第三十話 ラケッティア、オレンジのかわりにスイカが転がる。
『夏に裁判官を捕まえるのに失敗したとき、食べたくなるものグランプリ』第二位のスイカはまさにいまのおれに必要なものだ。
起訴状は読まれず、立場が固まらないことがどうでもよくなるくらいの甘いスイカが必要なのだ。
「ちょっとは役に立てよ、案内係。でないと、すげー目に遭わせるからな」
「そう言わないでくださいよ。スイカが売っている場所へ案内しますよ」
案内係はそろそろ命の危機を感じてもいいくらい、おれのことをコケにしていたので、そろそろご機嫌を取ることも必要だと思ったのだろう。スイカが売っている区画までの案内を買って出た。
城の城壁の一部が横穴のように窪んでいて、そこが涼しくなっていて、切ったスイカを売っていた。
背の高い美男の、信者の女房をつまみ食いしそうな司祭が今は大人しくスイカを食べている。それにこのクソ暑いのに黒いスカーフを頭からかぶった老婆もスカーフが汚れるのを構わずスイカをむしゃぶっている。
頭のおかしな男が木箱の上に立ち、スイカを食べることを反道徳と唱えているので、きいてみたが、そいつ曰く、スイカの正体は人間の頭であり、魔法にかかって、このようになった。
そんなこときくと、ますますスイカがうまそうになるのが分かっていない。
ただ、夏の喉を潤す甘味のつもりが、背徳の味まで加わることについて、おそらく男は気づかないのだろうが、そのくらいピュアな生き方をしてきたということだ。
こういう人間はアサシンになると一番危ない。
反道徳を唱える人間は道徳的と思えば、どんなえぐいことでもやってくれる。
だが、いまはスイカ一枚が観光地仕様の思い出無視のえぐい値段でありませんようにと聖なるポテトにお願いしながら、横穴の石材をくぐる。
穴は冷たい空気を耐えず吹かせていて、しっとりとした苔のにおいもするようになった。
冬のあいだは寒いので人はいなくなりそうだが、夏のあいだはそれなりの人通りがあり、穴の通路にできた窪地や石段に商人や職人がいた――小さな人形や大きな缶入りの冷たいスープ、地下水脈から獲れる目のない魚を入れた金魚鉢、手相占い、蝋燭、富くじ(一等商品は暗殺契約)、いろいろな大きさのオレンジ。
スイカはきっと模様がないやつだ。
暗緑色のボールだが切ったら、おれの物理のテストみたいに赤い。
だが、中身はベイエリア再開発利権くらい、甘い。
スイカのことを考えながら、てくてく歩いていく。
どこからともなく差し込む乏しい日光を当てにして進むが、スイカ売りの屋台はまだ見えない。
ヌガー菓子、小さな酒壜、リボン。
「おい、スイカ売りはまだなのかよ?」
もう少しですよ、と案内人が言うが、おれは果物を買おうとして撃たれたヴィトー・コルレオーネや、その元ネタでブロンクスの果物屋で殺されたフランチェスコ・スカリーチェのことを考え、いや、代言人がいるじゃないか、と思ったが、弁護士の目の前で銃を突きつけられ、ライバル・ファミリーにさらわれたジョセフ・ボナンノのことを考え――。
ドレミファソラシドー、ドシラソファミレドー、とラッパの音が遠くからきこえる。
この世界に転移して間もなくあった出来事が思い出される。
オレンジのかわりにスイカが転がりが、おれはきちんと「フレドー! フレドー!」と叫ぶだろう。
案内係が上着の下のピストルを抜きながら振り返ったときは単刀直入にファック。
「フレドー!」と叫ぶかわりに、自分でも予期しなかったが、こっちから案内係の裏切り野郎に突っ込んでいった。
それを案内係は苦も無く避ける。
これはいよいよファック。
ドン!と鳴らした銃弾はおれのアタマにめり込むかわりに、咄嗟に頭を抱えて伏せているプレーヴェの上を飛び過ぎていき、ピストルと斧を一緒くたにした武器を手にしていたアサシンの胸に飛び込んで、風穴どころで済まない大きな貫通銃創を残した。
案内係は袖を閃かせて、二本の短剣を出すと、もうひとりのアサシンを追いかけた。
おれはというと、倒れているアサシンから斧とピストルの混血児を奪い取った。奪い取るとき、指の骨がポキッと一本折れる音がした。
鉄パイプみたいな銃に斧の刃を取りつけた、このわがままな武器を手に、おれ自身、どんな勝算があるのか分からないまま走った。
逃げたアサシンに馬乗りになって、顔を、喉を、首をメッタ刺しにしている案内係に、第三のアサシンが後ろから忍び寄っていた。
おれが夢中で斧を叩きつけたとき、おれたちは「こいつ、どこに隠れてたんだ?」という顔をした。
おれが夢中で引き金を引いたとき、おれは「ああ、横穴の横穴に隠れてたのか」という顔をして、相手の顔は吹き飛んでいた。
――†――†――†――
三國無双などの無双系ゲームにはない要素に『返り血』というものがある。
千人斬れば、全身ベトベトである。
たとえ返り血という要素がある無双系ゲームとしても、それが乾けば体じゅうで血が固まってガビガビになって、ベトベトとガビガビという感覚最悪ツートップが襲いかかる。
「わしのそばにはよらんでくれ。服が汚れる」
と、言ってくれた我が代言人に、
「ハグ、しようぜ!」
と、おれと案内係はフリー・ハグ運動丸出しで襲いかかる。
おれたちがプレーヴェにハグしなかったのは、短い手足を必死になって動かすプレーヴェが哀れになったわけではなく――、
緑、白、赤に塗られた籐の売り台。
種を吐くためのバケツ。
人の血の代わりにスイカの味を知った妖刀。
全部のボタンを外されたプルオーバーのシャツ。
丸ごと、半分に、四分の一に、八分の一に、十六分の一。
つるっぱげの大男が軽く握った拳で出す、あの汁っ気たっぷりの真っ赤な証――コン、コン。




