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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ ジャック・ザ・リッパー編
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第十二話 ラケッティア、1888→×。

 その夜、ジャックは〈ちびのニコラス〉に帰らなかった。


 翌朝、地下で朝風呂を楽しみ、〈モビィ・ディック〉のカウンターに寄りかかりながら、窓の向こうの通りに朝靄が通り過ぎていくのをじっと見た。


 春は近くまで来ている。


 これから過ごしやすくなるだろう。


 アンチョビ工場もカタクチイワシの買いつけや下ごしらえをするための労働者を雇ったりする段階まで来た。

 ナンバースも、印刷所も、スロットマシンもうまくいっている。

 すぐに動かせる現金は金貨で一万五千枚以上あるし、元治安判事の法律顧問がいて、文書偽造のプロがいて、向かうところ敵なしのアサシン娘たちがいる。


 なんだかんだで仕事はきちんとこなす脱力忍者がいるし、はやいところ用心棒に鞍替えしたがっている大男もいる。


〈ラ・シウダデーリャ〉というイカした市場を持っていて、有能な故買屋や密輸品をさばく商人たちがいる。


 これ以上ないほど順風満帆なのに、いや、順風満帆だからこそ、これが消えてなくなったら? と考えずにはいられない。


 ファミリー。


 こっちの世界におれの血のつながった人間はいない。

 父さんも母さんもいないし、飲んだくれの叔父たちも従兄たちもいない。


 だから、今のファミリーはおれにとって本物のファミリーなのだ。


 転生した先でまったく別の人生を過ごせないなら、そのファミリーが消えないという保証もない。


 その保証を切り裂きジャックに求めたが、どうもうまくいかないようだ。


「司令」


 見ると、フレイが階段を降りてくるところだった。

 耳型のガジェットがぴょんと立ち上がっていて、いつものぴったりとしたロボットパイロットのスーツみたいなものをつけている。


「おやあ、フレイじゃん。こんな朝早くに珍しいねえ」


 フレイは朝に弱い。

 古いパソコンみたいに立ち上がりに時間がかかるようだ。


 だから、こうしてみんなが寝ている時間に〈モビィ・ディック〉へ降りてくるのはすげえ珍しく、ポケモンでいえば、マスターボールの使い時は今だ、みたいな感じで――。


「司令。アーカイブのためにデータを転送してもらえませんか?」


「おれ、人間インターネットじゃないんだけど」


「何か新規データを口述していただけるだけでも可能です」


「うーん。分かった。じゃあ、話そう」


 ここじゃない場所。今じゃない時代。ロンドン。1888年。

 切り裂かれた娼婦の死体。スコットランド・ヤードのヘマ。新聞社に送られた手紙。


「いや、今の話、やめ。削除して」


「了解。アーカイブよりダウンロード中のデータを消去します」


「ごみ箱に入れるんじゃなくて、シフト・キーとデリートを押してね。完璧に消去でお願いします」


「了解。命令を受け付けます。消去、完了。司令、何か新しいデータを」


「うーん。新しいデータって言われてもなあ」


「では、司令。こちらから特に緊急性の高いデータの配信を希望申請してもよろしいでしょうか?」


「空はどうして青いの、とか、そんなんじゃなければ」


「資金洗浄についての詳細を求めます」


「へ?」


「マネー・ロンダリングともいいます。現在、トキマルより得たデータをもとに表層的な理解がなされています」


「つまり、どういうこと?」


「マネー・ロンダリングとは流通貨幣を洗浄液で洗浄すること。弱酸性の洗浄液が推薦され、レモン果汁もしくは酢による洗浄が比較的簡潔なリソース利用として挙げられます」


「いや、マネー・ロンダリングってそういう意味じゃないの。確かにお金を洗うのは間違いないけど」


「では、データ修正のためにご協力を」


「うーん。要するに、後ろめたいことして稼いだお金を真面目なことして稼いだように見せかけることなんだよ」


「詳細を引き続き要請します」


「つまりさ、誰かが麻薬で金貨一万枚稼ぐ。でも、それを使うと、警察に出所を探られて、麻薬でつくったカネだってバレちゃう。そこで麻薬で稼いだカネを合法的な経済活動にこっそり混ぜて分からなくさせるんだよ。たとえば、おれが今つくろうとしてるアンチョビ工場。アンチョビを銀貨百枚分売り上げたら、買い手にキックバックする約束でアンチョビを銀貨百十枚分売ったことにする。これで銀貨十枚分の非合法なカネが合法的なカネに見せかけられる。もちろん、こんなちまちましたのがやっていられないなら、金融投資にまぜる。架空の口座をつくって、そこで架空のアンチョビを売り買いしたことにして、カネを動かしまくって、カネの出所を分かりにくくする。金融詐欺の分野にも入ることだけど、海外の銀行に預けて、国内の捜査機関の追撃をかわす手もある。そうやって出所を分からなくし、さらに合法的なものに見せかけた後、洗い終わったカネを取り出して、使う。まあ、細かいところを追及するといろいろ違うんだけど、だいたいこんなところ」


「司令はマネー・ロンダリングを行わないのですか?」


「やんないよ。必要ないもん。この世界、所得税の概念がないんだよ。つーか、国民一人一人の所得を調べられるほど有能な統計が存在しない。だから、関税や人頭税に収入を頼ってる。マネー・ロンダリングは脱税にも使うけど、それも所得税をごまかしたいからであって、所得税がなきゃ、別にマネー・ロンダリングの必要はない。それどころか、カラヴァルヴァで他人様のカネの出所をいちいち気にするやつはいない。どんなことして稼いでもカネはカネってわけ」


「データ更新完了。アーカイブ内でのデータの質向上に成功しました。司令。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 フレイはふあ、とあくびした。


 普段はロボットみたいに正確無比な子に見えるけど、こうしてみると、この子もやっぱり女の子だなあ、と思う。


「寝たいんなら、戻って寝てもいいよ」


 フレイは目をこすりながら、こくん、とうなずいた。


 そして、階段を上ろうとしたとき、振り向いて言った。


「司令。現在の司令の表情とマネー・ロンダリングのデータ更新前の司令の表情を比較しました。現在のほうが更新前よりも156%の快活さが見られます」


「えーと、つまり?」


「マネー・ロンダリングについて説明しているときの司令はとても生き生きとしていました。わたしもできることなら司令が気落ちする姿は見たくありませんから。これより待機モードに入ります。司令、おやすみなさい」


 フレイはぺこりとお辞儀して、二度寝をすべく階段を上っていった。


「快活度156%――か」


 そこは笑ってこその来栖ミツル。


 ボスがひよってたら、手下が落ち着けない。


 よおし、とおれは真っ直ぐ背中を伸ばして、こりをほぐす。


 ボスらしいところ、いっちょ見せてやるか!


 おれはフレイを除く構成員たちを叩き起こすべく、フライパンとお玉を手に階段を駆け上がった。

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