第三十六話 アサシン、ショーガールシップ。
ヴォンモの最初の相手は〈ケッケッケさん〉に決まった。
リングに出てみると、刈り込んだ苔は思った以上に弾み、床の質としてはムラがない。
〈ケッケッケさん〉がマントをバサリと開くと、体じゅうにスローイング・ダガーが鞘に入って、縛りつけてあった。
「ケケケケケケ! ハリネズミみたいにしてやるぜぇ!」
〈ケッケッケさん〉にはショーマンシップがあった。
道を踏み外した観衆たちが何を求めているか知っていた。
彼らは〈ケッケッケさん〉が泣きわめくヴォンモの手足を一本ずつ、ダガーを命中させ、じわじわ嬲り殺しにすることを期待し、ヴォンモが戦う前から震え、半泣きになっていることだろうと思っていたが、そこに見出したのは疑問に小首をかしげるミミちゃん即死ものの幼女の姿だった。
と、いうのも、〈ケッケッケさん〉のスローイング・ダガーは同じ鍛冶屋でつくられた同じサイズの代物で、どれも刃渡りが大人の指先から手首まで、持ち手は刃とつながっていて、三つの穴が開いている意匠も同じ。
それに対し、クレオが〈ゲッヘッヘさん〉を仕留めたのはありとあらゆる種類の刃物であり、コウモリや白鳥の形に仕上げた投擲武器もあった。
クレオのあの細身がどうやってあんなにたくさんのナイフを隠していたのだろう?
要するに、ヴォンモの不思議は〈ケッケッケさん〉に対するものではなく、クレオに対するものだった。
左腕はショットガンが仕込んであるし、服はぴったりしたプールポワンとタイツ。
一番の可能性はカボチャパンツのなかだ。
そのこたえが知りたくば、クレオにきけばよいのだが、クレオは誰かが何かを知りたがり、その鍵を自分が握っていると知れば、その立場を思う存分楽しむ性格だ。
それに、なんというか、そのこたえをそのままクレオにねだるのは、アサシンとして、少々芸がない。
だが、悩めるヴォンモには大量の証人がいる。この観衆たちだ。
彼ら彼女らはクレオが〈ゲッヘッヘさん〉を殺した現場を見ている。
ただ、ヴォンモは試合に出場中だから、観衆にきき込みができない。
ミミちゃんがいれば、喜んで観衆にきいてもらい、ヴォンモの知的好奇心を満たしてくれる。
「でも、おれは自分でちゃんと調べて、知りたいな」
と、言いながら、ヴォンモは〈ケッケッケさん〉の首の付け根の鎖骨のくぼみに斜め四十五度で突き刺した短剣をねじった。
小さなヴォンモの体が長身の〈ケッケッケさん〉の首の付け根の鎖骨のくぼみに斜め四十五度の角度で短剣を突き刺せるのはヴォンモがその足を〈ケッケッケさん〉の両肩に乗せているからだった。
ヴォンモと〈ケッケッケさん〉はサーカスの芸人のようだった。
ねじった短剣を引き抜くと、赤ワインの袋を突いたみたいに血が流れて、そのころにはヴォンモは〈ケッケッケさん〉を蹴って、宙を舞い、少し身をよじって、くるりと横回転をして、芝生のような苔に着地した。
破産した投機家みたいに膝をついたまま、上を向く姿勢で死んだ〈ケッケッケさん〉が車輪付き担架で運ばれると、観客席からはブラボー!と拍手喝采、ちょっと考えの足りていないやつらはアンコール!と叫んだ。
――†――†――†――
二回戦は〈ウフフフフさん〉だった。
大きな二足歩行の魔導兵器を操縦し、その圧倒的な腕力で敵を引きちぎる。
この闘技場に参加するのは戦闘データを集めるためだった。
研究のため、ということなら、この直前にクレオが屠ったノコギリ刀のメガネ〈ヒッヒッヒさん〉も同じで、自分がつくった毒薬と人体への影響、そして研究資金を稼ぐために闇闘技場に出場するというあっぱれなマッド・サイエンティストだった。
化学のマッド・サイエンティストというので思い出したのだが、以前から効果を知りたいから使ってとツィーヌが見境なく配ってまわった怪しげな薬がカボチャパンツのポケットにあった。
ツィーヌはそれを飲んで、感想をきかせるよう言ったので、シリンジにその薬を組み込んで、〈ヒッヒッヒさん〉にぶすりと刺して、注入した。
その結果、〈ヒッヒッヒさん〉は目をぐるぐるまわして、ピルピルピールピとしかしゃべれなくなり、最後はノコギリ刀で自分のアタマをギコギコふたつに切った。
〈ウフフフフさん〉と対峙したヴォンモだったが、開始二秒で自分の影のなかに「わっ!?」と驚いて吸い込まれ、かわりにモレッティがあらわれ、レディに対して、抑制された上品な物腰で挨拶をした。
「失礼いたします。ヴォンモさんの代理の悪魔でございます。モレッティと呼んでいただけるとありがたいです」
「まあ。また、引きちぎり甲斐のありそうな殿方だこと。ウフフフフ」
「わたしとしても、引きちぎられ甲斐のありそうなレディに出会えて、ゾクゾクしますよ」
直後、魔導機械が青い煙を勢いよく噴き、鋼の球状の関節を持つ左手でモレッティの右腕を引きちぎった。
「ウフフフフ。悪魔も血は赤いのね」
「はい、そのようです」
モレッティは痛みが感じないらしい。
「わたしも初めて知りました」
「毎日が発見に溢れているなんて、素晴らしいことですわ」
「左様ですね、レディ」
その後、〈ウフフフフさん〉はモレッティの首と左腕、両足をちぎって捨てた。
優男が女性によってバラバラに刻まれることにこの上ない幸福感を覚える変態たちが狼みたいに吠えながら、飛び跳ねていた。
「あら? もう、終わり? 退屈な殿方だこと」
しかし、帰ろうと思って、背を向けると、邪悪な空気で金属がじゅくじゅく鳴る音がして、振り返ると、そこにはモレッティが、きちんと手足も頭もついている状態で立っていた。クラヴァットと腰のシルエットがきれいなジャケット、そして、編み上げのブーツと申し分のない微笑みをたずさえた紳士らしいモレッティが、今度は十二個にちぎってみてください、と挑発なのか本気なのか分からないことを言いだした。
〈ウフフフフさん〉は十二個と言わず、四十八個にちぎった。
残ったのは大きな血だまりと肉片の数々。
「しぶといやつねえ。もう」
だが、眼が乾いて、瞬きをすると、そのあいだにモレッティは元に戻っていた。いや、戻るどころか、クラヴァットが少し高級なものになっていた。
「消えろ! ちぎれろ! 死ね! 死ね!」
バラバラからの復活も七回目ともなれば、〈ウフフフフさん〉もウフフとは笑っていられなくなる。
だが、どれだけちぎってもモレッティは復活する。
機械に乗っているとはいえ、精神的にきつかったのだろう。〈ウフフフフさん〉がぜえぜえ息を乱すと、モレッティが、まさに魔王のごとく美しく、悪逆な微笑みを浮かべ、
「レディ。わたしはあなたを引きちぎったりしませんよ」
そう言いながら、放流中のココナッツ・マンを除く、全ての眷属がモレッティの影からズブズブと姿をあらわした。
無数のカラス、鉤爪の暗殺部隊、そして、カテドラルのカッちゃん。
「わたしは、引きちぎったりしません。それはお約束しますよぉ」
――†――†――†――
こうして決勝戦に進んだヴォンモは狂った観衆たちから受け入れられ、もっと血を、もっと瘴気を、とねだられる存在になった。
「〈ウフフフフさん〉はおれが殺したわけじゃないんだけどなぁ」
頭の後ろを軽く搔きながら、さっきまでリングを見る。
なんと、闇闘技場の清掃班はヴォンモが闇魔法を使った後に発生する瘴気をきれいさっぱり拭い去っていた。
だが、それよりも驚いたのは、というより、予測できた驚きだが――、
「おれたち、どうして戦うんですか?」
「さあね」
「じゃあ――」
「やめるかい? ククッ」
「まさか」
決勝戦の相手は〈クックックさん〉だった。




