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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ ドリーム・オブ・フラミンゴ編
184/1369

第一話 ラケッティア、穴の底にて。

 男が一人、三階の窓をぶち破って落ちてくる。


 最初は驚いたが落ちてきたのが〈ゴキブリ〉だと分かると、ああ、なんだ、と納得。


 サアベドラが建物から現れる。

 ステゴロの凄まじさを物語る傷、痣、ふらつき、目のすぐ上からどくどく流れる真っ赤な血。

 売人たちのネメシス。人間要塞。銀髪美少女の姿をした鬼神。自称魔法剣士のベアナックルファイト・チャンピオン。


 サアベドラはコキコキと鳴る首をまわして元の位置にきちんと納めなおすと、あだ名のごとく這って逃げようとする〈ゴキブリ〉の背中を思いっきり踏みつけた。


 同情はできない。

〈ゴキブリ〉はずいぶん前から子ども相手に粗悪なヤクを売りつけていると噂があった。

 ついに年貢の納め時がきたわけだ。


「よっ、サアベドラ。害虫退治か、精が出るねえ。今日は何人?」


 開いた右手にピース風に立てた二本の指をぶつける。七人。


 疲れて口きく元気もないってわけだ。


 しかし、ヤクの売人ディーラーたちの考えは分からねえなあ。

 ヤクを扱えば、いずれはサアベドラにボコボコにされるのに、それでもヤクを売るの止めないんだもん。


 そういえば恐ろしく逃げ足の速くて、ロデリク・デ・レオン街より東の捕吏でそいつに追いつけるやつが一人もいなくて、〈韋駄天〉のあだ名をつけられた売人がサアベドラの前で子どもに〈蜜〉を売りつけて逃げたことがあるらしいんだが、サアベドラが取り逃がした売人はこいつが最初で最後らしい。まだ、どっかで走り続けてるのかもしれない。


「市場は好調のようですね」


 サアベドラがたずねてきた。


「〈ラ・シウダデーリャ〉のこと? うん。まあね。ヤクは厳禁にしてるから、いつだって大丈夫クリーン。ああ、そういえば、だいぶ前にきみの兄貴にあったよ」


「ヨシュアにですか?」


「そう。そいつ。きみの兄貴だからヤク憎んでるのかと思ったけど」


「ヨシュアにはヨシュアの考え方があるようです」


「じゃあ、顔をあわせたら兄妹喧嘩とかするわけだ」


 どうでしょう? と、サアベドラは無関心な顔で肩をすくめた。


 例の赤毛の聖院騎士に言った通り、正義は人間の頭の数だけ存在する。

 サアベドラにはサアベドラの正義があり、ヨシュアにはヨシュアの正義があり、おれにはおれの正義――と言えるほど上等なものではないが、まあ、越えちゃいけない一線がある。


 ところで、と、サアベドラ。


「カルリエドが探していましたよ。見せたいものがあると言っていました。魔法に詳しい人を連れて、見に来てほしいそうです」


「駄目だなあ。メッセージが頭に入らない。もっと、こう、カルリエド風に伝えてくれないと――いえ、すいません。調子こきました。だから、ぶん殴るのは勘弁してください」


     ――†――†――†――


「魔法といえばアレンカ。アレンカといえば魔法なのです!」


 なんだか海苔屋のキャッチフレーズみたいなことを言っているが、本人はとても幸せそうなので、ま、いいか。


「大規模データ更新準備作業に入ります。司令、ご命令を」


 それにフレイも連れてきた。

 この子が発掘されたのはここだし、カルリエドに元気にやってると見せれば、やっこさんも喜ぶことだろう。


 真っ昼間のデモン通りは魔族であふれていて、騒がしい。

 小さな間取りの粉屋ではデモン粉をつめた袋が弾除けの壁みたいに積み上げられ、隣の杖屋では辛抱強く磨いたステッキが世界一高価な薪のように束になって、銀の握りを取り付けられるのを待っている。

 店に並んだ毒草のうっとりするような紫はこれまで多くの人間を屠ってきたし、ツィーヌはこれから抽出した毒液で次々と標的を葬ってきた――が、ここではただのサラダの材料に過ぎない。


 店が張り出して道の分かりにくいデモン通りも何度か通っていると、なんとなく通りの境目が分かってくるのだから、慣れというものは素晴らしい。


 ようやく通りのどん詰まりの石切場に着くと、石の揚げ場にカルリエドがいた。

 真四角の石材に腰を据え、黒く丸まったツルハシの先端にツバを吐いてヤスリで砥ぎながら、竪穴から吹き上がる風にビロードの上衣の端をなぶらせている。

 おれが来るのを見ると、にかっと太陽みたいな笑いとともに、


「ヒューマンのブラッダ、サタンに生きてっか? ブラッダ、いいときん来たんよ。ホーラから面白いもんが出たんだや。おっ、ハートのブラッダ。元気そうだや」


「新言語との接触を確認。アーカイブに接続します」


「ヒューマンのブラッダ。ハートのブラッダは何ちゅうとるだや?」


「会えてうれしい、もっとあなたたちのことが知りたい、ってさ」


「そうけ? そりゃあいいだや。わしぃもハートのブラッダのこと、よう知らん。神経は見たことあるけど」


 フレイはそれをきくと、顔を赤らめて、


「まさか、司令。わたしの神経系を見たんですか?」


「うん。見た」


「……感情コード:羞恥を確認。要因は司令による神経系の目撃」


 何だろう。フレイは風呂に入ってるところを見られて「きゃあエッチ!」みたいに恥ずかしがってるけど、おれが見たのはそりゃ裸といやあ裸なのかもしれないけど、全然嬉しくない裸だったのも事実なわけで。


「その、とても、きれいな神経だったよ」


 これ以上のフォローが思いつくやつがいるなら是非とも会ってみたいもんだ。


「さあさあ、ブラッダ。みんなで行くだや。そっちのちっちゃいブラッダも来るだや」


「むー。アレンカはちっちゃくなんてないのです。アレンカはちょっと成長が遅めだけなのです」


「じゃあ、成長グロー遅めスローのブラッダも来るだや。みぃんなまとめて連れてってやるだや」


 待った、待った、と、おれ。


「連れてくってどこへ?」


「穴の底だや。見せたいーもん、そこにあるんよ」


     ――†――†――†――


 魔族のエレベータの動力源は発情期のケルベロスだ。

 三つの頭のなかエッチなことでいっぱいの魔物はおれをフリーフォールの恐怖でタマまで縮み上がらせ、あと少しで体がバラバラになるところだった。


 命からがら、石切場の穴の底に着くと、ランタンがあちこちに置かれていたので、思ったより明るい。

 そして、そこいらで石切り魔族たちがツルハシと毛布の束をひとくくりに結びつけ、クッションのようにして芝生の上で昼寝をしていた。


 え? 芝生?


 空を見上げると、小さな針穴みたいな光が見えるが、あれは竪穴の入り口だ。

 それほどまでに深い穴にもかかわらず、ここには茂った芝があり、背の低い椰子や棕櫚がポツポツと植えてあったりする。


 植物が育つ環境とは思えないし、それに穴底にあるのは地べたではなく、黄色っぽい石を組んだ床だ。


「なあ、カルリエド。あんたたちが発掘したのって……」


「これ、古代の庭なんよ。ほら、石組まれとるだや。こんな組み方見たことないんよ。カルリエド、これ見たとき、ヒューマンのブラッダを呼ばなきゃいかんと思ったんよ。だって、ブラッダ、ハートのブラッダの目を覚まさせただや。きっと、この庭だって立派に目覚めさせられるとカルリエド思うんよ」


「床にキスでもしろっての?」


「したきゃしてもいいだや」


「いや、しないよ。床にキスなんて――ふーむ――」


「床にキッスするん?」


「だから、しないって――よしっ。アレンカ、フレイ、ちょっと調べて状況報告してくれ」


「了解なのです」

「命令を受領。調査を開始します」


 フレイはポンチョのフードを後ろに流し、頭から生えてる近未来SFウサ耳を本物のウサギのようにピクッ、ピクッと動かしながら、ゆっくり探るように歩く。

 あのウサ耳、何かのセンサーらしく、ときどきウィーンと低い音を鳴らしている。

 きっとおれたちには分からない何かを感じ取り、口述用データに還元しているに違いない。


 対象的にアレンカはといえば、むー、と難しい顔で庭を端まで歩いたかと思ったら、床の石目を使ってケンケンパを始めて、転ぶな、ありゃ、と思ったら、案の定、びたん!と、顔からすっ転んだ。

 泣きそうになったので、危うく駆けつけかけたが、アレンカはギリギリで我慢して、涙をこらえ、調査を再開した――二本の曲がった針金で。

 いまどきダウジングかい!


 まあ、いいさ。きみが元気でかわいいだけで、おれは満足だよ。


「調査報告。対象より魔導エネルギーを感知。ツールによる分析中――分析中――分析失敗。現時点での調査対象は名称、潜在エネルギー値、GGI値ともに不明」


「マスター。ここは古代文明の空中庭園の一番上なのです。ただ、フレイのいた文明よりはずっと新しいのです。三千年くらい前なのです。それと、お水の汲み上げや植物さんを育てるための魔法がかかっているのです。でも、それ、今の魔法とはちょっとだけ似てるのです。だから、ミスリル針金の共振性から分析して、これはペダン文明の空中庭園なのです」


「すげーっ! アレンカ見直したよ」


「マスター、もしかして、アレンカのこと、パーだと思ってたのですか?」


「ほんのちょっとだけ」


「むーっ!」


「そうやって怒るアレンカもかわいいよ。――でも、ここが空中庭園の屋上って言うくらいなら、下への降り口もあるはずだよな」


「もうちょい掘れば、見つかるかもしれんだや」


「掘るっつったって、どこを――」


 転生する前の世界では来栖ミツルといえば、何もないところで転ぶ災難引きつけ体質とか、あるいはただどんくさいと言われたもんだが、こっちの世界に来てからは何のでっぱりのない道はおろかでっぱりのある道でも転ばないので、すっかり油断していた。


 と、いうのも、きれいな青い花が細かく絨毯みたいに広がってるところに足を踏み出したら、ズボッと足が地面を貫通し、地面だと思っていたのが花の細い根が絡み合っただけの弱い土の膜に過ぎなかったと感づいたころには体全体が前のめりになって、そのまま深い深ーい穴のなかへと落ちていったからだ。

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