第十三話 ラケッティア、全面戦争。
「やあ、小僧」
「わお! すごい! 本物だ!」
「おれの偽物がいるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないです。ミスター・シーゲル」
「ベンと呼んでくれ」
「はい、えーと、ベン……ところでここに落ちてるの、あなたの目ですか?」
「たぶんそうだ。すまんな。探してたんだ。ちょっと目玉をはめ込むから待っててくれ……よし、これでいい。見えるようになった」
「お会いできて光栄です。ミスター・シーゲル」
「ベン」
「あ、はい」
「今日はお前の質問にこたえにきた。いろいろききたいこともあるだろう。なんでも、きいてみな」
「1931年4月15日、レストラン〈ヌオラ・ヴィッラ・タマッロ〉でジョー・マッセリアを撃ったなかにあなたもいたんですか?」
「なんだ、カジノのことじゃないのか?」
「これも結構気になってて。なんでも、きいていいんですよね?」
「しょうがねえな。約束は約束だ。いたよ。おれもあのなかに。撃ったのはおれとリトル・ニッキーで――」
「リトル・ニッキー・レンジリーもいたんですか?」
「当たり前だろ。マッセリアはあのとき最大の大物で、ニックはあのとき最高の殺し屋だった。お膳立てを仕切ったのはニック、ボディガードを買収して手なずけたのもニック、チャーリーがトイレに行くフリをして席を立ったところで撃ち殺すのを考えたのもニックだ。どうせきかれるだろうから、こたえておくが、マランツァーノ殺しにはおれは直接かかわってない。税務署員に変装しての仕事だったが、マランツァーノはおれの顔を知ってた」
「あの、ベン。ひょっとしてこの世界に生まれ変わったりとかしてます?」
「してねえよ。おれは地獄に落ちた。地獄もそう悪いところじゃねえ。知り合いが大勢いる。ハリウッドスターも昔のマフィア仲間もみんな地獄に落ちてたからな。生まれ変わるなんて気はさっぱり起こらねえ。ところでカジノについての質問はないのか?」
「リトル・ニッキー・レンジリーと一緒に仕事をしてみた感想は?」
「おい、お前、大丈夫か?」
「いえ。とても興奮してます。こうやって直接お話する機会がもらえて」
「おれがお前くらいの歳には女のケツを追いかけて、それができるってのを証明するためだけに人を刺したもんだが。まあ、いい。ニック・レンジリーはサツに寝返った。おれにしてみれば、それが全てだ」
「もし、寝返りがなかったら?」
「さあな。一人三百ドルで殺し続けたんじゃないか。もし、ニックが生きてたら、ビバリーヒルズでおれを撃ち殺す仕事は間違いなくニックが命じられた。それがおれに対する最大の敬意ってわけだ。カジノに関する質問はないのかよ?」
――†――†――†――
「ベン。あなたはフラミンゴ・カジノの建設費用をネコババしてたせいで殺されたらしいけど、そのこと知ってた? それとも、愛人の独断――って、あれ。おれ、起きてら」
東向きに開いた窓から情け容赦のない陽光が二日酔いのおれの頭に差し込むような痛みをお見舞いしてくる。
そうだ。おれはウイスキーをダブル、ストレートで飲むというこれまでの飲酒記録自己ベストを更新したんだった。
「しっかし、いい天気よのう。二日酔いにはちと辛いが」
カラヴァルヴァの赤いテラコッタ屋根や壊れた屋上に生えるに任せた植物たちが五月の日光からお気に入りの波数をちぎりとって、自分たちをきれいに装わせる。
トントン。ノックの音。
「起きてるよー」
やってきたのはマリスとジャックだった。
「マスター、大丈夫か?」
「多少頭が痛いだけ。今、何日?」
「二十日だけど」
「じゃあ、おれ、たった一日しか寝込まなかったの? すげー。おれ、ここの世界に来てから酒に強くなってる」
「まあ、知らないほうがいいこともあるな」
「ん。ジャック何か言ったか?」
「いや、何も。それよりオーナー、本当に大丈夫なのか?」
「さっきも言った通り、頭が痛いだけだよ」
「いや、そうじゃなくて」
「ん? 何かあるのか?」
「いや、マスター。むしろないのが問題なんだ」
「よっく分かんねえなあ。それ、なぞなぞ?」
「マスター、外は見た?」
「見たよ」
「何か違和感はない?」
さっきも言った通り、空は快晴。カラヴァルヴァ名物テラコッタの赤い屋根瓦がどこまでも続いていて、魔族居留地の城壁が黒曜石のナイフみたいにきらきら光ってる。
「別に変なとこはないけどなあ。あ、そういえば、おれ、すげーいい夢みたんだ。夢のなかでバグジー、じゃなくて、ベン・シーゲルが出てきて、おれが知りたいなあって前から思ってた質問に全部こたえてくれてさ。これって幸先いいよね」
なぜだろう。ベン・シーゲルときいた途端、マリスとジャックは拾った鞄のなかから時限爆弾でも見つけたような顔をした。
大爆発寸前、相手の繊細さを貴ぶがごときそのご面相。
なんだ、なんだ? なにが――、
タタタタタッ、バタン! と扉を跳ね開けたのはアレンカだった。
「マスター、落ち込んでるのですか? 大丈夫なのです。落ち込みさん飛んでけなのです。アレンカがまたいっぱいいっぱい仕事を受けて、たくさん殺せば、全部解決なのです」
「へ? また、起きて早々に熱心な殺すコールだね。なあ、マリス」
「マスター。ボクにできることがあったら、何でも言ってくれ。この国のゲスはほとんど殺したけど、まだ世界にはたくさんのゲスが残ってる」
「オーナー、おれも殺るよ」
「ジャックまで何言ってんの? お前、もう殺しは嫌なんだろ?」
「でも、オーナーには世話になったし、恩人だ。オーナーの夢、あきらめてもらいたくないから」
「夢? あきらめ? 一体何のこと言ってるんだ?」
「オーナー、分からないのか?」
「きっとショックのあまり、見えなかったことにしてるのです」
「マスター。もう一度、よーく窓を見て。何かがないはずだから」
んなこといってもなあ。
空。太陽。雲。屋根。樹。雑踏。朝餉の煙。魔族居留地。
……。
「あーっ! カジノがねえッ!!!」
塔がねえ、蔦植物がねえ、フラミンゴがねえ。ねえねえ尽くしじゃねえか!
――†――†――†――
「そうなんよー。カジノごごごーってなって、ドドドンってなって、グワーッ、ブーンなんよー」
カルリエドの説明を翻訳すれば、あるフードをかぶった剣士がカジノに入っていった途端、カジノが地面へと沈んでいったらしい。
今、おれが立ってるのはカジノの最上階にして、未来の高額レート人狼ゲーム会場だ。
そこが今や地上一階……。
空には行き場を失ったフラミンゴたちが、カジノを元に戻せと鳴きながらせっついている。
ちなみに、もふもふたちや客たちは無事脱出できたそうだ。それは何より。
「で、その剣士から伝言あずかっとるんだけど、塔また伸ばしたいんなら、地下まで一人で来いっつーことなんだや」
今まで、ラケッティア活動をいろんなところから邪魔されたが、今度の邪魔はメガトン級だ。
このカジノにもう金貨で一万五千枚突っ込んでる。
それを邪魔した上に、タイマンで勝負がしたいと。
よろしい。応じましょう。その抗争。
「マリス、ジャック! ファミリーの武闘派幹部全員集めろ! 全面戦争だ!」
「でも、マスター。相手は一人で来いって――」
「知るか、んなこと! おれぁ悪党だぞ! 相手にしてるのが、生優しい正義の味方なんかじゃねえってことを彫刻刀でおでこに刻み込んでやる!」




