第四十一話 アサシン、モグラ格差時代。
モグラ人は小さくて、毛がなめらかで、どこかもふもふに通ずるかわいさがある。
が、残念ながら格差はあり、領事にハメられて閉じ込められた部屋から下った先にモグラ人のスラム街があった。
モグラのスラムを描写するにはまずあらゆる場所に開けられた穴のことを説明しなければならない。
普通のモグラ・タウンではモグラたちは大きな通りをつくって、その道を守るし、そのためのモグラの掟もあるが、スラムでは掟破りが大勢いた。
酒屋に根っこ酒を買いに行きたいけど、大通りでは遠回り。するとスラムのモグラはためらうことなく穴を掘る。
そんなわけでスラムは穴だらけだ。
無計画に掘られた穴のせいで土地の強度が大きく落ちて、いつ陥没するか分からない。
それにモグラたちは開けた穴がどこにつながるのか覚えていない。
そのため、同じ穴を二度三度掘るという無駄なことをしてしまう。
ヴォンモたちが降りた町では酔っ払いモグラが何匹もゴロゴロしていて、あちこちにはガラクタが積み上がっていた。
掘った土、陶器のかけら、虫の外殻、化石くず。
ガラクタがいくつかの注意事項をクリアして積み上がると不動産に化ける。
その家は、もって三日である。
若いモグラ人たちが狭い迷路で徒党を組んで、悪さをして、少し広い通りではモグラ向け冒険者ギルドがあり、彼らの天敵アナグマの討伐任務の貼り紙がでかでかと堅め粘土の掲示板に釘で打ちつけてある。三人の鍛冶モグラが真っ赤に輝く平らな鉄をぶっ叩くシャベル鍛冶屋、モグラ・コインとミミズ紙幣の両替屋。揚げた昆虫の濃厚な湯気が立ち上る一品料理屋、化石装飾師の家。スラムにはスラムの文化があり、化石の角をつけた鉄兜についてはモグラ人たちはうるさくて、
「フランソワのやつ、古代竜の角がないから、デカめの牙の化石をつけることにしたぜ」
「アホくせえや。そんなもんつけた兜かぶるくらいなら、なんもかぶらないほうがいいに決まってら」
「おれもばっちしそう思うわあ」
そして、スラムに欠かせないと言えば、ひとつの部屋に百人以上を寝かせる雑魚寝宿屋だが、モグラたちは寝るときは穴を掘ってそこで寝るので、その手の宿屋はなかった。
裸のモグラ人の子どもが石ころと骨のかけらでルールが分からない遊びに没頭していて、虫粉パンの売り子がやってくると、主婦モグラがやってきて、コイン一枚の値切り戦争が勃発する。
「虫の足入りパンをくださいな!」
「はいよ!」
「二個でコイン一枚?」
「勘弁してくださいよ、奥さん!」
「端のカリカリしたところをくださいな!」
モグラのスラムをうろついても昼夜は分からないが、そのうち、なんだか疲れてきたしお腹もすいてきた。
地上で使える貨幣をモグラ・コインに替えると、まず食事。
狭いトンネルには安料理屋があり、虫を使わない料理に一縷の希望を託し、いざ迷路横町へ。
避難用横穴を掘り広げたビストロではテーブルの代わりに盛り上げて固めた土があり、根っこ酒や芋虫酒で酔っ払ったモグラたちが突っ伏している。
衝立でつくった仕切り部屋では黒メガネをかけたモグラたちが怪しげな売り買いをしているが、食べるとラリるキノコか、メスモグラがミミズにレイプされるエロ絵を取引しているようだ。
パンには虫の粉末、ポタージュに芋虫、串焼きは蜘蛛。
地下水脈で獲れる魚のムニエルがあったので、これで命をつなぐ。根っこ酒は苦くて、意外といける。
先ほども記述したようにモグラのスラムには安宿がない。
だが、穴を掘って簡易寝床をつくれない人間向けの宿屋はきちんとある。
宿泊費が割高な気もするが、仕方がない。
部屋は土を固めたベッドがふたつだけ。
寝るためだけの部屋だ。灯りは壁にめり込む光る鉱石だけ。
寝る前に読書がしたい人は要注意。
ひょっとすると、先客の人間がいるかもしれない。
今だって、剣士風の男がベッドから身を起こしている。
「あのクソ領事にハメられたのか? あの野郎、いつかぶち殺してやる。え? ここを出る方法? 上に昇る道はない。ただ、モグラたちにきくと、地上に行きたいなら、地底を目指せって言う。地底に外に出るための何かがあるらしい。何があるのか、モグラたちでもよく分かってないが。おれ? おれはもうちょっとここにいるよ。ここは人間世界よりも気楽だし。ベリーをつぶして売れば、不自由のない暮らしが送れるし」
地底への竪坑はちょっとしたダンジョンになっている。
ベリーの他に化石樹やアナグマの化け物がいるらしい。
だが、今は休息が必要だ。
このモグラのスラムでどれだけぐっすり眠れるかは不明だが、あるもので我慢するのは人間のスラムと共通のようである。




