第二話 ラケッティア、ドレッドノート丸。
「言えよ。話、きくから」
おれは真面目に話をきくことにした。
ギデオンの顔に恐れに似たものが感じられたからだ。
これまで見たことのないものだ。
それだけイヴェスの失踪はこいつにとって堪えることなんだろう。
「……先生は、どうやら南洋海域へ行ったらしいんです」
南洋海域。
常夏のカリブ海みたいな場所で、そこからはラム酒を密輸してる。
確か騎士団が支配してるって話だ。
「で、そこで姿を消した、と。完全に管轄外じゃんか。あの人、聖院騎士じゃないんだろ?」
「先生は捜査に行ったわけじゃありません」
「一足早い夏休みを取るような性格でもないしな。何をしに行ったのか、ヒントくらいはあるんだろ?」
ギデオンは話していいものか戸惑っているようだが、ここまで来たらと腹をくくったのだろう。
「海賊王になることにした。そういってました」
「なあ、ギデオン。ひょっとして、イヴェスはどこぞのゴム人間みたいなこと言う前に転んで頭ぶつけてなかったか?」
「そういえば、スリッパが滑って、頭を思い切り本棚にぶつけてましたね」
「それだよ、原因は。それでイヴェスの頭がパーになっちまったんだよ。それ以外、考えられない」
――†――†――†――
そんなやり取りがあったのが、昨日の話。
で、今、おれは一本マストの小さな船に乗っている。
造船所で購入し、〈ドレッドノート丸〉と名づけた。略号はド丸。
船長おれ。一等航海士トキマル。司厨長ジャック。以上が全乗組員だ。
あれ? アサシン娘たちはいないのかって?
野郎ばっかの冒険なんて見たくねえって?
南の海なんて水着回になるのがお約束だろって?
残念、アサシン娘たちはお留守番。連れていきません。
だって、よい子の皆さん、考えてみてもくださいよ。
エロ・カードを取り戻すために南洋くんだりまで行くのがバレた日には何言われるか分かったもんじゃないでしょうが。
「でも、ジルヴァは知ってるんだよな?」
帆の桁の上に座ったトキマルの質問が頭の上から落ちてきた。
「大丈夫。ジルヴァは口を割らない。なあ、これはそんなに難しい話じゃないんだ。ちょっくら南へ行ってバカンスした後、頭打ってどこかふらふらしてるイヴェスを見つけてだな。また一発頭をぶん殴って、元のイヴェスに戻せばいいだけなんだ。それで喉の奥に刺さった魚の骨が取れる。文句なしだ」
ド丸はすでにエスプレ川の河口を脱して、カラヴァルヴァへ行こうとしている商船の停泊地を北に眺めながら、南へ吹き流れる風を帆にはらむ。
風は港町の朝の喧噪を運び、北の空で薄まりつつある山稜の影を伸ばす。
ド丸は湾を出ると、海鳥にぎゃあぎゃあ騒がれながら、順調に南行きの海流に乗った。
青空がちょーきれいなので、ド丸のスペックを教えておく。
ド丸は三十トンクラスの一本マストに三角帆が張られたバルカ船だ。
順風のときは四角帆ほどスピードが出ないが、逆風のときは風を切って何とか前進できる。
一応、手漕ぎボートがあり、あまり大きくない船倉には必須品の真水の樽、保存のきく干し肉とか壊血病対策のライムジュースがあり、金貨が千枚入った金庫もある。
ド丸は沈めば、財宝伝説を遺せるわけだ。
甲板の艫のほうにはキャンバス地の白い屋根を張ったスペースがあり、そこを船室、と呼んでいる。
ここには三人横になれるスペースがあり、調理用の小さなコンロや洗面器、歯ブラシ、裁縫道具、トランプもここの鉄で枠をつけた木箱のなかにしまわれている。
これで南洋海域を目指す。
三日も南へ進めば、諸島が見えてくるはずだ。
「騎士団が支配する海ねえ……その騎士団ってどんなやつら?」
「海軍と言ったほうが近いかもしれない。十年前のアンティオキュ海戦で侵攻してきたガルムディア海軍を壊滅させたことがある」
「またガルムディアか。あいつら、いろんなところに手を出してくるなあ。トキマル、お前は行ったことあるのか?」
「一度だけ。いけ好かない土地だった」
「っていうと?」
「金髪のやつらが威張り腐ってる。ルビアン人っていうんだけど、そいつらが第一位なんだよ。次がルネド人。そいつらは髪が黒い。見た目はおれたちにそっくりだ。だから、おれたちはあっちに行ったら、ルネド人だと思われる」
「それってどのくらいぞんざいに扱われるんだ? あの王族席の近衛兵くらい?」
「ルビアン人の騎士たちに比べれば、あの近衛兵なんて謙虚の見本だよ」
「髪が黒いのがダメってんなら、イヴェスだって黒い」
「ルビアン人にきいても、何も分からないだろうな。そもそもあいつらにおれたちが口を利くこと自体が許されない」
「狭い島なんだから、おててつないで仲良く暮らそうとは思えないわけだ」
「むしろ、狭いからこそ衝突も多くなって、人種の優越をつけたがるんじゃないか?」
「どーでも。心の底からどーでもいいことだ」
「違いねえや」




