第十四話 ラケッティア、春の息吹。
二月の終わり、やっと雪が止んだ。
すると、温い風が吹き始め、あっちこっちの屋根から氷水がひたひたと人の襟足を狙って落ちてきた。
〈ラ・シウダデーリャ〉の一階につくった小さな酒場。
そこには小銭を握りしめ、スロットマシンに並ぶ人々が長い長い列をつくり、列はリーロ通りに出て、そこで南北に分かれた。どうもそれぞれは北河岸通りと白ワイン通りまでつづいているらしい。
だから、リーロ通りの行列の分岐点では一触即発、どっちが先に並んだかの殺し合いが起きそうになっていた。
「長官からあれを何とかするようにと言われてきた」
「あれって?」
「お前たちが設置した遊戯機械の行列だ」
二階の事務所。イヴェスは例のギデオンを連れてやってきた。
問題はスロットマシンだ。
設置してたった四日でカラヴァルヴァじゅうの博奕打ちのあいだで話題になっている。
なかにはせこいやつもいて、大きなスロットマシンをつくり、なかに入った人間がスロットをまわし、絶対に当たらないようにしたやつもいた。
もちろんインチキはバレて、なかのやつはスロットマシンもどきごと焚火のなかに放り込まれた。
こんな焼き討ちがこの二日で五件。
治安裁判所も重い腰を動かしたわけだ。
「そんなこと言われてもなあ」
と、おれは頭をかく。
そばにはカルデロンとエルネストがいて、出口のそばの壁にはマリスが寄りかかっている。
「遊びたいって言ってる連中を追っ払うわけにもいかないだろ?」
「もう少し設置はできないのか?」
「そうポンポンつくれるものじゃない。それに賭博については縄張りもある」
イヴェスは、ハア、とため息をついた。
「治安判事の権限が及ぶところまでなら支援はする。とにかくこれ以上の焼き討ちや行列がもたらすやもしれない暴動の危険を無視はできない」
治安判事の支援。
ついにその言葉を出したな、ケケケ。
イヴェスはおれの機械を街じゅうに置くにあたって、他の〈商会〉たちに話をつける、その保証をすると言ったのだ。
実はもうフレイに頼んで、〈ラケット・ベル〉は三十台完成し、ポーカー風のスロットマシン〈ストレート・フラッシュ〉も鋭意作成中だ。
フレイはリソースが減少し、軌道エレベータが作成できなくなったと言っているが、いるか、んなもん。
だが、スロットマシンがつくれなくなったら、困る。
この世界にそのリソースの代替品があるか、いずれ確かめなければいけない。
ともあれ、今あるスロットマシンを置いていこう。
カルデロンにうなずく。
この老練な法律顧問が部屋を出ると同時に、〈ラケット・ベル〉はカラヴァルヴァじゅうに散らばった。
「そうだ。デルガドの管轄で大きな強盗事件があったってきいたよ」
「ああ」
「未解決なんだってな」
「そうだ」
ホントはおれの仕業と知ってる。というかみんなが知ってる。デルガドも。
「デルガドは?」
「異動になった。書類管理係だ」
「デルガドに栄転おめでとうと伝えておいてくれ」
――†――†――†――
イヴェスと助手のギデオンが帰ってから、市場を見下ろした。
この二週間で市場の店の数は倍に増え、怪しげな商売が続々参入していた。
そのなかにはもちろん、あのエロ・カードも入っている。
「どれ、ちょっと見にいってみるか」
雪は端にかき寄せていたので、道はきちんとしていた。
店と店のあいだはもう以前のようにだらっと広くなく、古着や鍋釜がぶら下がる二十世紀初頭のリトル・イタリー風になってきている。
この狭い通路の上を板で塞いで、アーケード化しようという案も出ているらしい。
〈ラ・シウダデーリャ〉はますますイカした市場になるだろう。
さて、例のエロ・カードは小さな屋台で売られている。
値段は五枚で銀貨一枚。
日本円で考えると、一枚百円で売っているが、原価は一枚四十円だ。
しかも、大量生産するほど一枚あたりの値段は下がる。
エロ・カードの前途は明るい。
まあ、売り方を工夫しなければいけない。
〈ラ・シウダデーリャ〉なら変態相手に大っぴらに売れるが、市場の外となると、騎士や役人といった、それなりに身分のある人間も買えるようにしないといけない。
例えば、五枚ごとに紙で包んで、『エスプレ川の情景』とか『聖ヴィヌス教会のお守り札』と書いて、カモフラージュする。
これの問題はせこい便乗野郎が、ホントにエスプレ川の情景を木炭で書いただけのカードを売る可能性だ。
もし、便乗野郎を見つけたら、公衆の面前で〈インターホン〉にしばかせる。
考えなきゃいけないことはいろいろある。
と、思ったら、ツィーヌとジルヴァ、それにトキマルが市場の端のほう、石が敷かれず、樹が伸びているあたりに集まっていた。
「なにしてんの?」
「あ、マスター、これ見て」
見ると、雪のあいだからふきのとうが黄緑の顔をのぞかせていた。
「へえー、この世界にもふきのとうってあるのかあ」
「春の訪れだな」
「春……」
ほんとほんと、と言いながら、おれは、ぶちっ、ぶちっ、とふきのとうを引っこ抜く。
「ちょっと、マスター!」
「情緒がねえなあ、頭領」
「……めっ」
「なんだよ、お前ら。ふきのとう食べたことないのか? よし、天ぷらにして食わせてやる」
天ぷらが何なのか知ってるトキマル、天ぷらが何なのか知らないツィーヌとジルヴァ。
その両陣営からビシバシ飛んでくる期待の視線にケツを叩かれながら、酒場の厨房へと急ぐ。
ふきのとうは一つだけ、残しておいた。
花を咲かせ、来年の今ごろも芽を出すだろう。
そのとき、ポルノとスロットマシンがどれだけ成長しているか。
実に楽しみだ。うん。
カラヴァルヴァ 雪とポルノとスロットマシン編〈了〉




