまえば、菓子職人は全員おれの言いなりになって、カノーリをつくる! こんな簡単な理屈を分からず、小売店ばかりまわって、カノーリをつくらせようとしてたおれは馬鹿だ!」
「マスター、今日の晩ごはんはどこで食べるのですか?」
「ストーンウェイク横町のスープ窟〈悪魔の闇鍋〉だ」
このスバラシイ思いつきに対して、四人は物凄ーく嫌そうな顔をした。
スープ窟というのは、このウェストエンドでも最低ランクの料理屋であり、そのなかでも〈悪魔の闇鍋〉は特に評判が悪く、落ちるところまで落ちた連中が集まるゴミ溜めだというのだ。
そこのスープときたら、服に飛び跳ねたが最後、その臭いはあらゆる汚れと臭いを落とす技に精通している国王専属の洗濯係でも落とせない……。
んなもん知るか! おれは菓子職人ギルドが欲しいんだ!
四人だって、カノーリが実際に出来上がって食べることができたら、ああ来栖ミツルは正しいことをしていたのだな、非常に先見の明があったのだ、ああ、ああ、とはらはら涙するに違いない。
屋敷に戻って、金貨が百枚入った袋を鷲づかみにして外套の懐に押し込み、嫌がる四人を叱咤激励して、なんとかストーンウェイク横町までやってきた。
顔じゅう血だらけになった男が取れかけた鼻を両手で押さえながら、横町の入口アーチから飛び出した。鼻を縫いつけてくれる医者か治療術師のもとへ向かうのだろう。
ちょいとのぞき込むと、娼婦が一人、変態プレイを強要され怒り狂ったのか、手にしたカミソリを振り回しながら、ガラガラ声で物凄い悪態をついていた。
マリスが首をふりながら、おれにたずねた。
「マスター、横町の入口でこれなんだ。それでもなかへ行くのか?」
「男にはヤバいと分かってても、渡らなけりゃならない橋があるんだ」
「ばっかみたい」
「そんなふうに言うがな、実際、カノーリを食べる日が来たら、お前ら全員、絶対おれに感謝する。わかった。じゃあ、おれ一人で行くから、ここで待ってろ」
おれの不退転の決意にアレンカがびっくりして三メートルくらい真上へ飛びあがった。
「一人で行ったら、マスターが殺されてしまうのです! ストーンウェイク横町はアレンカも嫌なのですけど、マスターがいなくなるのはもっと嫌なのです! アレンカは一緒に行きます!」
「よっしゃ。アレンカ、そのいじらしさは妹系キャラの鑑だ。カノーリが手に入ったら、一番に食べさせちゃるからな」
「……わたしも、いく」
「よしよし、カノーリはクール無口系美少女の心さえもとろけさす! で、そっちのお二人さんは?」
「そんな勝ち誇った目で言われたら、ボクも行かないわけにはいかなくなるな。ツィーヌはどうする?」
「……はあ、分かった。分かりました。覚悟決めるわよ。でも、これでカノーリがマズかったら許さないんだからね」
「大丈夫だって! めっちゃうまいから!」
機は熟した。
少女たちよ、いざ、ストーンウェイク横町へ!
そこで富と名誉とカノーリがおれたちを待っている!




