第十五話 ラケッティア、カタコンベだ、ぎゃあ。
ちくしょう。体が動かん。
骨が折れた。痛みがあるわけではないが、たぶん神経をやられたんだろう。
「大丈夫だ。骨は折れてない」
「でも、バキバキって音がしたけど」
「あんたの骨じゃない」
火打石から火花が綿くずに落ちて、その火が蝋燭へ移る。
ジャックの蒼白い顔が浮かび上がり……、
「うぎゃあ! なんじゃ、こりゃ!」
壁に隙間なく詰められた頭蓋骨、隙間には脛だか腕だかの骨が差し込まれている。
「大昔の地下墓地だ」
ジャックが説明する。
「折れたのは死者の骨だ」
おれは慌てて立ち上がると、そこには麩菓子みたいにボロボロに崩れた骨のかけらがあった。
「それがクッションのかわりになった。運がよかったな」
「あいつ、誰だ? おれの肩を後ろからつかんだやつ……」
「娼婦殺しの犯人だよ」
「誰だ?」
「名前は知らない。それよりここを出よう。この蝋燭もそんなにもたない」
天井が低い骨だらけの通路を抜けると、死者の宮殿とでも言えばいいのか、そのくらいのスケールのでかい広間に出た。
祭壇にはぎらぎら光る不思議な鉱石が転がっていて、その強烈な光が彫刻入りの柱やアーチ、死者の眠りを守る役目をまかされた騎士の石像を闇のなかから切り出した。
そこで少し休む。祭壇の前にある階段に並んで腰を下ろした。
「いろいろききたいことがあんだけどさ――先に謝っとく。おれ、お前のこと、完璧に信じられなかった」
「ああ。アサシンたちがつけていたのをときどき感じた」
「それでさ、お前が娼婦の切り刻まれた現場にいたってきいたとき、あいつらにお前のこと、見つけ次第殺せ、って命令した」
「そうか……」
「怒んないの?」
「疑われても仕方がない」
「そう言うなって。悪いと思ってる」
ジャックは、ふ、とかすかに笑った。
「怒ってるわけじゃない。むしろ、嬉しい。あんたはおれを追ってきた。もし、おれが本当に娼婦たちを殺したと分かってたら、あんたはおれを一人で追っかけてきたか?」
「あれ? ひょっとして、おれ、忠誠テストとかされてた?」
「おれとしてはあんたがあの地下道の入り口まで来てくれるだけでいいと思ったんだ。まさか、なかに入るとは思わなかった」
「おれも自分で驚いてる」
「それで、ききたいことがあるって言ってたな」
「たくさんあり過ぎて、分からんくなっちった。ちょっと、時間、ちょーだい……よし、まず最初だけど、どうして娼婦が死んだ現場にいたんだ?」
「偶然だ。あんたに疑われ始めたころ、おれは自分の無実を証明するためにあちこちまわった。それで気がついたことがあった。四人の娼婦が殺された現場のそばには古い地下道へつながる入り口があったんだ。おれは――その地下道のことを少し知っていた。前の組織の任務で、カラヴァルヴァに来たとき、逃走ルートに考えて調べたんだ。それで、おれは毎夜、地下の入り口がある近辺を探った。全部の入り口を調べ切れたわけではないから、確率は低かったが、それで行き当たった。だが、犯人は逃げた後だった。そこにあんたのアサシンがやってきて……」
「犯人はこの手の地下道に詳しいってことか。道理でツィーヌが追いかけても逃げ切れるはずだ。そんな地下道に逃げ込めたんだから」
「おれもききたいことがある」
「どうして海は青いのかみたいな質問じゃなきゃこたえるよ」
「どうしておれを助けたんだ?」
「それって、お前がうちの店の前で倒れてたときのこと?」
「そうだ」
「助けちゃ悪い理由がなかった。それにロン毛じゃないイケメンだから、変なやつでもないだろと思ってな」
「どういうことだ?」
「まあ、こっちの事情だ。それに助けてから見た限り、何となくアサシンだってことは分かったが、顔を見てると、これ以上人を殺したくなさそうな顔をしてた。殺しが嫌になって組織を逃げた口か?」
「……ああ」
「その組織の名前、教えてくれる? お前に手は出すな、でないとぶっ潰すって伝えとくから。ほら、殺人鬼だと本気で疑って、暗殺命令出したお詫び」
「それはできない。あんたに迷惑がかかる」
「殺人鬼に肩つかまれて、ホネホネの上に落っこちるところまで行ったんだ。これ以上面倒なことなんてないだろ?」
「……すまない」
「いいって。これでチャラにしてちょーだいな。あ、あと、もう一つ、ききたいことがあるんだけど。マリスたちにきいたら、お前、酒場まわりをしてたってきいた。あれ、何をしてたんだ?」
「その……飲み物や食べ物の作り方を覚えていた?」
「なんで?」
「あんたの店、〈モビィ・ディック〉をまかせるやつを雇いたがってた。だから――」
ああ。分かった。なんかデジャヴだったんだよな。
ドラクエだよ。仲間になりたそうにこっちを見ている、ってやつだったんだ。
「それなら、その場で言ってくれりゃよかったのに」
「酒場で働いた経験がないと雇われないと思った。おれができるのは、誰かを殺すことだけだから」
「未経験者も大歓迎。アットホームな職場って貼り紙はっときゃよかったな。まあ、じゃあ、そういうことなら、よろしく頼むよ」
「え?」
「だから、〈モビィ・ディック〉のバーテン、任せるよ。もう、〈インターホン〉が毎日、後生だから職場を変えてくれ、でなきゃもう一人つけてくれっていってて困ってたところだ」
「でも、おれは――」
「仕事なんてやりながら、覚えてけばいい。今のところ、あそこの客はエルネストとカルデロンだけだし。で、契約成立?」
おれが手を伸ばすと、ジャックは握手して返した。
その顔の嬉しそうなことと言ったらなかった。
まあ、おれは悪党だけど、たまにはいいこともするんだ。




