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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ クライム・スケッチ編
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第五話 ラケッティア、小市場のスケッチ。


 リーロ通りと魔族居住区の城壁のあいだに広がる下町には市場がいくつかある。

 家禽市場と古着市場を除けば、他は屋根から屋根へケバケバしい柄の日除け布を張り、粘土壁でぐるりを囲った小市場に過ぎず扱っているモノもヒトもガラクタばかりだ。


 通りから路地へ入って最初に見つけた小市場の門をくぐると、つい先日解雇されたばかりの荘園管理人が雇い主だった貴族をネタにこの百年で最高に面白い一発ギャグをぶっ放すと宣伝する札が高らかに掲げられていたが、誰一人それに期待するものがいない。

 門のすぐそばでは青黒い泥炭が折り重なって静かに発酵し、隣の肉屋では屠殺人の包丁がぶった切る家畜に飢えている。

 他の売り物もさえない。湿った薪や発酵しすぎの濁り酒、底の抜けた鍋。

 それでもこれだけ人が集まるのはたぶん密輸品とか禁制品、盗品を扱っているからだろう。


 不良学生と顔色の悪い男がこっそり木のそばで何かをやり取りしていた。

 姑息な握手のなかに、コルクで蓋をした試験管みたいなガラスが見えた。

 なかには丸く綿みたいな花が咲くひょろりとしたドライフラワー。


 イドだ。やっぱりここ、ヤク扱ってたんだな。


 あの試験管を火で焙ればイドが溶けて黒い粘り気のある液に変わり、その煙を吸う。

 それでトリッピーマンの出来上がり。


 顔色の悪い男はすぐにもイドをキメたいらしく、そわそわしてるが、不良学生はここでやるなと釘を刺している。


 二人が言い合いになる。

 ヤク中と売人の口喧嘩なんて珍しくもないのか、まわりの人間は気にもかけない。


 そこに一人の美少女があらわれる。


 たぶん人間と何か別の種族のハイブリッドだろう。

 そのくらい人間離れした美貌ってこと。

 カツラ屋に売れば一財産になる銀の髪。蒼白い肌にかかるのは燃えるような紅い瞳で、ジルヴァ並みの無表情が少女の冷たい美貌に磨きをかける。

 ところどころ銀の装飾がある黒のハイネックのドレスに紐で締める黒の胴衣ボディス、そして手の甲の指の付け根のところに相手の顔面をぶち破るための鋼が縫いつけられた手袋をはめ、伸縮自在の黒い魔法革のニーハイブーツをつけているが、そのブーツの爪先にかぶせた鋼、股を蹴飛ばされたら一生血のションベンするハメになりそうな意匠をしている。

 だが、この少女の全てを表現しているのは目だ。


 イドを見つめるその紅い目の憤怒は半端ない。


 ファンタジー異世界では眼力というものは物理的な効果があるらしく、イドの入ったガラス管がぴきっとヒビが入った。

 次の瞬間には少女の拳がヤク中の顔面にめり込み、ヤク中は後頭部から石床にぶつかり、跳ね上がってうつ伏せにぶっ倒れた。


 不良学生がナイフを抜くが、少女の手はそばの屋台でぐつぐつ煮立つ犬肉シチューの鍋をつかんでいた。

 めちゃ熱いシチューをもろに浴びた学生を左手で胸倉をつかんで、そばの木の幹に頭を叩きつける。


「元締めはどこにいる? 教えなさい」


 学生の指が囲い壁とつながる二階の事務所を指差す。


 少女は学生を地面に叩きつけると、問題の建物へゆっくり歩いて行った。


 もうまわりの買い物客はドン引きしてるし、ヤク買いに来た連中は大急ぎでトンズラしている。


 少女は二階に乱入し、そこでドッタンバッタン大暴れしているらしい音がきこえてきた。


「おっかねー」


「ヤク・即・殴! ってのは分かるけど、ここまで徹底してるのも珍しい」


 そのうち男の声でくたばれ!と叫ぶのがきこえ、少女が窓ガラスを破って、市場の履物屋台の上に落っこちてきた。


 さすがにノックダウンかと思ったが、こんなことでは薬物撲滅キャンペーンは終わらない。

 少女はむくりと起き上がり、リーサルウェポンのメル・ギブソンみたいに折れた奥歯をペッと吐き出すと、二階から降りてきたチンピラ相手に第二ラウンドを開始した。


 身長百五十ちょっとしかない美少女が長い銀髪をふりまわし自分より大きな男を両手で持ち上げて、壁に叩きつける。

 少女も顔面に何発ももらい、額を切って顔じゅう血だらけだが、ぶちのめされて倒れる男たちの数は少しずつ増えてきている。


 技術も策略もクソくらえの力こそパワー!な戦いぶり。

 とにかく耐久力が半端ない。


 チンピラの一人が短剣を抜き出すと、少女は腰の後ろに差していた、ひん曲がった杖みたいな形の黒い刃の剣を抜く。

 切り落とされたチンピラの腕が甲板に放り投げられた魚みたいにバタつき、別のチンピラは額をもろに割られる。

 大男が少女を羽交い絞めにすると、腹にきついパンチをまた何発かもらったが、少女は頭をふりまわして、大男の口にぶつかり、歯をへし折った。


 自由になると、自分を散々殴ったチンピラのまたぐらを蹴り飛ばし、ウッとうめいて、下がったこめかみに殺人フックを右左とお見舞いした。


 ヤクの元締めらしい下級貴族は顔を真っ青にして建物に逃げ込んだ。

 少女もそれを追いかける――階段を駆け上がる、ドアを蹴破る、ドッタンバッタン、ガチャン!


 少女はまた窓から飛び出したが、今度は自発的に飛び出したらしい。

 というのも、少女がまだ宙にいるうちから二階の窓全部が火を吹いたからだ。


 火炎と黒煙が空に躍り上がり、客たちがパニックを起こして逃げ惑うなか、少女はというと、血でベタベタになった銀の髪に手を突っ込んで、頭突きで刺さったチンピラの前歯を後頭部から引っこ抜き、殴られてぐらぐらしている顎をしっかりつかんでハメなおし、切られたわき腹を強く押さえ、左足を引きながら市場を後にした。


「うちのファミリー、ヤクをシノギにしてなくてよかったな」


「言うことはそれだけ?」


「解雇された荘園管理人の一世一代のギャグ、見たかったな」


「もういい。帰ろう、頭領。めんどくせーことになる前に」

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