第十五話 ラケッティア、お約束。
あの夜、ジルヴァは生死の境をさまよった。
毒も転じれば薬になる。毒殺専門のツィーヌは薬も調合できる。
それで、ジルヴァは三途の川を渡らずに済んだが、回復に一週間かかることとなった。
話ができるようになった二日目の朝。
おれはツィーヌからジルヴァがおれと話したがってるときかされた。
「まだ、安静が必要だけど、ジルヴァがどうしてもって言うから」
「話はできるんだな?」
「うん。ていうか、あの子が口を利くなんてねえ。ねえ、マスター。何があったの?」
「別に大したことじゃない」
「ふーん。ま、そういうことにしておいてあげる」
「別に何もないったら」
「ほら、はやく会いに行ってあげて」
「ああ。あと、それと、ツィーヌ――」
立ち去りかけていたツィーヌがなに?と振り向いた。
「ありがとうな」
「仲間のためだもん」
ジルヴァの部屋は三階にある。
朝の気持ち良い風と光が開いた窓からやってきて、薄いカーテンを揺らしていた。
ジルヴァは白い寝間着姿で清潔なシーツと薄手の毛布をかけたベッドに仰向けになっていた。
「調子はどうだ? よくなった?」
ジルヴァはうなずいた。
「そりゃ、よかった」
「……醜態を、見せた」
「それはお互いさまだ。おれだってパンツ一丁でパンツの歌を唄ってるところを見られてる。これでイーブンだ」
「マスター、一つ、お願いがある」
「ん?」
「もし、わたしが回復したら、また使ってほしい」
「暗殺任務にか?」
こくり。ジルヴァは首を縦に動かす。
「そうだな。おれもあの夜、お前が重傷で帰ってきたときは、もう二度と暗殺にやらせないと強く思った。いや、お前だけじゃない。マリスも、アレンカも、ツィーヌも暗殺任務は受けさせないと思った」
「っ! でも、マスター、それは――」
「で、あの晩、その決意をあの三人に話したら、こってり絞られた。自分たちは自分たちの技術に自信を持っているんだってさ。だから、それを否定するようなことは言わないでくれ、と」
「……」
「十代の少女が人殺しを専門にした生き方をする。おれが元いた世界では絶対に許されないことだし、おれもそう思う。でも、ここじゃちょっと違うのかもしれない。世界が違うからな。それでもやらせないっていうなら、おれのエゴを押し通すことになるけど、おれは自分のエゴを誰かに強要できるほど、メンタルが強くない。というより、最弱クラスだ。実際、あの三人に自分たちに暗殺をさせないなんて許さないって詰め寄られたとき、土下座して謝ったし」
コホン。
「だから、これからも暗殺を頼むことがあると思う。でも、三つ約束してほしいことがある」
「まず一つ目。カタギは殺さない。あと警察、っていうか騎士団なのかな、この世界じゃ。とりあえず、取締り側の人間を殺すのもなし。たとえ現場を目撃されても殺さない。おれが別の手を考える。これ、呑めるか?」
「はい。マスターの命令なら」
「二つ目。おれが命じた任務で実行が極めて困難で帰還できる確率が少なかったら、その場で教えてくれ。おれは自分で人殺しをしたことがないし、警備の厳重な場所に忍び込む技術とかそういうものも分からない。だから、無茶な命令を飛ばすかもしれない。そのときはできないと言ってくれ。別の手を考える」
「で、三つ目。これが一番大事だ。もし、人殺しが嫌になったら、それも死んで当然のクズでも殺すことに抵抗を覚えて、精神的につらくなるようなことがあったら、必ず教えてくれ」
「でも、それは――」
「だからといって、見放すようなことは絶対しない。それどころか、これから築き上げる組織の仕事は多岐にわたる予定だ。だから、活躍の場はある」
「……他の三人は了承したの?」
「もちろん。で、どうする?」
ジルヴァの瞳がまっすぐこちらを見た。
「マスターの命令に従う」
「じゃあ、これでめでたしめでたしだ」
「でも、マスター」
「うん?」
「わたしからも一つ頼みがある」
「なんでも言ってよ」
ジルヴァは顔と首筋を赤らめてうつむきながら、
「その、わたしを、さん付けで呼ぶのをやめてほしい。わたしはマスターのしもべだ。それとも――わたしはそれほど威圧的だろうか?」
おれはちょっと意地悪く笑いながら、どうだろうねえ、とこたえた。
「でも……わたしも他の三人と同じように呼んでほしい。だって、そのほうが――そのほうが、ずっとマスターを近くに感じられるから……」
これがツンデレの亜種、クーデレか。クールな子がデレてくる。
……うんっ、アリだな!
「じゃあ、ジルヴァ。これでいい?」
こくんとうなずいた後、ジルヴァは真っ赤になった顔を隠すように掛け布団を引き上げた。
紳士淑女のみなさん。
この子、自分の仕草にどれだけ殺傷能力があるのか、分かってませんよ。




