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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
海竜騎士団領 真夏の海のラケッティア銃士隊編
201/1369

第一話 ラケッティア、ひでえ取引。

 戦車競技場では毎月何かしらのでかいレースが行われる。

 そんな日はカラヴァルヴァの人間の半分以上が戦車競技場に殺到し、小さな国の国家予算クラスの額が動く。


 六月二十二日のディレの公聖女の日は〈公聖女杯〉というでっかいトロフィーと賞金がかかったレースがあり、戦車競技場は超満員だった。


 まあ、入場料がタダ、というのも超満員の原因の一つなのだが。


 競技場は楕円でできていて、タダ見席は木製、カネを支払うと石造りのちょっといい席に座れる。

 戦車競技場とは言うが、レースの合間に綱渡りとか人間VS魔物の凶悪な殺し合いなんかも行われる。

 そうしたものがタダで見られるのだから、そりゃ満員にもなるという話。


 肝心の戦車のほうなのだが、馬じゃなくてFFに出てくるチョコボみたいなでかい、グレナダという鳥に曳かせる。

 ダチョウみたいにでかいけど、クチバシがずっとごつい形をしていて、チョコボというよりは昔、図鑑で見たマンモス時代の化け物みたいな鳥を思い出させる。

 飼いならすのが困難らしく、普通の馬車を引いたり、軍馬にすることはない。

 まさに戦車レースのためだけの生き物。


 まあ、かわいげのない鳥である。


 だが、戦車レースに求められているのはかわいさではない。

 スピード。ガッツ。そして、ライバル騎手をクチバシでつつき落す凶暴さ。


『デスレース2000』のような資質が大切なのだ。戦車競技では。


 かわいいものを求めているなら、うちのカジノに行き、もふもふを好きなだけ触ればよろしい。


「しかし、これはまた――」


 いま、競技場の入り口にいるわけだが、いつにもましてのメチャ混みである。


 黒服の賭け屋ブックメイカーが黒板にオッズを書き殴り、ギャンブラーたちはどの鳥は危ないとか、どの騎手は嫁さんが妊娠してるからレースに身が入らないとか、どこから仕入れたのかも分からない怪しげな噂をふりまわしふりまわされている。


 ここには本当にいろんなやつが集まってくる。


 正規の許可証を首からぶら下げた予想屋。

 スター騎手を称えてリュートをかき鳴らす吟遊詩人。

 お祭り騒ぎがあればどこにでも出没する娼婦とそのヒモ。

 歩兵一個師団を編成できそうなくらい子どもを連れてきた非番の警吏。

 戦車レースは退廃的であり罪であると声高に主張する司祭。

 ちまちま大穴に賭ける夢だけはでっかく持ってる下級役人。

 太鼓腹に大きな剣を帯びて銀貨の入った袋を腰から下げる高利貸し。

 アイスクリームのコーンを平たくしたような焼き菓子を売る老婆。


 などなど。


 こうした有象無象が集まって、わちゃわちゃしているなかでも、特権階級とも呼べるのは調教師だ。

 なにせグレナダという鳥は調教が難しい。

 信頼関係を築くために最初の一年はグレナダの羽を身にまとって、仲間のふりをしなければいけない。

 さらに五年かけて、戦車を曳けるようにしたら、次の五年で戦車を速く曳けるようにしなければいけない。


 調教のやり方は調教師の数だけ存在し、調教師とグレナダのファーストコンタクトを取ったその瞬間、その後のレースの順位が決まってしまうと言われているほど、調教師の役目は重要だ。


 レースに勝てば、相当なカネが転がり込む。


 調教師はみな孔雀みたいに着飾っていて、調教師ギルドの金の指輪を五つもはめて見せびらかし、大勢の取り巻きを連れて歩く。

 レースに関する有力な情報目当てのギャンブラーや自分の所有するグレナダを調教してもらおうとしている鳥の持ち主、おこぼれ仕事をもらおうと必死の三流調教師もいれば、何をやっても人生うまくいかずここにいれば調教師の運が分けてもらえるのではないかという悲観的なやつもいる。


 だが、調教師の左右はすでに高級娼婦で占められている。


 実はカジノには調教師の常連が二人いる。

 二人とも地上二十五階の果樹園を見下ろせる高額ポーカーの席に座ることができるのだが、こいつらフストの親戚かと思うくらい負けまくる。


 まあ、いつもきっちり払ってくれるので文句はないが、どうも負けた額の大きさを誇っている節がある。

 それだけ儲かるということだ。賞金の取り分は騎手よりも調教師のほうが多いのだから。


「なんで、おれまで来なくちゃいけないんだ?」


 トキマルがぶうたれた。


「知るか。ギデオンがおれとお前の二人を指名したんだ」


「イヴェスの金魚のフンだろ、そいつ。おれに何のようがあるってんだ?」


 おれは肩をすくめた。


 治安裁判所の使いの小僧が〈ラ・シウダデーリャ〉にやってきて、ギデオンの手紙を持ってきたのが今朝の話。


『当方、非常に利益のある取引を用意。来栖ミツル氏ならびにトキマル氏にはぜひとも戦車競技場にお越しいただいて一考されたし』


 ギデオンのやつがおれたちに『非常に利益のある取引』なんて用意できるとはおれもトキマルも思っていない。


 カネやコネの問題ではなく、性格の問題だ。


 あれこそ、まさにクソガキのなかのクソガキであり、クソガキ界の半神半人デミヒューマンともいうべき代物。

 そのくせイヴェスだけには猫かぶって忠誠を誓ってるところもまたゲスい。


「あいつがおれたちのためになることするだなんて、絶対ありえない」


「どーでも。とっとと終わらせて帰ろうぜ。これ以上混む前にさ」


 ギデオン・フランティシェクが待ち合わせに指定した場所は〈王族席〉だった。


〈王族席〉というのはカネのない王族かカネのある悪党のための席で白い列柱に真っ赤な絹の天蓋があって、貴族夫人か王族ご贔屓の高級娼婦たちが偉く凝った背もたれが無駄に長い椅子に座り、顔を隠した扇をパタパタさせながら、だれそれ伯爵のポコチンはカシューナッツ並みザマスとか放埓なセックストークに花咲かせる場所だ。


〈王族席〉にはカネのない王族かカネのある悪党しか入れない。

 もちろんカネのある王族は入れるが、そういう連中は宮殿の庭に自分専用の戦車競技場を持っている。


「なあ、トキマル。おれが知らないあいだに貧乏の定義が変更されたのか?」


「いったい何の話だよ?」


「だってさ、ギデオンはイヴェスの助手で、イヴェスときたら、賄賂取らないから極貧生活。つまり、イヴェスの助手のギデオンもまた貧乏なはずだよな」


「どーでも」


「そのギデオンが〈王族席〉に来いとか、どうなってるんだ? 梅毒の末期か何かにかかって、自分で何してるか分からねえんじゃねえのか、あいつ」


「それも、どーでも」


〈王族席〉を警備してるのは国王の宮殿から出張してきた近衛兵だった。

 でかい鎧にでかい槍、赤い鳥の羽をかざった兜のなかには挙動不審者を虫けらみたいにひねりつぶす三十六通りの方法が渦を巻き、実践のときを待っている。


 そんな実地演習に付き合わされるなんていやだわいやだわと思いつつもカーペットを敷いた階段を上る。

 上った先は〈王族席〉。

 が、その出入口の真ん中に近衛兵が仁王立ち。

 でかいやつでおれとトキマルの背丈はやつの膝にも届かないくらい。


「体格差を補って、相手を倒す方法は四十八通りある。試すか?」


「何言ってるんだ、このガキ?」


「いや、こいつのことは放っておいて。おれら、ここで待ち合わせしてるんだけど」


 近衛兵はおれたちを滑ったユーモアか何かだと思ったらしい。


 まあ、そうだろう。

 おれはフランネルのシャツに皺だらけのチョッキ、トキマルはアズマ装束。

 王族に見えないし、カネがあるようにも見えない。


 近衛兵はカラヴァルヴァの人間じゃないから、おれの顔も知らない。


「お前ら、母ちゃんから梅毒もらったのか?」


「そうくるか。アタマがおかしい、って言えば済むところを母ちゃんまでけなすその技量、さすが本物の近衛兵は違うなあ。まあ、いいや。とにかくギデオン・フランティシェクってやつにおれたちが来てることを知らせてよ」


「名前を教えろ」


「おれは来栖ミツルで、こっちはトキマル」


「じゃあ、よくきけ。来栖ミツルとトキマル。ここから先はお偉方が、お前らの小遣いじゃ一生かかっても買えないような酒を飲みながら、戦車が転がり落ちた騎手が後続戦車の蹴爪でザクザク切り刻まれるのを見るための席だ。そんな席でお前らみたいなガキが虫取りか何かの待ち合わせをしてるのが目に入ったら、どう思う?」


「そりゃあ、まあ、いい気はしないっすね」


「その通り、いい気はしない。そして、お偉方はどうしてガキどもが入り込んだのかを知りたがる。出入り口はここしかないわけだから、真っ先に疑われるのはおれだ。というか、断定される。おれの仕業だってな。そうしたら、おれは近衛兵からただの兵隊に格下げされる。お前ら、近衛兵がただの兵隊に格下げされる苦痛が分かるか?」


「分からないって言ったら、んだとコノヤローって襲いかかってきて、分かるって言ったら、気休め言ってんじゃねえぞコノヤローって襲いかかる」


「その通り。どの道、お前らはおれに襲いかかられて、この街のしみったれたパンケーキみたいにぺちゃんこになるんだ。どうだ、パンケーキになる準備はできたか? バターとサワークリーム、どっちを塗ったくって欲しいか、心に決めたか?」


「頭領、こいつぶっ殺していいか?」


「お前、忍者だろ? もっとクールに物事考えろよ。この場は退散だ。あのギデオンのクソガキは〈王族席〉にはいない。おれたちをハメたんだよ、あんにゃろー。わけわからん手紙を送りつけて、〈王族席〉の入り口で近衛兵におれたちをぶっ潰させようとしたんだ」


「おれ、これからこいつを殺すけど、暗殺じゃない、不可抗力だったって、あの小姑たちにちゃんと念押ししておいてくれよな」


 おれはあちゃあ、こりゃ血を見るなと思い、トキマルの手に苦無が静かに滑り込もうとしたそのときだった。


「待ってください。その二人はぼくの連れです」


 驚きより先にむかつきが来た。

 あの横柄な近衛兵がギデオン相手には最敬礼で踵を鳴らして気をつけをしたからだ。


「やあ、待ってましたよ。お二方。さあ、こちらへどうぞ」


〈王族席〉というだけあって、やたら肌触りのいい布やいい匂いをさせる干した果実の銀の皿といった金持ちアイテムがちらほら見つかる。


 そんななか、ギデオンの着ているのは地味な軽外套に細身のズボンで、貧乏な書生にしか見えない。


 そんなギデオンがなぜ〈王族席〉でデカい顔をしていられるのか。


 ギデオンはおそらくおれたちが好奇心でいっぱいになっていると踏んで、おれたちが質問するのを待って、わざと状況を説明しない。


 ちぇっ、誰が質問するもんか。ボケ。


 ギデオンは王族たちの観覧席の隣に用意されたVIP専用のビュッフェがある天幕の下におれたちを連れてきた。

 網縄風のクロスの上には、足に紙の飾りを履かされた鶏の丸焼きやシタビラメのムニエルがずらり。


「あなたたちには驚かされました。〈王族席〉とかいてあるから、それなりの格好で来ると思ったけれど、まさか普段着とは。その無謀さは人類の宝ともゆうべき勇敢さに裏付けされているんでしょうねえ」


 なんだかよく分からんが、にいっとかすかに笑っているから、バカにされてるのは分かる。


「おれとトキマルにいい話があるって書いてたな。ありゃ、なんだ?」


 ギデオンは塩ビスケットにウサギのレバー・パテを塗りつけて、小さくかじった。


「単刀直入に言ったほうがいいですか? それともいろいろ季節のご挨拶を織り込んで、ショックを和らげたほうがいいですか?」


「単刀直入に。とっとと帰りたいからな」


「あのカード、持ってます」


 きっとハタから見たら、おれとトキマルは宇宙空間へとフェードインしていき、キリキリキリと耳障りなノイズが鳴っていたに違いない。


「なんの?」


 と、トキマルがたずねた。

 なんのカードなのかはもうすでに分かってるのに質問してどうするんだよ。

 傷が開くだけじゃねえか。


「あなたと来栖さんが裸で――」


「わかった。もういい。で、いくら欲しい?」


「傷つくなあ。ぼくとあなたのあいだの関係は全て金銭ずくなんかじゃないはずですよ。もっと高潔なところに目をやりましょう」


「頭領、こいつ、殺るぞ」


「無駄だ。こいつ、ここにカードは持ってきてない」


「さすが、今を時めくクルス・ファミリーの大物さんは目のつけどころが違いますね。そうです。手元にはありません。ある公証人に預けてあります。ぼくの身に何かあれば、あれは一番目立つ場所で展示されるよう手はずを整えました」


「わかった。目的はカネじゃない。安全策はバッチリ。切り札が分かったところで、〈非常に利益のある取引〉の話をしよう。何をしたら、あのカードをおれたちに引き渡す?」


 そこで初めてギデオンの顔からおちょくりが消え、真面目さの切れ端みたいなものが現れた。


「先生を探してほしいんです」

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