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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ ジャック・ザ・リッパー編
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第十話 ラケッティア、初めての運び屋。

 翌朝、〈ラ・シウダデーリャ〉のカノーリを取り寄せて、朝食にしながら、今日一日やらねばならぬことを整理した。


「あーっ、アレンカ! それ、ボクのアーモンド・カノーリだぞ!」


「早い者勝ちなのです!」


「おーい、カノーリ取り合うのはいいけど、魔法は使うなよ。せっかく修復した食堂なんだから」


 例の連続娼婦殺しはいい線までいっている。

 とはいえ、まだジャックは最重要容疑者のままだ。


 カノーリを小さく食べるジャックを見つつ、考える。

 今度の殺人は悪魔儀式でも絡んでるんじゃなきゃ、犯人は娼婦を憎んでる。

 それはもうめちゃくちゃに。

 だから、あんな真似ができるのだ。

 娼婦を憎む連続殺人鬼の動機は病気をうつされたか、アレがたたなかったことや小さいことを笑われたかのどちらかだ。


 ウーム。


 まあ、ジャックの尾行は続けてもらうにして、こっちでもいろいろ調べたい。


 そこで例の男爵――フォン・クーネフを調べるわけだが、今、葬式の真っ最中のフォン・クーネフの家をたずねて、おたくの当主は巷を騒がす連続娼婦殺人の共犯でしたといったところでつまみ出されるのがオチだろう。


「そういうことなら詳しいやつがいる」


 と、言ったのはカルデロンだ。

 エルネストとトキマルとのあいだで三つ巴の争いを制したカノーリをかじりながら、言うにはグラン・バザールの一角に世界の貴族の情報をおさめた貴族年鑑をつくっているかわりものたちがいるから、そっちから何か分かるかもしれないというのだ。


「そこ、紹介状とか必要?」


「カラヴァルヴァの唯一無比の紹介状はカネだけだよ。しかし、これはうまいな。もう一つないのかな?」


「むーっ、それはアレンカが目をつけてたカノーリなのです!」


「年寄りには優しくするもんだよ、お嬢さん」


 事件を追うのもそうだが、商売のこともある。

 アンチョビ工場でつくるアンチョビは最低半年熟成させたいが、それでは時間がかかり過ぎる。

 ただ、この手の不便に対して、なんとかならんかという声は以前からあったのだろう、発酵食品製造用の熟成塩なるものがこの世のは存在している。

 錬金術師の発明品の一つだ。そいつを使えば、一週間で熟成が終わる。

 現在、フレイの下で舎弟修行中のギル・ローいわく、その手の塩に強い錬金術師がグラン・バザールにいるとのこと。


 ああ、ちなみにGーⅣベータという痛い名前は修行中につき封印したそうだ。

 まあ、本人がそう言うのだから、いいだろう。


 さて、そうこうしているうちに構成員たちと食事を取りながら、出てくる陳情もまた耳を傾けなければならない。


「司令。現在のデータ収集はアーカイヴ達成目標を43%下回っています。データ収集のための偵察行動の許可を申請します」


 つまり、フレイはいろんな物事を覚えたいということらしい。

 なら、ちっこい食器からでっかい武器までいろいろ売っているグラン・バザールを覗けば、達成できる。


「そんなわけで、今日はグラン・バザールに行きまーす」


「ボクもついていきたいな。買い物がしたい。それに人混みでマスターの財布を狙うスリの手を切り落とすという使命もあることだし」


「そこは腕の骨外すだけで勘弁してあげなって」


「そうか。腕を切り落とすと返り血で汚れる。それなら、同じくらい激痛が走る関節外しのほうが服が汚れず、敵を無力化できるってことだね?」


「通信開始。データ:混雑における窃盗犯への対応を取得します」


 おー。このたちに普通の対応を求めたおれが馬鹿だった。


     ――†――†――†――


 グランバザールはその高い屋根を〈ラ・シウダデーリャ〉から見ることができる。エスプレ川の対岸にあるからだ。


 こんな面白そうなスポットだが、忙しくてなかなか行くことができなかった。

〈ちびのニコラス〉から行くなら、リーロ通りを南へ下って、北河岸通り沿いの渡し場から船で行くのがはやい。

 対岸ではバザールのアーケードが川に迫り出して船着き場になっているからだ。


「バザール楽しみだな」


「マリスもそう思うか?」


「ああ。新しい剣が欲しくてね。フレイ、きみはどうだい?」


 フレイは最初に着ていた宇宙軍の女性士官みたいなスーツを脱がないので、この世界で浮いたそのスーツを隠せるマントみたいな服をコーデリアに頼むと、スーツの色調に合わせたブルーグレイのフード付きポンチョみたいなものを見繕ってくれた。

 フードにはフレイの頭についているSFチックなウサギの耳を収納するための細いスペースがある。

 フードのなかでメカニカルなうさ耳が不自然な形で曲がって痛い思いをするんじゃないかと思っていたから、こういうものを見つけてこれるコーデリアの才能に舌を巻いた。


 恋人はヘボ詩人なのだが。


 さっそくバザールの桟橋を踏むと、まずスパイスを商う通りへ入る。

 皿の上で完璧な円錐を形づくった赤、黄色、青、緑の粉末スパイスが醸し出す異国の風。

 売っているのはスパイス商売に有利ということで顔を黒く塗ってターバンを巻いてバルブーフ人のふりをするロンドネ人たちだが、本物のバルブーフ人も一人か二人は混じっていることだろう。


 ここには珍味を求める貴族のコックたちがやってくるのだが、スパイスの品ぞろえは天下に響きってやつで、カラヴァルヴァの外から、なかには船でやってきた外国人のコックがいる。

 ここのスパイス商人たちの言うことだから、マユツバなんだろうが、本場のバルブーフ人ですら、ここにスパイスを買いに来るとか。


 スパイスは固形、液体、粉末とあらゆる形で存在し、目がかゆくなるほど強い香りを放っている。

 壺やガラス壜に詰めても、軒に晒しても、この芳香を消すことはできないわけだ。


 スパイス通りを抜けると、グラン・バザールを東西に走る商店街へと合流する。

 そこは特に売り場が指定されているわけではない自由売場なので、いろんなものが売っている。


「わあ、マスター。あれはなんだろう?」


「未到達エリアへの侵入を確認。情報更新を開始します」 


 天井でアーチが交差する大きなアーケード街。

 異国情緒たっぷりの小さな店がぎゅっと詰まっていて、それぞれの店には二階があり、斜め下に向けた彩色看板の上にバルコニーが出っ張っている。


 アルデミル人の刀剣商では両刃だったり三日月型だったり鏡のようによく磨かれた剣が壁にかかって、バルブーフ人の絨毯屋は白髭の店主がちょこんと座るスペース以外は丸めたり重ねたりした絨毯に占領されていたが、それでも商談の際、必ずバルブーフ・コーヒーを淹れて出すくらいの余裕がある。

 ディルランド人のワイン屋で木の蛇口のついた樽を壁や棚に並べ、一杯いくらで商っているが、その赤ら顔を見ていると、最大の顧客は店主自身のようだ。

 ガルムディアの銅細工は鏡や食器に欠かせないものだ。そういえば、ディルランドで捕虜にしたガルムディア兵たちが銅の切れ端をちまちま削って、レースみたいに細かい模様を彫ってたっけ。

 

 柱の立つ狭い廊下は人で込み合っている。そこの商いは店を持つというより、背中の荷物を広げてしまえば、そこが店になる機動性に富んだ商いだった。

 悪魔粉たっぷりのパンケーキ屋、春物のオレンジを盛った籠を頭にのせて歩く娘、煙草商、大きなタンクを背負った蜂蜜水売り、スカーフを結んだ踊り子……。


「マスター、あれ」

「司令、友軍反応を感知しました」


 二人同時にステレオで声をかけられ、何があったのかと思うと、そこにいたのはナンバースの集金人だった。


 柱廊下の人混みのなか、ブリキのカップで石鹸を泡立てる床屋が椅子に腰かけた客から数字と賭け金を受け取っていた。

 賭け金は柱に打った釘にぶらさげた銅の箱に入れていて、ある程度貯まると、大口の集金人に持っていくようになっているらしい。

 そのときも見習いの小僧に箱を持っていかせ、床屋は髭を剃る手を少し止めて、新しい空の箱を釘にかけていた。


「あの小僧を追うぞ」


「え? でも、マスター。塩買いに行くんじゃないの?」


「だって、あの金がどこに集まっていくのか見たいじゃん。小さなお金が大きなお金へと育っていく。まるで大河ドラマだよね」


「よく分からないな」


「任務目標を更新。追跡モードに入ります」


「その任務、ころころ変わるから気をつけたほうがいい」


「……データを更新します」


 赤い帽子をかぶった床屋の見習いは重そうな銅の箱をかかえて、バザールを西のほうへ走った。

 通りは広がり、店もまた規模を大きくした。

 と言っても、バザールの店の規模は幅五メートルあれば大店おおだなと名乗れるらしい。

 ごみっとした猥雑さと雑踏ぶりは健在。


 今やクルス・ファミリーのラケッティアリングの末端を担う十歳の子どもは大人たちに押しつぶされそうになりながら、必死で銅の箱を守りつつ前進した。


 尾行してるこっちは初めてのお使いでも見てる気になって、転んでカネを派手にバラまいたりしないか、ハラハラしてる。


 樽のたがを棒で突いて転がしながら追いかけてる女の子をじっと見たりしてるときは、おいおいお使いはどうなったんだとテレビに話すようにぶつぶつつぶやいていた。


 見習い床屋は通りを曲がって、かなり狭い路地みたいな場所に入った。

 狭い頭上は靴屋の看板で埋まり、古靴のくたびれた革の匂いがする。

 少年の好奇心を誘うようなものはないから、あとは集金拠点へ一直線だ。


 が、靴屋の徒弟らしい二人の男が前後を塞ぐように出てくると、少年に金をよこしな、と要求してきた。


「おれたちがかわりに渡しといてやるよ」


「うそつけ、おっさん。自分のカネにするんだろ。このカネが誰のカネか、分かってんの?」


「生意気なガキだ。おい」


 男たちは二人がかりで少年をとっつかまえ、ビンタしてから銅の箱を取り上げた。


 目の前でおれのカネを強奪するとはふてえやつらだ。


「マリス、分かってると思うけど――」


「殺すなって言うんだろう?」


「さっすが、マリスさん、クルス・ファミリーの剣戟番長。ツーといえばカー」

 

「ボクよりそっちの古代のブラッダを心配したほうがいい」


 見ると、フレイの手にピカチュウもびっくりの電撃がバチバチ火花を散らばしている。


「あの、フレイさん――それって、なんすか?」


「二体の敵性反応を感知。司令の戦略リソースへの攻撃が発生。排除目標確認。2ndリミッター解除。駆逐モードに移行します」


「あの、殺さない方向でお願いできますか?」


「……司令より入信。敵性ユニットへの排除行動に制御をかけます。これによる攻撃力の減少はマイナス83%と予測」


 ウサギ耳みたいな機器を垂れさがらせ、どこかしょぼんとしたように見えるフレイをマリスが励ます。


「そうくよくよすることはない。殺すのは禁じられても、死んだほうがマシな目に遭わせるのは禁止されてないんだ」


 仲間を励ますいい話……なのかなあ?

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