第十六話 ラケッティア、命名す。
「えーと、ブライア街からの賭け金が銅貨千五百枚。クリッテンデン通りからの賭け金が全部で銅貨二千七十八枚。それと――」
ギルド屋敷の一階食堂。転生から一ヶ月が経った。
今のおれは何をしているのかというと、例のナンバーズの集まった賭け金の合計を計算すべく、銅貨を百枚ずつにして並べている。
ナンバーズの当たり発表は毎週水曜日。
数字はデタラメに決めたものではなく、ウェストエンドに住んでいると目にする些細なものから選んでいる。
公示人が発表した新法令の番号や先月火事があった番地、風刺画の販売枚数などだ。
ナンバーズのコツはこっちが収支を見て、有利になるように番号を決めていると思わせないことだ。
もちろん、おれは番号をこっちの収支に有利になるように考えている。
慈善事業をしてるわけではないのだ。
おれの仕事は数字にかけられた賭け金の大小で当たり番号を操作すること。
例えば、公示人に賄賂を払って、法令の番号を偽らせたほうが得か、そのまま当たりにしておいて払い戻したほうが得かを計算して判断する。
そうやって用心深くまわしていけば、これが週に金貨三十枚の売り上げになる。
「ただいまー。ああ、喉渇いた」
ツンデレ・ツィーヌが帰ってくる。その手には集金袋。
「持って帰ってきたわよ、マスター。小銭ばかりで重いったらない」
「そこに置いておいてくれ。向こうの部屋に冷やした果汁があるから飲んでてくれ。あ、でも、他の三人の分も残しておいてくれよ」
「わかった」
新しい袋から賭け札と賭け金を記したメモを取り、小銭を番号ごとに並べ替える。
「うーん。ミード地区の賭け金は銅貨三千五百六十二枚。古書商街は九百二十七枚。フッド通りは――」
「ただいまなのです」
「おかえりなのです。アレンカ一人か?」
「ジルヴァも一緒なのです」
きりのいいところで止めて、目線を上げると、なるほど、アレンカの後ろには集金袋を手にしたジルヴァがいる。
「お疲れさん。隣に飲み物を用意してある」
飲み物ときいて、アレンカの眼が輝きだす。
「飲み物! なんの飲み物なのですか!」
「冷やしたオレンジ果汁」
「オレンジ果汁! そうときいたらじっとしていられないのです、隣の部屋へいざ突撃なのです!」
おれは新しい集金袋からまた賭け札と小銭をぶちまける。
小銭が一枚、小銭が二枚、けっけっけ、今日も笑いが止まらんのお。
そんな一人寸劇をしていたら、ジルヴァが話しかけてきた。
「マスター」
「ん?」
「集金の途中で襲われた」
「え、マジ?」
ジルヴァはうなずいた。
信じられん。見た目の幼いアレンカや剣を帯びていないツィーヌを襲うならともかく、ジルヴァを襲うとは。
ジルヴァが黒装束以外のものを着ていたのはベッドで療養しているあいだだけで、復活すると、もとの覆面黒装束に戻っている。
そのジルヴァを襲おうというくらいなのだから、その度胸があっぱれなものであることは認める。
「で、その馬鹿は?」
「マスターの命令通り、人目の付かないところで倒した」
「まさか殺しちゃってないよね?」
「殺してはいない。腕は折ったが」
「上出来」
「じゃあ、これで」
さて、計算、計算。
結構、いい感じに溜まってきた。
もう少したまったら、酒場もある賭博場を考えるかな。
「ただいま帰った」
「おかえりー」
時代劇風なのはいつもマリスだ。
「はい、集金分だ。それと例の話、進みそうだ」
「信用できそう?」
「むろんだ」
ナンバーズの規模を大きくするために、集金人の数を増やそうとしていたところ、マリスが以前から手なずけていた、いい候補者がいると言ってきたのだ。
「二人とも街の孤児で独り立ちしている。ウェストエンドのことは知り尽くし、機転も利く。こっちをだますようなこともない」
「どうして、そう言い切れる?」
「自分で言うのも恥ずかしいけど、ボクに憧れているんだ。頑張れば、本物の剣が買えるくらいのお金がすぐ貯まると言ったら、喜んでやりたいと言ってくれた」
「じゃあ、明日、そいつらに会うよ。ああ、それと、隣の部屋においしい飲み物あり」
「どれ、いただこうかな」
まもなく、あーっ、アレンカ瓶ごとごくごく飲むなとか、それ、ボクの分だとか、物欲むき出しの飲み物バトルが始まったらしく、しばらくガタンゴトンと騒々しかったが、そのうち静かになった。
そのうち、ツィーヌが隣に通じるドアからひょっこり顔を出し、
「ちょっとこっちにいらっしゃい」
と、手招きした。
「はいよ。これ、計算したらいく」
最後の百枚を崩さないようにそっと押して、席を立つと、開きっぱなしの扉から隣の厨房へ。
「おめでとー!」
「うおっ! なんだ、なんだ!」
自己保存本能が働いて、机の下に潜り込んだおれの脚をマリスとツィーヌがつかんで、おれを引きずり出した。
「今日はマスターがこっちにきて、ちょうど一ヶ月経った記念日だよ」
「これ、みんなでつくったのです」
厨房の真ん中のテーブルに乗った青い油紙をさっと除ける。
その下から出てきたのはメレンゲを不器用に焦がしたライムパイだ。
「これ、どしたの?」
「みんなで近所のパン屋の窯を借りてつくったんだ」
「わたしはしょうがないから付き合ってやったんだけどね」
「ツィーヌが一番真剣だったのです」
「うっさいわよ、アレンカ」
「……マスター。食べてみて」
どれどれ。
一切れ切って、ぱくん。
「ん」
「ん?」
四人のちょっと不安げな視線が集中攻撃のようにかかってくる。
「んまいっ! これ、マジでおいしいよ」
「ほんと?」
「ほんと、ほんと」
「これでお店が開けるほど?」
「いや、さすがにそこまでは」
「こういうときは嘘でもいいから、開けるって言っておくもんでしょ?」
「あ、分かった。やり直しのチャンスちょうだい」
「もう遅いわよ、ほら」
マリス、アレンカ、ジルヴァは早速自分の分のパイを切っている。
どれもおれが切ったものよりはるかに大きい。
そして、一番大きなものはツィーヌの皿にのってるんだから、ちゃっかりしてるったらない。
それでも、おれが紅茶を淹れるまで食べるのを待つことができたのは彼女たちにとって大きな進歩だ。
なにせ、初めて会ったときは頭をかじられたのだ。
それを考えれば、進歩進歩の大進歩である。
「マスター、いいか?」
「なんだ、マリス?」
「ギルド名はもう決めたのか?」
「え、今のコーサ・ノストラのままでいいんじゃないか?」
「でも、ボクたちは今のマスターに新しいギルド名をつけてもらいたいんだ」
「コーサ・ノストラかっこいいと思うけど」
「だめよ。あきらめてきちんと考えなさい」
ふーむ。
どんな名前があるだろうか。
いや、実は前々から変えるなら、これかなと思っていた名前はある。
あることはあるんだが。
「クルス・ファミリーとかどう?」
やっぱそこはマフィア風にいきたい。
ただ、来栖からもじったクルスって名前はどちらかというとスペイン風の名前。
でも、日本人の名字でイタリア人風にきこえる苗字なんてきいたことないし。
さて、渾身の一撃。
おれの案は宙を浮いて、成仏先を探して、彷徨っているようだ。
こりゃ、滑ったかな?
「すっごく、いい!」
おわっ! とびっくりするくらい大きな声でいち早く賛成してくれたのは意外にもツィーヌだ。
「それって、わたしたちがマスターと家族みたいにきこえるもん! それってすごく素敵で――あ、えーと。うん、まあ、悪くないんじゃない?」
「急にクールさを取り繕おうとしたが、もう手遅れですぜ」
「ファミリー。家族、か。いいんじゃないか。ボクは賛成だ」
「マスターとアレンカたちは家族になるのですか! アレンカはそれに賛成です! ジルヴァは?」
「わたしも、それでいい……」
「では、新ギルド発足を祝して、マスターから一言いただこう」
マリスに無茶ぶりされ、おどおどしながら、
「じゃあ、まあ、こんなおれだけど、精いっぱい悪知恵働かせて、ギルドを大きくしていくつもりだから、まあ、その、よかったら支えてほしい。じゃあ、乾杯!」
乾杯! 揃いの紅茶カップがカチンと楽し気な音を鳴らした。
ウェストエンド ファミリー発足編〈了〉




