第一話 ラケッティア、転生す。
わかってる。
異世界転生者として、おれは異端者だ。
普通の異世界転生者はトラックにはねられたり事故に遭って、異世界にすっ飛ぶものだが、おれは家のガス台でミートボールのスパゲッティつくっているところをやられた。
事故った覚えはないが、事故ったとしたらガス爆発だろう。
異端要素はこれだけではない。
ハーレムときけば、20世紀初頭のニューヨークにあるイースト・ハーレムを思い浮かべるし、心を落ち着けるとき、素数を数えるかわりにニューヨーク五大ファミリーの名前を並べてつぶやく。
今だって、つぶやいている。
「ガンビーノ・ファミリー、ジェノヴェーゼ・ファミリー、ルケーゼ・ファミリー、コロンボ・ファミリー、ボナンノ・ファミリー……よし、落ち着いた!」
今、おれがいるのは西洋風の古いお屋敷だ。
パッと見た感じ、RPGによくある、なんちゃって中世。
だって、ほら。窓にガラスがはまってる。
本物の中世ではガラスなんて貴重品で王さまの宮殿にさえ全部の窓にガラスははまっていないものだ。
ああ、よかった。ここは中世ヨーロッパ『風』の世界だ。
つまり、本物の中世ヨーロッパみたいに男はみんな坊ちゃんカットでタイツはいてて、道は泥だらけで、窓からクソをまきちらし、ペストは水から感染するとかワケわかんないこと言いだして、風呂に入らず、めちゃくちゃ体臭いのをごまかすために香水が生まれたのでしたとかふざけた逸話のない世界だ。
まず一安心。
そうしたら、とりあえず第一の目標、自分は一ミリの努力もしないまま途方もない反則強化を授けてくれる神さまを探そう――って、こんなボロ屋敷に神さまはいないな。
神さまはパルテノン神殿みたいなところにいると相場は決まっている。
まあ、神さまは後まわしだ。
第二の目標、わけわからんうちに主人公をチヤホヤする美少女軍団とかを探すとしよう。
そりゃ、ハーレムときくと、イースト・ハーレムが一番に思い浮かぶおれだけど、二番手はやっぱり美少女ハーレムなわけで。
あれ? でも、待てよ。こういうとき、主人公は鈍感で相手の女の子があれこれモーションかけてくるのにさっぱり気づかないものだけど、おれは違うぞ。エッチなこと大好き。
なんなら、一夫多妻でもいい。イタリア系マフィアの倫理観ではちゃんと正妻を大切にできるなら、愛人はいくらでもつくってOK。
ただ、気をつけるのは同じマフィア仲間の嫁さんを寝取らないこと。
もし寝取ったら――、
ぶっ殺されて、チンポコ切り取られて、口に詰め込まれたまま、自分の車のトランクに入れられて、JFケネディ空港の駐車場に放置されても文句は言えない。
しかし、人っ子ひとりいないな。
鉄のシャンデリアがぶら下がる玄関広間を探したし、緑が鬱蒼と茂る中庭(ここはきちんと整地してトマトを育てよう)も探したし、埃は積もっているけど、きちんと掃除すれば、いかにもマフィアのドンが座ってそうな書斎も探したけど、誰もいない。
が、柱には1930年代ドイツのチョコレート自販機みたいな愉快な柱時計がコチコチ時を刻んでいる。
この屋敷、荒れ果ててるが、時計のネジをまわすくらいのことはするやつが棲んでいるらしい。
ここでおれは『住む』ではなく、『棲む』という言葉を使ったが、きちんと手入れもできないくせに庭を持つようなやつは人ではない。
畜生だ。野獣だ。四足動物だ。
居住ではなく、棲息と表現するのがふさわしい。
グルルルウウウーゥウウ。
すいません、調子に乗りました。棲息ではなく居住でけっこうです。だから、頼みます、神さま、どうか人外の類はご勘弁ください。おれはどこにでもいるただの高校生、ちょっとマフィア・オタクなだけの高校生なんです。
ウウウウウオオォー。
ああ、もう。なんだろう。厨房らしいところから、すっごいうめき声。普通じゃない。絶対ゾンビだ。間違いなくゾンビだ。そこはかとなくゾンビだ。
ずるっ。ずるずるっ。
ゾンビが重そうに体を持ち上げる音がきこえた。
もちろん良い子のみんなにはお蕎麦をすする音にきこえるかもしれない。
でもね。
ウオオオーオォオオオ!!!!!
間違いなくゾンビ。
しかも、めっちゃ怒ってらっさる。
えー。なんの装備もなくスキルもなくチートもなく、ジョブも普通の高校生のまま、いきなりゾンビすか?
それはちょっと難易度高いんじゃないですか?
こんなのバランス崩壊ですよ、神さま、テストプレイしましたか? それとも死んで覚えるゲームですか? そんなのいまどき流行りませんよ、クソゲー扱いですよ。
ウグオオオッ!
ばたばたばたばたっ!
ぎゃああ! このゾンビ走る! 走るゾンビだよ!
ゾンビの手が厨房入口の柱をつかむ。
ああ、短い転生だった。これからおれはゾンビたちに生きたままむさぼり喰われる。
神さま。今度、生まれ変わるときはチートもハーレムもいりません。
ただ、ゾンビがいない世界にやってください。神さま。