第二話 ラケッティア、エメラルドの銃弾。
カサンドラ・バインテミリャとフェリペ・デル・ロゴスは〈金塊亭〉で事件をきき、怒り狂った。
このふたりは一年の半分を怒り狂っているが、それでもここまでは来ないだろうというくらい怒り狂った。
地団駄を踏んだら床にひびが入るのだから、たまらない。
二十四時間以内に街じゅうの命知らずのチンピラたちがふたりのもとにアリバイの証人と一緒に出頭した。
ふたりは犯人の死体に金貨千枚、生きたまま連れてきたら三千枚払うと言っている。
そして、カラヴァルヴァじゅうのネズミ捕り屋から生きたままネズミを買い集めているので、何をさせるつもりかは推して知るべし。
正直、とられたヤクは金貨三千枚分もなかったし、死んだ連中は(こんなこと言うのはなんだが)もっと安い。
ただ、これはふたりの安眠のためだ。
こんな舐めたマネしてくれたやつが五体満足に明日のお天道様を迎えられると思うだけで、眠れないはずだ。ホントに一睡もできないだろう。
必要なのはセラピーだ。
海外の刑事ものドラマでときどき出てくる、わたしはアル中ですとか言うやつ。
いや、まさに『ソプラノズ』のメルフィ先生が必要なのだ。
そんなおれはというと、ぐっすり眠り、八月の暑さを避けるため、〈ちびのニコラス〉にいて、山刀を手にした男たちがこのクソ暑いなか、ボスたちの安眠のためにそこらじゅうを走りまわっているのを眺めている。
そして、三人体制になった〈モビィ・ディック〉のカウンターでついこのあいだ、ジャックとイスラントから合格点をもらったアスバーリのジンジャー・ジョヴァンニーノを飲む。
「んまい!」
「本当か?」
「イスラントのよりうまい」
「ふざけるな。いま、一杯作るから飲め」
「冗談だよ。氷が特別だから、たまにそう言ってからかいたくなるんだ。しかし、麻薬組織ってのはつらいねえ。こんな暑い日にバーで冷たい飲み物を飲むかわりにさ、外を走りまわらないといけないんだもん。きいた話じゃ、そこにあったヤクは全部盗られていたそうだ。たまたまそばでスリをやっていたやつらの目撃情報によると犯人は真っ白な髪をした十六、七歳のガキで、いかにもヤクで飛んでるらしい顔で笑ってたそうだ。エメラルド色の目をした、このあたりじゃ見ない顔だとさ」
「おれたちには関係ない」
「それな。〈石鹸〉はイドより効くが、〈蜜〉みたいなダウナーにならない。それがいかれた殺人鬼の手に渡ると、こりゃあもう、怖いものなし」
「オーナー。おれたちはどうする?」
「どうするって、おれら関係ないよ。ヤクでしょ? フェリペ・デル・ロゴスとカサンドラ・バインテミリャは自分たちで始末をつける。これから十人か二十人死人が出るけど、まあ、何とかなるでしょ。それと皆の衆、ひとり一杯ずつ、ジンジャー・ジョヴァンニーノを追加だ」
ん?とイスラントが見た先には熱中症で倒れる寸前のイヴェスがいた。
こんな日でも馬車が使えないくらいカネがない。
後ろにはギデオンがいる。
こいつはさほど辛そうでない顔をしてる。
「イヴェス。何か話があると思うが、まず飲め」
それで素直に飲むやつじゃない。
ホント、犯罪者からは何ももらおうとしない。
「飲めって。死んじまうぞ」
「先生、お願いだから飲んでください。ほんとに死んじゃいますよ」
イヴェスは首をふる。
「事件……碧……」
「飲めって。話にならん。飲まないと話をきいてやらないぞ」
人事不省一歩手前までいったところで飲んだ。
たぶん、自分が立っているかどうかも分からないだろう。
「ふぅ……」
「人心地ついただろ。で、何のようだ」
「知らせることがある」
「工場の襲撃犯か?」
「ああ」
そう言って、イヴェスはひと財産くらいありそうな小さなエメラルドを内ポケットからざらざら出した。
恐ろしく透き通ったエメラルド。
どのくらいかっていうと、……アスバーリの瞳くらい。
「これが大量に見つかった。事件現場の死体のなかと壁から」
よく見ると、エメラルドはみな弾丸の形をしている。
「オーナー。しばらく休みをもらいたい」
アスバーリが言った。ひどく深刻な顔で。
――†――†――†――
「なあ、イヴェス。今度の犯人の名前はミズキって名前だったりする?」
「分かるわけがない。まだ、捜査は始まったばかりだが、オルギン商会とデル・ロゴス商会が妨害をしてくる」
アスバーリはあの黒衣と仮面、それに太刀と短剣を二本装備した状態でひとり出かけようとしたのを止めて、部屋に待機させている。
『ひとりで片をつけたい』と言ったので、組織化された暴力がいかに効果的に敵を撃滅するかを懇々と説き、とりあえず単身突撃を抑えてある。ジャックはそれをきいて、『危なっかしいやつだな』と言ったので、今年上半期のお前が言うな大賞を受賞させておいた。
「犯人は〈石鹸〉を全部盗んだ。売るためか使うためかは分からない」
「さすがにカラヴァルヴァにはいないだろな」
「ああ。犯人に少しでも考えるアタマが残っていればだが。それよりひとつ深刻なことがある。あの工場の〈石鹸〉は高濃度のものだった」
「は?」
「服用すれば死ぬくらいの濃度だ」
「ひでえ話だ。だが、悪い話ばかりでもない。ラリッた死体を追えば、いずれ犯人は見つかる」
イスラントがフンと言って、ツンとする。
「なら、連中が自分で片づける」
「そうはいかないんだよ、クールマン。他の町には他の〈商会〉がいて、カサンドラ・バインテミリャとフェリペ・デル・ロゴスがそこに行けば、絶対にトラブルになる。ふたりはちょっと遊びに行くわけじゃない。山刀で犯人をサイコロステーキにするつもりだ。この広い世界にはドラゴンもユニコーンもいるが、自分の縄張りによそものが入って、サイコロステーキだらけにされるのを許してくれるボスはいない」
「ただ、ひとつのファミリーを除いてですけどね」
ギデオンが言う。
「つまり、ヤクを扱わないファミリーなら、よその〈商会〉も多少のことは許してくれる。でも、おれたちは関係ない。イカれたクソ野郎を追いかける義理はなかった」
そう。なかった。過去形だ。
イヴェスの潔癖性は異常で、ときどき愚直だが、本来のイヴェスは秩序のためなら利用できるものは何でも利用する徹底した現実主義者だ。
そして、イヴェスの目論見通り、おれは関わらざるを得ないことになった。
「あんまり期待するなよな」
帰るイヴェスにそう言った。イヴェスは微笑した。
「それと帰り途中に、最低三回は塩をちょっぴり入れた水を飲め」
それについては首をふった。
まあ、そうするだろうなと思って、ギデオンに水筒を渡した。
知らぬが仏。ギデオンが身銭を切った水筒と思わせれば、まあ、飲むだろう。
なんだかんだでイヴェスがいるほうが、おれの商売はしやすい。
お互い、この世界をケダモノだらけにしたくない。
そこに利害の一致があるのは事実なのだ。
「さて」
と、おれは手を揉む。
「誰か、フレイとマリスたちを呼んできてくれ」
相手は機関銃で武装している。
こちらも期間限定でそれにふさわしい武装をしよう。




