第十三話 ラケッティア、縄張りを知る。
アンドレオじいさんは王都アルドの犯罪生き字引みたいなじいさんだった。
そのアンドレオからこの世界での犯罪、とくに組織犯罪事情について、あれこれ教えてもらった。
まず、この世界にもマフィアみたいに、悪の総合商社みたいなものが存在する。
そして、だいたいが商会を名乗っているそうだ。
このあたり、日本のヤクザが〇〇興業とか名乗るノリなのだろう。
このウェストエンドには三つの商会が勢力を拮抗させている。
ウェストエンド三大ファミリーというわけだ。
一番古いのはヴァレンティ商会。縄張りはウェストエンドの北半分。
次がフライデイ商会。縄張りはウェストエンドの南西と郊外の一部。
最後は新興勢力のフェアファックス商会。縄張りはウェストエンドの南東。
古株のヴァレンティ商会は元々はウェストエンドの大地主一族を母体とした犯罪組織で、賭博と高利貸、売春、城門の関税事務所を通さない塩の密輸など古風な犯罪が目立つ。
また、活動の中心はあくまでウェストエンドであり、他の二商会のようにウェストエンドの外へ積極的に商売を広げるつもりはないらしい。
というのも、ヴァレンティ商会はウェストエンドの食を支配しているのだ。
パン屋ギルド、精肉業、魚市場と野菜市場、それに各食料品の行商人に保護の名目でみかじめ料を支払わせている。
商人一人につき、一日銅貨三枚。
その出費は当然、消費者への販売価格に上乗せされる。
だから、この街でサラダ・ボウルや鱒のムニエル、チキン・ソテーを一つ食べるたびにヴァレンティ商会に銅貨三枚が入る計算だ。
銅貨一枚は日本円で五十円らしいから、百五十円くらいだ。
しょぼいと思うかもしれないが、ウェストエンドの総人口は八万人、それが三食食べるなら、
銅貨3枚×8万人×一日3食=銅貨72万枚。
金貨で一日1200枚。日本円に換算して、およそ3600万円。
外に目を向けずとも最大勢力を誇れるのは、これが毎日転がり込むことが大きい。
おれはなんとなく、このヴァレンティ商会に好意を持った。
だって、ゴッドファーザーに出てくるような伝統的なマフィアに一番近い。
ヴァレンティという名前からしてイタリアっぽいし。
次にフライデイ商会。仕事を失った傭兵やカネに詰まった騎士たちが中心になってつくった犯罪組織でいくつかの賭博場を持ち、売春宿も経営。カネで殺しも請け負っている。
「それもこの〈果樹園〉を通さずにな」
アンドレオは首をふった。
「くそいまいましいが、フライデイ商会を敵にまわすと、えらいことになる。集まった連中が連中だから三つのなかで一番の武闘派だ。まあ、だが、十分の一税をケチったツケは最後には必ず支払わさせられるものだ。自分が地獄に落ちるほど罪深いことを死の床で嘆くとき、わしら十分の一税を払ったものたちは救われるが、フライデイ商会の殺し屋どもは地獄に落ちる」
「十分の一税を払えば、天国に行けるって信じてるのか?」
「当然だ。大司教も約束している」
なんだかんだで、神さまと聖職者の言葉は信じるんだな。
ここらへんは現代日本人との価値観の違いだ。
さて、脱線した話を戻す。
フライデイ商会のウェストエンドにおける縄張りの広さはヴァレンティ商会の二分の一だ。
だからこそ活躍の場を外に見出す。
ウェストエンドの外の街道や宿場町に子分を置いて、ネットワークをつくり、それを密輸に利用している。
この世界ではそこいらじゅう関所だらけだから、関所破りした安価な生活必需品の需要はかなりある。
ヴァレンティ商会もそれを見越して、塩を密輸している。
だが、フライデイ商会が密輸しているのはそんなものではない。麻薬だ。
この世界でも麻薬は存在する。
もともとは医術での麻酔用だったのだが、戦場の野戦病院で取り扱った経験からフライデイ商会は麻薬に特に力を入れている。
麻薬を扱うこと、構成員が元王国兵士や騎士であることから考えると、フライデイ商会はメキシコの麻薬組織『ロス・セタス』に似ている気がする。
あっちもメキシコ特殊部隊からヘッドハンティングされた元兵士たちが中心になっている。
ただ、この商会の面白いところはファンタジー異世界ならではの闇商売を一つ持っていることだ。
その名も私闘支援。
フェーデというのは騎士や貴族が受けた侮辱を理由に争いを起こし、暴力でもめ事を決着させる制度のことだ。
たとえば、ある自治都市がある騎士と敵対し、騎士がフェーデを宣言すると、騎士は軍勢を率いて、その都市を攻撃し略奪することが合法的に認められる。
それだけではない。その都市に属している商人の商隊を略奪することもできる。
斬り捨て御免の拡大バージョンだ。
そんな制度があったのでは、コツコツ、チマチマ、ラケッティアリングするのが馬鹿みたいになるが、国も馬鹿ではないので、経済の荒廃をもたらすフェーデの乱発は許さない。
そこでつくられたのがフライデイ商会のフェーデ支援事業だ。
関係各所の役人に賄賂を渡してフェーデが成立するように取り計らい、フェーデそのものに必要な軍資金を高利で貸したり、あるいは略奪品の二割を得る契約を結び、商会メンバーが昔とった杵柄でフェーデの援軍として参戦したりする。
おおっ、すごい! ファンタジー世界のシノギって感じがする。
実際、国王が宮廷費の不足をフェーデで補おうとしたり、自治都市が市内にいる元傭兵や騎士などの盗賊予備軍をよそに追い払うためにフェーデの手続きを取り、ライバル都市へぶつける例もあるくらいだから、この儲けは結構大きいらしい。
それに何よりも元軍人としての誇りを満たせる。
さて、最後にフェアファックス商会。縄張りは南東のごく一部。規模は一番小さい。
ところがこの商会のボスは零落した貴族で宮殿にコネを持っている。
王妃お気に入りの女官が姉であるので、そのコネを存分に利用して、表社会の経済利権にどんどん食い込んでいく。
森林権の違法払い下げ。徴税請負。禁制品の例外購入権。ギルド新設権。
馬鹿にならない資金力でカジノも経営(ちなみにおれがさんざんこき下ろしたのもこの商会の所有だった)。
さらに禁呪指定された魔導書の密輸もやったりするらしい。
表社会と暗黒街の両方を器用に渡り歩く才能は日本の経済ヤクザを見ているようだ。
この三つの勢力が争ったり、手を結んだりしながら、ウェストエンドを食い物にしている。
が、そこに第四の勢力が現れる! ――まあ、予定です。
「――と、だいたいこんなところだ」
アンドレオの話が終るころにはもう日が暮れかけていた。
「どの勢力も狡猾で金と役人を握ってる。だが、あんたは最高の暗殺者を四人もその手に持っている。一年前、四人が消えてから、殺し屋の質は落ちていく一方だった。どいつもこいつも楽な仕事ばかり求めて、娼婦を切り刻むだの、慌てて犯行現場に剣を忘れていくやつだの、しょうもないやつらが増えた。あの四人は格が違った。ここに座って、死神の下請け仕事をして、何十年と経つが、あれだけ心躍る暗殺の数々をこの身に感じたのはあの一年間だった」
あの四人はどうやら伝説クラスの暗殺者らしいけど、暗殺だけでは犯罪組織は成り上がれない。
実際、あの四人だって、おれが来るまでは飢え死に寸前だったし。
それに――なんだろうな、あまりあの子たちの手を血で汚さずに済むなら、それに越したことはない。
……なんて、甘いかな? それに四人ともすごく殺したがってるし。
そのとき、大聖堂の二つの塔から組み鐘の音が降り注いだ。
午後六時を告げる鐘の音。
ジルヴァが戻るまで、あと一時間だ。




