第十四話 ラケッティア、宴のスケッチ。
「さあさあ、皆の衆。ガツガツ食べてくれ!」
〈ちびのニコラス〉の回廊食堂のテーブルに並ぶのは、魔族の魚屋から買ったパラヤのオーブン焼き、若鶏のオレンジ・ソース、アレンカ一押しのイカの香草パン粉焼き、ドライトマトの海鮮パスタ、惣菜屋から買ってきたかぼちゃのパイとポテトのパイ。
デザートはツィーヌのリクエストでシュークリーム。別名〈トルコ人の頭〉。
堅めの生地がターバンみたいに見えることからそう呼ばれるシチリア風カスタードたっぷりのシュークリームだ。
飲み物はというと、チペルテペルの黒ワイン。
ファミリーのなかでイケる口はエルネスト、〈インターホン〉、カルデロンの三人。
その三人曰く、この黒ワインは粗野ともいえる強いコクで名高いらしい。
つまり、おれにとっては何がうまいのか分からない飲み物ということだ。
一方のアサシン娘たちはというと、いつもの果汁ではなく、フルーティでジュースみたいなブルーベリー酒を飲んで、すっかりゴキゲンになっている。
この世界、青少年の飲酒は珍しくない。
寒い地方では四歳児が体をあっためるためにウォッカみたいなのを一気飲みしているらしい。
「なんだよ、このなかで下戸なのはおれとトキマルだけかよ」
トキマルはさも迷惑そうな顔で、
「シラフだが下戸なわけではない」
「じゃ、飲めるの?」
「飲めるが、酔えない」
「お、酒豪アピールか? おれがいたところではそれが大いに嫌われてだな。アルコール・ハラスメントっちゅうもんが――」
「違う。忍術の修行の一環で幼いころから毒に体を慣らす。だから、酒が利かないだけ」
「へー、じゃあ、飲めることは飲めるわけだ。試しに飲んでみ?」
「まー、いーけど」
くいっと黒ワインをあおる。
「やっぱ、酔わないな」
「いや、全然酔ってるじゃん。鏡見てこいよ、顔真っ赤だぞ。コピー機でいったらマゼンタまっしぐら。ひっぱたかれたケツみたいに真っ赤だぞ」
「んなわけないだろ。ったく。それにしても頭領、たい焼きを考えたやつはすげーよ。サバにしたら体が細すぎるし、マグロにしたら尻尾にアンを詰められない、ヒラメじゃ平べったすぎる。タイじゃなきゃダメなんだよ、分かる?」
げっ、こいつ、絡み酒かよ。
「で、たい焼きはどこから食べるかだが、おれに言わせれば、頭からも尻尾からも邪道だね。通は背中から食べるんだ。こう、ガブーっと」
「ぎゃああ! やめろ、噛みつくな! この酔っ払い忍者!」
「なんだよー、忍者が酔っぱらっちゃ悪いのかよ?」
「マースーター!」
マリスがおれの腰に突っ込んできて、ミシッと音がなる。
「うぎゃあ! 腰から鳴ってはいけない音が鳴った気がする!」
「マスター、きいたぞ! エッチな絵を集めてるって!」
「だから、あれは誤解だって!」
「ボクらがエッチじゃないから、そんな絵に夢中になるんだな!」
「いや、そういうわけではね、ないんですよ、ただ――」
「ボクらはマスターの命令一つでどこまでもエッチになれるんだぞ、知らんのか!」
「やっ、初耳っす」
どーせ露出なんでしょ!とツィーヌがのたまう。
「服なんて切れ端みたいな女の子がマスターは好きなのよ!」
「いや、おれ個人の嗜好から言うと、女の子の色気は必ずしも露出した肌の量に比例するもんじゃなくてさ、洋ピンのすっぽんぽんより湯上り美人の浴衣から見えるうなじのほうが色気があるってこともあってね――」
「なんだ、それ? マスターの好きな色気はさっぱり分からない」
「えーと、だからさ、四人とも今のままで十分セクシーだから、だから、この件はもう勘弁してもらえませんか?」
「だーめ。とことんいじるんだから! ね、ジルヴァ!」
「マスター……おしおき……ヒック」
こんなふうに酔っぱらった女の子たちにもみくちゃにされて、そのうち、もう女の子はこりごりだあ! って、言うと思うかね?
残念! それは言わない。
いや、まあ困ってることは困ってるが、これも異世界転生の役得だ。
それにこの宴会、来栖一族の法事に比べりゃ、授業参観みたいにお行儀がいい。
人間ウォッカ・ベルトの晴幸伯父さん。
『ビールなんてポカリだ』と言い切った好夫伯父さん。
どうも自分の持ち山で酒を密造しているらしい紀一郎伯父さん。
当選したら村民全員に一杯おごると約束して村長選挙に勝った通孝伯父さん。
そして、急性アルコール中毒でぶっ倒れるために日本各地の大学へまき散らされた年上の従兄たち。
誰か生まれれば飲む。誰か死ねば飲む。誰かが生き返ったら飲む。
誰かが結婚したら飲むし、誰かが離婚したら飲む。
飲んで、飲んで、ただ飲んだくれる人々。
それが、来栖一族なのだ。
……なんか、異世界のファミリーのほうがまともな気がしてきたな。
しかし、みんなが楽しそうにわいわいやっている宴会で一人シラフでいるというのはかなりメンタルがタフでなければやっていけない。
おれみたいな豆腐メンタルはときどき一階の厨房に逃げ込み、酔っ払いどものために料理をこさえることで無聊を慰める。
でもまあ、自分のつくったメシを食ってくれる人がいるというのはありがたいものです。
そいつらが舌が馬鹿になるまで飲んだくれていたとしてもだ。
それにさっきも言った通り、来栖一族の宴会は飲んでは吐き、また飲むローマ帝国式宴会であり、それに加えれば、こっちはずっと平和だ。
――と、思っていた。
回廊食堂に百発の弾丸がぶち込まれるまでは。




