第十五話 ラケッティア、蟻の一噛み。
1954年、『波止場』で港を牛耳るマフィアのボスに立ち向かう港湾労働者を演じてアカデミー主演男優賞をゲットしたマーロン・ブランドは18年後の1972年、『ゴッドファーザー』でマフィアのドンであるヴィトー・コルレオーネを演じて、またまたアカデミー主演男優賞をゲットした。
時の流れってやつだ。
ところで港湾労働者(昔の言い方で沖仲士)というのは和洋問わず犯罪組織の温床になりやすい。
あの山口組も元々は沖仲士の集団であり、沖仲士としての仕事をもらうのに港を牛耳るヤクザの親分と盃を交わすのが手っ取り早いと思って、山口組が結成されたのだ。
つまり、山口組とはヤクザやるためにつくったのではなく、沖仲士をやるためにつくった組なのだ。
また、アメリカでも港はマフィアが腐敗した労働組合を通じて、荷揚げと荷下ろしを独占し、マフィアの息がかかった組合の労働者でなければ、仕事はもらえなかった。
マフィアは労働者たちにストを起こさせて、船主からカネを脅し取ったり、社会主義系の労働組合に殴り込みをかけたりした。
もちろん労働者たちの賃金はピンハネされている。
他にも床屋代とか失業相互補助会とかゆう名目でカネをせびり取っている。
なんで、港湾労働者のことをこんなふうにごたごた説明するかというと、まさにおれがこれからやろうとすることが、港湾労働をもとにしたラケッティアリングだからだ。
――†――†――†――
椰子丸太の筏に乗ったラケッティア銃士隊をド丸で曳航しながら、カレイラトス島へやってきたのが、昨日の話。
カレイラトス島といえば、サトウキビ栽培で有名な島であり、そこでつくられる砂糖とラム酒は世界的に有名だ。
島の北岸にはフォリゼーと呼ばれる港町があり、これがカレイラトス島で一番大きな港町ときている。
で、この島の錬金術はこういう仕組みだ。
まず、ルビアン人農園主たちの広大な農園で何千人というルネド人がタダ同然の賃金で働き、サトウキビを育てる。
プランテーションはそれぞれの土地でサトウキビの搾り場、精糖所を持っていて、さらに錬金術の知識を応用したラム酒の蒸留所まで持っている。
それに比べると、零細サトウキビ農家はそんな設備を持っていないので、刈り取ったサトウキビをプランテーションに持っていって砂糖にしてもらうが、精糖施設の使用料として半分以上をぶんどられる。
この零細サトウキビ農家にはルネド人だけでなく、ルビアン人もそこそこいる。
さて、製造した砂糖とラム酒だが、カレイラトス島だけでは到底消費できるわけはなく、輸出される。
どうやって? 船で。
誰が積むの? ルネド人港湾労働者。
このルネド人たちは完全な日雇い状態であり、ルビアン人の口入屋を通して、荷揚げ作業に雇われている。
ギルドはまだない。
というより、ルネド人のギルド結成は違法となっている。
このため、ルネド人たちはその日暮らしに甘んじ、口入屋たちの機嫌を損ねまいと汲々としている。
この一連の錬金術で頭にきたのは、ルビアン人の口入屋どもの馬鹿さ加減だ。
一つの貿易船に口入屋が十人近く、ルネド人労働者を供給している。
無駄な取引が増え、荷揚げ賃はひどく流動的になる。
ルビアン人の口入屋たちはお互い激しい抗争関係にあり、その日の利害によって集合と離散を繰り返している。
港全体を牛耳ろうとする欲望はあるが、目先のカネのことで頭がいっぱいになり、具体的かつ有効な作戦が立てられない。
こいつら、一人一人、正座させて、自分たちがどんなに儲けるチャンスをふいにしているか説教してやりたい気分だが、まあ、いい。
結局のところ、そいつらの怠惰のおかげでおれがこの港に付け入る隙が出来たわけだし。
――†――†――†――
夕暮れ時の荷揚げ場ではルネドたちがシャツ一枚で滝のように汗を流しながら、その日最後のラム酒の樽を板で渡したキャラベル船に転がしている。
隣の桟橋では子どもたちが茶色い粗糖の袋に押しつぶされそうになりながら一歩一歩と足を踏み出して、平底船の船倉へと消えていく。
その日一日の賃金を支払う青い漆喰の事務所からは揚げバナナやサトウキビ焼酎を売る屋台が続いていて、銀貨にして十五枚を超えることのない日銭をあてにしている。
一方、事務所には大勢の労働者が列をなしていて、賃金が支払われるのを待っていた。
事務所の片隅には屋根付きで壁を取っ払ったテラスみたいなところがあり、そこによれた羽ペンを握った老人と腕に曲刀の入れ墨を入れた大男がいる。
大男が賃金を支払い、老人がちびた文字で帳簿をつける。大男はルビアンだが、老人のほうは完全な白髪でルビアンかルネドなのか分からない。
なにやらひと悶着。
大男がルネド人の少年に向かって、さぼっていた時間を賃金から削ると宣告していた。
「さぼってなんかない!」
「じゃあ、おれが嘘を言ってるってのか?」
「そうは言ってない。あんたは見間違えたんだ」
「いや、さぼってた。明日も仕事がもらいたいなら、なんてこたえればいいか分かるな?」
大男は涼しい顔で少年の取り分から銀貨一枚を抜き取って、腰に下げた革袋に放り込んだ。
ベルトが銀貨袋の重みでずれさがっている。
少年は悔しそうにピンハネされた日銭を受け取った。
あちゃー。よくねえなあ。
ピンハネが悪いとは言わない。おれもこれからピンハネするつもりでいる。
でも、本人の目の前でそいつのカネをピンハネするのはマズいだろ。
ほら、あいつ、屋台でその日の稼ぎを全部注ぎこんでナイフを買うつもりだ。
「そんなんで刺しても死なないんじゃないか?」
ピンハネされた少年はびっくりして、おれのほうへ振り返った。
まだ十二歳くらいだが、おれをなめんなよ、って顔にひらがなで書いてある。
「なんのことだよ?」
「そこでのやり取りを見てた。あのルビアンの大男、全員相手にあれをやってるみたいだな。おれもアサシン娘たちがおれのことをマスターって呼ぶたびに銀貨一枚取ってれば、いまごろクルーザーでも買って、小さなパラソルのついたノンアルコールカクテル飲みながら、そこいらの海を好き勝手に――と、これはどうでもいい話だ」
少年はおれのことをうさーんくさそうに見ている。
ルビアンのスパイか何かだと思ってるんだろう。
「ここの連中は一日何枚で働かされてるんだ?」
「十五枚だ」
「それは難癖つけられなければもらえる額だ。そこで質問なんだけど、自分の労働を一日銀貨二十枚で売ってみる気はないか?」
「そんなことできるもんか」
おれは仕方ないと肩をすくめながら、事務所のほうへと歩いていった。
扉のかわりに汚れた布が垂れている入り口を抜けると、四人の事務員が小銭を賭けてトランプをしていた。
壁には現在の海竜騎士団の総長の肖像画がかかっていて、反対側の壁には蝋燭を灯した祭壇のようなものもあった。
おれは誰もいない受付机に腰かけると、踵で机の足をガンガン蹴飛ばした。
「やかましいぞ!」
デブの事務員が吠える。
「ちょっと用事があるんだよ」
「いま、取込み中だ」
「そんなこと言っても、あんたの切り札ジャックだろ? そんなんじゃ絶対勝てない。どの道、巻き上げられてたって」
デブは立ち上がり、おれの目の前までやってきて、睨みつけてきた。
「むかつくルネドだぜ」
と、事務員はおれに、というより、テーブルを囲う三人の同僚に向かって言った。
「おれはルネドじゃない。外国人だよ。カラヴァルヴァから来た」
「じゃあ、とっととカラヴァルヴァに帰りな」
「ギルドをつくろうと思ってさ。まずは挨拶に寄った」
「ルネドがギルドをつくることは法律で禁じられているのを知らんのか?」
「おれはルネドじゃない」
「おい、外国人野郎。ここはおれたちルビアンの国だ。その意味分かるか? つまり、美しい金髪を頭に戴くもんには他の連中を好きなようにできる。その権利が与えられてるってことだ」
「へえ。金髪を頭に戴く。その金髪、だいぶ薄くなってるようだけど」
デブな上にハゲてもいた事務員が顔を真っ赤にして激怒したのは間違いない。
相手が殺す埋める消すのNGワードを連呼する前におれは述べるべきことだけさっさと話した。
「うちのギルドに所属する労働者一人の日給は銀貨二十三枚。そのうち三枚はギルドの維持費としておれに支払う。OK?」
デブハゲは腰に下げていた短剣を抜いた。
「失せろ、クソガキ。さもねえと、そのハラワタ引きずり出して縄跳びさせるぞ」
「ハラワタで縄跳びとは恐れ入った。じゃ、一度退散しようかな」
それから数分後、ラケッティア銃士隊は東側と南側から十五人ずつの十字射撃を行った。
窓ガラスが吹き飛び、扉代わりの布はメラメラと燃え落ち、漆喰片が飛び散る。
「突撃ーっ!」
と、少女たちは事務所に突っ込んで、四人の事務員の背にピストルを突きつけながら、外へと蹴り出した。四人とも無事で一人、例のデブが肩の端っこの肉を削られていたが、この世の終わりみたいにぴいぴい泣いていた。
外にいた賃金係の大男と老人もすでに捕虜にされている。
おれは捕虜たちを一列に並べて、穴だらけの壁に立たせた。
「一人につき銀貨二十枚払え。返答する前に三分やるから、そこの壁にあいた穴っぽこをよーく見ておくことだ。そうしたら、あら不思議。この状況を的確に把握したクールな返答ができるはずだ」
おれの後ろでは少女たちがマスケット銃を胸に抱いている。
六人とも震えながら、銀貨二十枚払うことに同意した。
そして、銀貨三枚分をおれのリベートとして払う。
ただ、悲しいかな。
ルネド人の労働者たちはこれだけ派手にルビアンを叩きのめしても、後の報復を恐れて、追加払いの銀貨を受け取ろうとしない。
明日から雇ってもらえなくなるのではないか、あとでルビアンの警備隊がやってきてぶちのめされるのではないかと思っているらしい。
そんななか、一人だけ、例の大男に銀貨をよこせと言ったやつがいた。
例のピンハネされた少年だった。
――†――†――†――
事務所にぶっ放したことで銃士隊はスカッとしたらしい。
女性陣は今度は生身の人間にぜひとも弾をぶち込んでみたいものだと頼もしいのか物騒なのか分からんことを言い出し、今は宿屋の女将が沸かす風呂のために列をつくっている。
イヴェスはいまだに銃士隊のキャプテンという妥協を自分に許すつもりはなく、宿屋の窓から、沖に浮かぶ軍艦を切なげに眺めていた。
もう一人、今の自分に納得がいかないやつがいる。
クリストフだ。
「納得が行くわけないだろ? これでおれたちはおたずねものだ」
「うお、びびった。いつから、後ろにいたんだ?」
「さっきからずっと」
「トキマル、ジャックは気づいてた?」
二人は首をふった。
「へー、二人が気づかないとはねー。ところで、さっきおたずねものだって言ったけど、あんた、ずっと正義の味方でいたかったってクチ?」
「当たり前だ」
「そんじゃきくけど、あの最果てにいる状態でどうやって正義を守ることができた? 住人はみんな魔族だ。悪党はいないし、悪党がやってくれば、自分たちで片づけられるほどの実力を持ってる。そんななか、あんたら三十人があそこにいる意味って何だと思う?」
「それは――」
おれは手に持っていた銀貨の袋をクリストフの目の高さまで持ち上げた。
予想よりも重くて、ぷるぷるしそうだったが、カッコ悪いので必死に我慢。
「これは恐喝で巻き上げたカネだ。しかも、おれは港湾労働者一人につき銀貨三枚ピンハネする。だが、今日、おれたちがあのルビアンどもの事務所を蜂の巣にしなきゃ、あそこで働くルネドは明日も搾り取られただろうな。最初に約束した十五枚という超低水準な日銭すら難癖つけて支払わなかったはずだ。なるほど、これはラケッティアリングで手に入れたカネだ。でも、このカネで強い私兵をつくって、銃に物言わせて、ルネド人たちの取り分を正当な水準まで引き上げるために使うのも正義としてはありだと思ってる。アウトローってのは、そういうこと。法律の外にも正義があることを知っているかどうかだ。難しいところだ。最果てで何もしないで老いさらばえるだけじゃ救えないものもあるかもしれない。ないかもしれない。OK?」
全然OKじゃない顔でクリストフは、おれは、と何か言いかけた。
だが、その先は宇宙のどこかにすっ飛んでいき、クリストフは一言、
「散歩にいってくる」
と、もう暗くなり始めた街へと出かけていった。




