第十四話 アサシン、ゲバラじゃねーか。
いま、四人のアサシン少女がしていることを見れば、来栖ミツルはきっとそう言うだろう。
ゴッドファーザー・パート2はキューバ革命が絡む話だし、そもそもキューバ革命により、マフィアはハバナのカジノを失った。
だから、カストロとかゲバラとかカミロ・シエンフェゴスとかは来栖ミツルにとって全くの無関心というわけではないのだ。
ただ、その一方、彼は自分が生まれるより前につくられた大昔のファミコンをフリーマーケットで見つけ、刺さったままになっているカセットをプレイしてみたのだが、それが主人公がチェ・ゲバラであり、プレイヤーはゲバラを操作して、キューバ革命を闘いぬくわけだが、ラスボスが武装要塞と化した大統領官邸であり、その名も『バチスタ』。
来栖ミツルはそれに大きなショックを受けた。
もし、世界のどこかでゲームのラスボスの懇親会があるとするなら、クッパやデデデ大王、セフィロスやドクター・ワイリーといったきら星のごときラスボスたちのなかにキューバ共和国第十四代ならびに第十七代大統領フルヘンシオ・バティスタその人が参加しているということなのだ。
もちろん、来栖ミツルのゲリラ戦に対するこれらの意見を、アサシン少女たちはこれっぽっちも知らない。
来栖ミツルに「ゲバラについてどう思う?」とたずねれば、詳しく語ってくれただろうが、四人はゲバラという言葉は知らないし、仮に知ったとしても、アンチョビやカノーリに比べると、おいしくなさそうな名前だと思うくらいだろう。
そんな彼女たちがいま、例の黒いアサシンウェア姿でガザリーヌ島のジャングルでルビアンたちの武装巡回部隊を待ち伏せしている。
まさにゲリラ戦。まさにゲバラ。
なぜこんなことになったのか。時間をさかのぼる。
――†――†――†――
「きみたちの力を貸してほしい」
と、言ってきたのは脱出に手を貸してくれたアランザンという名のルネド人弓術士だった。
言われたロケーションはかつて来栖ミツルが右フックに例えた山の背後。
毒々しい色の花と葉を茂らした密林の谷である。
「あなたたちはルビアン人の迫害者をあんな短時間で制圧しました。あの力を我々に貸してほしい」
「ルビアン人を皆殺しにしろってこと?」
「そうではありません。ただ、ともに手を取っていける国にしたいだけです」
「信じられないなー」
「我々のリーダーに会えば、納得がいくでしょう」
「いいの? ひょっとしたら、ボクら、敵のまわしものでそのリーダーの首を狙ってるかもしれないよ?」
アランザンは面白い冗談でもきいたように笑うだけだった。
それから四人は高地へつながる川沿いの道を歩き、猿が甲高い声で歌い、エメラルド色の棕櫚がさざ波のような音を立てる密林高原へとやってきた。
彼女たちの頭上を飛ぶ鳥は以前、来栖ミツルが描かせた極彩色の鳥にそっくりだった。
ミツルはカジノに棲む鳥を絵描きに描かせたことがあった。
そのなかには七色の羽根を持つ鳥や大きなニンジン色のくちばしを持つ鳥などがいて、来栖ミツルはそれらを額に入れて〈モビィ・ディック〉にかけようとしたのだが、すでにエルネストが彼の偽造書類のなかでも上出来のものを額に入れて飾っていたので、そこですったもんだしたことがあった。
そのときの絵とそっくりの鳥たちが薄暗いジャングルを派手に飾っていた。
「きれいな鳥さんなのです」
「……(こくり)」
「焼いたらうまそうだ」
「は?」
「え?」
ジャングルポプラの高い枝に足場をつくった弓術士が三日分の携帯食とともに見張りについていたが、目のいいアサシンたちでも数秒注視しなければ分からないくらいの巧妙なカモフラージュがされている。
「もうきいているかもしれませんが」
と、アランザンが説明する。
「おれたちは『四十八人の不死身隊』と名乗っています。だが、このところ運に見放され、構成員は十四名にまで落ちました」
「四十八人でもないし不死身でもないわけだ」
マリスの皮肉に、アランザンはただ肩をすくめて、そういうわけです、と言っただけで怒った様子はない。
いつの間にか全権大使の役を押しつけられたマリスは目の前を行く弓術士の決して広いとはいえない背中を見た。
邪魔な草を鉈で払うたびに、相当使い込んでいるらしい長い弓が矢筒に当たってカタカタ音を鳴らした。
密林高原は雷をとどろかす灰色の雲の下で蒸すような暑さだったが、四人は暑いと不平をもらすことはなかった。
外気温なんて全然関係ないクールなアサシンキャラの確立を目指していたのだ。
他にも羽虫だとか汗だとか、不快指数を上げる要素はたんまりあったし、いま着ている服も街歩き用の服だったので、枝に引っかかれたりして鉤状の裂け目ができてしまい、おまけに汗でベタベタ。
それぞれアサシンウェアを替えの一着付きで持っていたので、それに着替えてしまいたい欲求があった。
アサシンウェアは実際に暗殺任務で使うことを考えて丈夫につくられているし、また水中を潜ったりすることを考えて、染み込んだ水が非常に気化しやすいよう呪文付きで織られている。
汗をかいても、どんどん気化して涼しくなること間違いなしなのだが、アランザンはジャングルのゲリラ戦士らしい無関心で少女たちが着替えたがっていることにも注意を払わなかった。
まあ、実際のところ、四人ともパッと見、どんな蒸し暑さも平気のへっちゃら、といった冷徹なアサシンらしい顔をしていたせいでもあるのだが。
地面が妙に固くなったと思ったら、真っ赤な石畳の道が現れた。
アレンカ曰く、それはこの海域に栄えた古代ナウア文明の名残で、おそらく巡礼街道の跡だということだった。
ナウア文明は宗教国家であり、各地に精霊を奉る寺院があった。
全ての寺院を巡礼すれば、人は精霊の力を手に入れることができると信じられていたので、貴賤を問わず、巡礼が流行った。
寺院は他の島にもあった。航路から外れた島や忘れられた島、魔族の住む、古文書だけに名を残し海に沈んだ島にも寺院があったので、全ての寺院を巡ることは生半可な覚悟ではできなかった。
結局、ナウア文明は国王から乞食まで巡礼に夢中になって国事がおろそかになり、災害と飢饉によって、あっけなく滅亡してしまった。
巡礼街道はジャングルに呑まれ、その姿はほとんど見られないが、ときどき枯れ川が水たまりを見せるように紅い石の道が現れる。
『四十八人の不死身隊』の本拠地は崩れかけた古代寺院にあった。
弓術士たちは山刀で蔓を払い、古の神々を祀る祭壇や清らかな水をたたえる庭園を救い出し、そこに竹でできた柱と椰子の葉を葺いた屋根で雨期も乗り切れる棲み処をつくっていた。
弓術士たちは土に埋もれた深い水路も掘り起こしたので、数本の橋を引き上げるだけで古代遺跡は要塞と化し、攻め入る敵に思わぬ方角から矢を浴びせられるようになっていた。
「リーダーはこちらにいます」
アランザンはある石壁によりかかるようにして立っている掛け小屋へ四人を案内。
――†――†――†――
「まあ、まあ。よくこんな遠くまで来てくれたわねえ。まずはそこでお休みよ。お茶を淹れてあげるからね」
小屋にいたふくよかな四十くらいの母性たっぷりな女性が裁縫の手を止めて、熾き火の上にヤカンを置き始めた。
特徴と言うと、金髪のルビアンだが、これまで出会ったどのルビアンよりも物腰が優しく、親の顔も知らぬまま暗殺者として育てられてきた四人も、もし母親をもらえるなら、こんな母親がいい、と思わせるほど包容力がある。
が、肝心のリーダーがいなかった。
「何を言ってるんですか。リーダーなら、目の前にいるでしょう?」
「このおばちゃんが?」
このおばちゃん――マリー=アンジュこそ『四十八人の不死身隊』のリーダーだった。
ゲリラ部隊の隊長は炎のような武勇や冷静な戦略立案能力、あるいは光り輝く理想でゲリラたちを引っぱって行くものだ。
が、ここにいるのはクリームシチューをつくるのがとてもうまそうな肝っ玉母さんであり、そのカリスマの源は母性的な包容力なのだ。
「この子たちが手伝ってくれるって? まあ、ありがたいけど、大したお礼はできないのよ」
ウムム、と四人は呻って円陣を組んで、ひそひそ言葉を交わした。
「わたしたちが一人殺す相場って、いまいくらだっけ?」
「そんなのツィーヌが知ってると思ってたけど」
「分からないわよ。そういうの全部マスターまかせだったし」
「情報……」
「ん?」
「報酬……お金のかわりにマスターがどこにいるのか、情報をもらう……」
「それだっ!」
戦いに手を貸す代償として、来栖ミツルの居場所を調べてもらう。
それを条件にしてみると、
「まあ、男の子を探してるの? いいわねえ、おばちゃんも若いころは夢中になった男の子を追いかけたもんだよ。まあ、この島にいれば、見つかるはずだから。ねえ、アランザン。あとでちょっと調べに行ってくれないかい?」
「了解しました」
四人はうまくいったとほくそ笑んだが、来栖ミツルがいたら落第点を与えただろう。
彼なら島ではなく、海域全部を調べろと条件を吊り上げるはずだ。
もちろん、それが厳しいということになれば、来栖ミツルは肝っ玉母さんと一騎打ちすることになるが、その勝率は限りなくゼロに近い。
肝っ玉母さんとのタイマンに勝てるだけのメンタルが彼にあれば、そもそも一枚のエロ・カードのために南の海までやってくることはないのだ。
「リーダーのメンタルが強そうなことは分かったのです」
「あら、リーダーなんて。もっと気軽におばちゃんって呼んでくれていいのよ」
「おばちゃんはどのくらい強いのですか?」
「あら、おばちゃんは戦えないわよ。ただのおばちゃんだもの」
リーダーは、とアランザンが胸を張って言う。
「類まれなる武勇の持ち主だ」
「でも、見たところ、弓も使えそうにないけど――」
と、マリスが疑義を呈したとき、外が何やら騒々しくなった。
見ると、二人の弓術士がとっておいたチーズを食べられたとか何とかわめきながら、取っ組み合いをしていた。
「あらあら、大変ねえ」
マリー=アンジュは顔をニコニコさせたまま、厚手のでこぼこしたフライパンを手に立ち上がり、外に出た。
しばらくすると――、
ボコッ! メキャッ!
鈍い音が二つ。しん、となる。
アランザンが我がことのように胸を張って、繰り返した。
「我らがリーダーは類まれなる武勇の持ち主なのだ」




