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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ クライム・スケッチ編
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第十六話 ラケッティア、顔役たちのスケッチ。

 質屋と言えば、キャバクラのおねーちゃんが客からもらったグッチのバッグを持ち込むイメージがあるだろう。

 そして、ファンタジー異世界の質屋というと、薄暗い店に強欲そうなじいさんがいて、何でもケチをつけて足元見て買い叩く。あるいはダンジョンを冒険して手に入れた宝物を換金する場所なんかもイメージされるはずだ。


 だが、公営質屋は違う。


 公営質屋とはカラヴァルヴァ唯一の銀行なのだ。

 銀行=カジノなこの街では中小規模の両替商を除けば、銀行と言えるものはこの公営質屋しかない。


 公営質屋は荘園や船舶を担保に金を貸したり、手形を割引したり、諸外国の銀行家一族とのあいだの為替業務を受け持ったりする一方で、質屋証明書買い取りの形で預金もできる。


 つまり、金貨四十三枚分の質屋証明書を公営質屋に作成させ、それをおれが買い取れば、おれは好きなときにその質屋証明書で換金することができる。

 もちろん、質屋証明書発行には〇・六から〇・八パーセントの手数料を取られるが、金貨一万枚といった持っていくのに荷馬車が必要な金額ならむしろ質屋証明書という紙切れに変化させてポケットに入れて持ち運んだほうがずっとコストパフォーマンスがいい。


 ロンドネの、それもカラヴァルヴァの公営質屋は金融屋としては世界的に知られているので、質屋証明書は海外の別銀行でも買い取りの形で換金ができる。

 あまりに流通させる上で便利なので、カラヴァルヴァ市内でもこの質屋証明書は紙幣感覚で使われているくらいだ。


 言うまでもないことだが、質屋証明書の偽造は重罪だ。

 言うまでもないことだが、エルネストはやったことがある。


 エルネスト曰く、難易度は中の下。退屈。


 ゴッドファーザー・モードなおれが公営質屋に馬車で乗りつけ、トキマルと一緒になかを案内されていると、案内役のじいさんが面白いものを見せましょうと言って、おれたちを地下通路に連れていった。


 そこはジメジメした地下牢みたいな通路で壁に円柱状のへこみがあり、そこに銅像が建てられていた。


 立派な将軍でもなければ、大臣でもないし、もちろん王さまでもない。

 いったいこいつらは何者なんだろうと思っていると、なんとエルネストの銅像に出くわした。


「ここは世界的な文書偽造人を讃えた廊下なんですな」


 じいさんが言った。


「この廊下の上には歴代の質屋長官の肖像画が並んだ廊下がありますが、質屋長官が仕事をしても、未決済の書類が一つ減るだけで大したことはありませんが、ここに讃えられる文書偽造人が一仕事すれば、質屋証明書の換金が停止され、金利も手数料も為替相場も軒並み大暴落を巻き起こすでしょうな。ここの廊下が訴えたいのは世界の経済に本当に大きな影響を与える人間は日の当たらない地下世界の住人なのだということです」


「とてもカラヴァルヴァらしい」


「左様で」


 墓みたいな通路から明るい廊下へ甦りつつ、


「実はわしは偽造を見破るための監査部門の長官でしたが、エルネスト・サンタンジェリの仕事が見抜けず国庫に被害をもたらしたとして、このように追放の憂き目に遭い、カラヴァルヴァの銀行もどきの案内人に落ちぶれたのでございます」


「それは、まあ、うちの身内が悪いことしたな」


「悪い? とんでもない!」


 じいさんは熱っぽく、エルネストの手口と作品の仕上げについて語った。


「あれは巨匠の作品ですよ。ドン・クルス。それを十四歳でつくりあげたのですからねえ。わたしが本物と判断した額面金貨十万枚の国王陛下の質屋証明書、あれと出会い、そしてあれが偽物だったと知った興奮は今でも忘れられない」


 うん。エルネスト同様、このじいさんも変態らしい。

 だって、うっとりしてやがる。


「エルネスト・サンタンジェリにはボナヴェンダー・マクスウェルがよろしく言っていたと伝えてください」


     ――†――†――†――


 公営質屋は一国の宮殿に匹敵する豪華な建築だが、カラヴァルヴァのきれいなカネと汚れたカネを一手に担うのだから、当然だろう。


 高さ五メートルはあろうかという窓が並び、雑踏の上に聳え立つ金塊市場のメッキ塔がインチキ金属の高騰を願って高々と空を刺している。

 逆のほうには歴代国王の全身肖像画。熊みたいなやつ。イタチみたいなやつ。魚みたいなやつ。高貴な血を薄めてはならないという近親相姦の犠牲者らしいモヤシみたいなやつ。


 カラヴァルヴァの頂上会議はそんなやつらに睨み降ろされながら始まった。


 集まったのは商会の統領、盗賊団のボス、盗賊教会の司祭、カラベラス街の物乞いの元締め、〈銀行家〉、娼館を経営するマダム、大物代言人、民兵組織の司令官、王立漁業会社の代表、密輸の元締め、故買屋ギルドのギルドマスター。


 そして議長席である上座には公平な仲裁者を自認する治安裁判所長官マルセリ閣下殿がおられる。


 いいねえ。マフィアの頂上会議。

 他のボスたちが連れてきたボディガードがでかいのなんの。


 そんななか、おれが連れてきたのはトキマルなんだよね。


 いや、絶対、アサシン娘たちの誰かになると思っていたのだが、四人がなんとトキマルを推薦したのだ。

 要するに、殺すことに特化した自分たちより諜報全般を担うトキマルのほうがいざというときよいだろうと。


 まあ、トキマルにしてみれば迷惑な話だったろうが、そうと決まれば仕方がない。


 さて、会議では開口一番マルセリが魔族の仕業だと言い出した。

 議長ってのはみんなの意見をきく議事進行役のはずだが、我らがマルセリ閣下殿は魔族がついに人間に報復しようと動き出したと言い張ってきかない。


 だれだよ、こいつを議長にしようなんて言ったの。


「やつらが塀の外に出るとは思えんがな」


 レリャ=レイエス商会の統領モデスト・レリャ=レイエスが言った。

 サン・イグレシア大通り沿いに豪壮な邸宅を持ち、上流階級との交友を楽しみ、聖堂参事会員でもある大物マフィアはまさに恰幅のいいボスタイプであり、毛皮とビロードで包んだ体のあちこちに飾りピンだのリボンだのをつけ、一度袖を通したシャツは二度と着ないという徹底したおしゃれさん。

 過去に一度、専属調香師を手下に半殺しにさせたことがあったのだが、それというのも、やつ専用の香水の処方箋を別のやつにも使ったことが原因らしい。

 が、軽率な判断はしないタイプらしく、マルセリの魔族黒幕説にはあまり乗り気ではないらしい。


「だが、やつらには人類を滅ぼそうとした前科がある」


 と、言ったのは盗賊教会の司祭プロチストゥ師。ひげもじゃナンバーワン。

 片手に聖水の壜、もう一つの手に棘だらけの棍棒を握るこの十字軍気取りには〈狂犬神父〉のあだ名がついている。

 イドの煙を吸ってラリっているときは特に手に負えないらしい。

 姦淫は罪だと主張し(ヤクはいいのかよ?)、全人類がファックをやめて滅びるのが人間のあるべき姿だとマジで思っている。


「司祭さん。あんたの言ってるのは何千年も前の話じゃないか」


〈杖の王〉と呼ばれる大柄のたくましい老人が言った。ひげもじゃナンバーツー。

 カラベラス街という大貧民街の顔であり、全ての物乞いを統べる王はめかし込んだ顔役たちのなかでただ一人、青い毛織のボロをまとい、あだ名の由来となったこぶだらけの棍棒みたいな杖を手にしている。

 貧乏人として町の端に追いやられた境遇と壁に閉じ込められた魔族の境遇を重ね合わせて同情しているようにも見える。

 だが、その一方でこの老人の物言いには狂犬神父を馬鹿にしたふうはない。

 カラベラス街で死にかけている文無しがいたら、狂犬神父はすぐに駆けつけ、快癒の祈祷をし、亡くなれば、葬儀を執り行う。カネは一銭も要求しない。

 だから、〈杖の王〉は決してプロチストゥ師を狂犬神父と呼んだりはしないのだ。


「いや! 魔族の稟性ひんせいは千年やそこらでは変わらん。今度こそやつらの息の根を止めないといかん!」


 白騎士党の頭目ウンベルト・デステ伯爵がおれの隣でガミガミ怒鳴った。

 柔らかいきつね色の口髭と二つに分かれた顎髭を剃り落としたら、気弱な仕立て屋にしか見えないこの人間バンザイ主義者は胸に縫いつけた白の剣十字を誇らしげに見せびらかしていた。

 妖精取引所を根城にしていて、号令をかければ帽子に白い十字を縫いつけた暴徒を二百人くらいは集めるだけの影響力はあるらしい。


 話し合いは誰がやったかではなく、魔族がやったかどうかになった。

 意見は二つに割れたが、こうして無駄な会議にどっぷりつかるとどちらもあり得るように見えてしまうから怖い。

 一度持ち帰って頭を冷やして考えたほうがよさそうだ。


 結局、八時間。食べるものといえば、テーブルの上のフルーツの切れ端だけという会議が終わり、魔族がやったかどうかはまだ判断しないとして、明日から連中の居留地を包囲することで散会となった。

 予防措置ってやつだ。

 年寄りの体ではきついので、甥を代わりに行かせると約束し、その場を後に……まだ、しなかった。


 おれはきらびやかな会議室の長椅子で居心地悪そうにしている〈杖の王〉に話しかけた。


「ヴィンチェンゾ・クルスです。あなたがかの有名な〈杖の王〉ですな?」


〈杖の王〉は座ったまま、じろりとおれを見上げた。

 付き添いは体格のいい若者で、やはりボロを着ているが、破れた布の隙間からは筋肉が塊をなして盛り上がっているのが見えた。


「わしはあんたの名をきいたことがない」


「ここに来て、まだ二週間だからだろう」


「そうか。カラヴァルヴァにようこそ。お帰りはあちら。来て二週間で街じゅうのゴミが集まって口を利くのを見たわけだが、ご感想は?」


「素晴らしい悪徳の地だ」


「まあ、同感だな。きれいな街はわしらみたいな人間をつまみ出すものだが、カラヴァルヴァは、まあ、町外れではあるが、居場所がある」


「魔族がやったと思うかね?」


「こういったことは何年かに一度あるもんだ。何か事件が起きて、それが魔族の仕業じゃないかと考えて、壁をぐるっと包囲する。それで何かが分かったことは一度もない」


「魔族の仕業じゃないと思っているわけだ」


「やつらに会ったことは?」


「ある」


「なら、わかるだろう? やつらには理由がない。あんたのところに弾丸をぶち込み、わしの手下を殺し、治安裁判所の役人を殺して、どんな得がやつらにある? やつらの損得は人間の考える損得とは違う」


「そういう考え方なら、わしの提案を快く受けてくれると思う」


「提案にもよるがな。こんなお上品な場所で話したくない。河岸を変えよう」

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