第五話 ラケッティア、おれが二宮金次郎像になれない理由。
三十七人。
この一カ月半でぶち殺されたゲス野郎どもの数だ。
一人金貨三百枚でぶち殺したから、経費を差っ引いても一万枚強になる。
――やっぱ、あの子たち、すげーわ。
凄腕アサシンに対する需要は一般ピープルが考えるよりもずっと多い。
あいつらだけじゃ、その手の契約ができないので、朝一で〈ラ・シウダデーリャ〉に出入りする密輸人経由でクルス・ファミリーが〈狩り〉を解禁にしたと情報を流すと、その日の午後にはやんごとなき方の代理人ですぅって面した紳士野郎がやってきて、一人殺ってほしいやつがいると言ってきやがった。
そいつはすげえ変態で子ども殺しにも手を出している。
公の裁きを食らうと家名全体に傷がつくが、家柄が高すぎて、公権力ではできない。
そこで一族のうちで内々に始末してもらうことにした。
――というものだった。
これはツィーヌにまかせ、変態は三日後、天蓋付きのベッドで真っ黒な血反吐を吐いて死んでいるところを発見された。
こんな感じで毎日依頼が舞い込み、マリス・アレンカ・ツィーヌ・ジルヴァのカルテット態勢でハイペースにこなしていた。
よせばいいのに、トキマルが面白がって何か茶化すようなことを言い、ツィーヌに、変わり身の術が間に合わないくらいの凄い蹴りを食らわせられた。
おれ、〈インターホン〉、ジャックは厨房でアサシン娘たちの労をねぎらうために料理するわけなのだが、あいつらが誰かを消すたびに野菜や肉が安くなったり高くなったりするのには驚いた。
ところで、この〈死の四十五日〉のあいだ、おれは殺しの契約にサインばかりしてたわけではなく、しょっちゅうアンチョビ工場へ様子を見に行き、フレイには古代遺跡風のスロットマシンをつくらせ、印刷所三羽ガラスには古代遺跡風のトランプを刷らせ、人気の賭け拳闘士を当たって、空中庭園で稼がないかと話をもちかけ、それにいくつかの社交家を買収して人狼ゲームを教え込み、カラヴァルヴァに流行らせたりといろいろ忙しくしていた。
何度も言うように、ラケッティアというのは怠けものには務まらないのだ。
それにもちろん空中庭園そのもののカジノ化も進めている。
ちょうど二日前、あのもこもこした、語尾に「でち」をつける愛玩魔法動物たちにいろんなゲームを教え終わったところだ。
ポーカーだけでも、インディアン・ポーカー、テキサス・ホールデム、九より上のカードを抜き去るメキシカン・ルールなどいろいろあるし、他にもカードではコントラクトブリッジ、ブラックジャック、ファロ、カード以外にはドミノのファイブアップやセバストポル、サイコロ使うクラップス、ルーレットなどなど。
実に覚えがよく、ピンクの肉球がぷにぷにしたおテテでカードを手際よく配り、特にカンの鋭いやつは小さな丸い耳をピンと立ててイカサマ野郎を見張る任につけた。
ただかわいかったもこもこたちが今やディーラーとなり、ボーイとなり、コックとなり、バーテンとなり、マネージャーとなり、ピットボスとなる。
「王さま! 王さま!」
おれを王と呼ぶかわいいもこもこたちに囲まれながら、おれは空中庭園の第一階のスロットマシン配置を仕切っていた。
中央に黄金みたいな石の廊下があり、その左右に緑樹や石柱に蔦がからまった区画があり、さらに外には背の低い椰子や古代の壷が並ぶ明り取りのテラスがある。
この第一階でおれはもこもこたちを指揮して低レートで気軽に楽しめるギャンブルを配置していた。
配置しまくっていた。
中央を貫く道以外に羅紗張りのテーブルとスロットマシンを取りつかれたようにガンガン置きまくっていた。
例えば、緑の濃い木陰にファロのテーブル。
ファロというのはトランプを使ったルーレットであり、次に山札からめくるカードの数字やスートを当てる。
アメリカ西部劇時代、ド田舎の酒場ではこれが大流行りだったらしい。
でかいルーレット台がなくとも、トランプが一束あればルーレットができるのだ。
それとスロットマシン。
明るい褐色と赤に近い褐色の二つのモデルを用意し、石製のスロットがまわり出すと、臼が穀物を引くような音がごりごりと鳴る。
スロットの目は古代ペダンの象形文字を採用した。
ひざまずく男。戦闘用のカヌー。巫女。カイロのみやげ屋で見つかりそうな古代の王冠。現代には味も香りも伝わっていない伝説の果物。ノコギリみたいな模様。そして、フラミンゴ。
当たりが揃うと、流れる水とふいごをつかったオルガンのようなものが大当たりを告げる大仰な音楽を流すことになっている。
このスロットマシンがだ、左右を水路に挟まれた道にずらっと並び、世界じゅうの貨幣のなかでも一番安くて小さな銅貨一枚から遊べる。
一階のコンセプトはふらりと気軽に立ち寄れるフロアだ。
え? 一階は相手にショックを与えるほどの派手さが必要だって?
だって、ここに来るやつはもう三時間以上前から雲を貫く空の庭園を見ている。
それを見ながら、魔族居留地におっかなびっくり足を踏み入れてるのだ。
ショックは十分与えられた。
カジノはそれを癒す。それも冒険的に癒すのだ。
それと一階には宿泊を管理するフロントをつくる予定だが、さすがに客室がまだ全然出来上がってないんじゃ、どうしようもないので古代風のタペストリをかけて、受付を隠しておいてある。
ただ、水を利用したエレベータは一基完成した。
それは二十五階直通になっていて、そこに高額レートのポーカーのできる部屋が一つある。
なかなかいいロケーションだ。
そこは空に出っ張った噴水のある果樹園で、酔っ払いや絶望したギャンブラーが飛び降りたりしないようにつけた欄干からはミニチュアサイズにまで小さくなったカラヴァルヴァ市街とその周辺を見下ろせる。
庶民も大事だが、金持ちも大事。両方大事にしてのカジノなのだ。
さて、ここでは夜な夜な金持ちたちが集まって、入場料金貨十枚で朝までぶっ続けの高額ポーカーをやっている。
もっと高額にしたかったが、さすがに払い戻しに不安があったので、このくらいのレートにしている。
が、それでも客はじゃんじゃん来る。
羽振りのいい槍の警吏、儲かってる殺し屋、娼婦の女元締め、王室御用達の金銀細工職人、〈商会〉の中堅幹部、毛織物職人ギルドの親方、二つの密輸用キャラック船の船主、〈金塊亭〉で出入り禁止を食らったそれなりに凄腕のギャンブラー、さらにさらに〈銀行〉の持ち主まで来てやがる。
最初の金貨十枚は消えてなくなり、次のチップを要求する。
そうやって、もう十枚、さらに十枚、ええい最後の十枚と要求するうちにそいつはいつの間にか金貨で百枚も損をこく。
ディーラーはもふもふなのだが(もふもふは背丈が八十センチに足りないくらいしかないので、台に乗らないとポーカーテーブルが見えなかった)、おれは連中に言い含めている。
「くそっ、次だ。次でこれまでの負けを取り戻す」
この呪いの言葉をきいたら、すぐ、そのお客さまにはお帰り願え。
払えもしない借金が増えるだけだ。
それに客同士でカネを貸し借りするのをおれは禁止にした。
間違いなくろくでもないことが起こるからだ。
借金ではなく保証であり、ただ支払い、負け犬からは取り立てないというのならOK。
というか、それをOKにしないと、新参の客は入れづらい。
この手の込みよう、気の配りよう。
おれってば勤労少年の鑑だね。
だが、全部非合法だ。
後世におれの銅像がつくられることがないのは、ただひたすらこれに尽きる。
なんたって、このカジノには三十七人のゲスを殺したカネが混じってる。
ん? でも、これも資金洗浄と言えなくもないぞ。
暗殺で稼いだ血塗られたカネを非合法賭博で洗浄する。
それに何の意味があるかは知らんけど。




