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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
アサシン・アイランド 名探偵は真犯人編
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第二十八話 アサシン、採用試験。

 裁判官登用試験場は城の石壁に寄りかかっている木造の古い建物だった。

 土地の勾配や崖があるせいで、何度も工事を中断しては継ぎ足して大きくしていったその建物は屋根の高さがデコボコしていて、計画性というものが皆無だった。


 これを見たリサークはアサシン・アイランドでは裁判官というものがあまり尊重される職業ではないのだなと思ったが、事件の前に起訴をする裁判制度のもとでは一周まわって、この木造の家が尊敬に結びつくのかもしれないと思い、ともあれ、来栖ミツルを不起訴にできるのは自分しかいないのだから、裁判官の社会的地位などどうでもいいのだと思い切りのいい態度で試験場のドアをノックした。


 出てきたのは顔も髪の生え際もまん丸な若い女性だった。糊で固くしたスカーフを兜みたいな形にしてかぶっていたので、女性のまるさが滑稽なほど目立っていた。

 家族や同僚は指摘しないのだろうか? 服飾業界に身を置き、その部門では白眉とされるリサークとしては、これは指摘したほうがいいだろうなと思い、女性に話しかけようとした。


「何か御用ですか?」


「もちろん用もあるのだけど、その前にあなたに大切なアドバイスが――」


 そこで言葉が止まった。

 女性がやってきた廊下の奥に、ヨシュアの姿を見かけたのだ。


 この恋のネメシスは、まだベッドに仰向けになったまま小銭を稼いでいるだろうと思っていたが、とんでもない、おそらく来栖ミツルを自由にして大きなアドヴァンテージを得ようとして、リサークと同じことを、しかもほんの少し先に考えていたのだ。


 と、なると、女性に丸顔とスカーフ帽子の取り合わせの悪さを説明している場合ではない。

 女性に、その帽子は似合ってないですよ!と言えば、最低一時間はかかる。最悪の場合は解放されない。


 そのあいだにヨシュアが裁判官になって、来栖ミツルに無罪判決を出されたら、とんだ馬鹿を見るのである。


「あの、アドバイスって何ですか?」


 褐色肌の美男子がするアドバイスに女性は興味を持ったらしい。


「いえ、大したことはないんですよ。それより裁判官登用試験を受けにきました」


「はい。それは存じています。外で話されているのを見ましたから。それでアドバイスは?」


 リサークはバルブーフで最も暑い砂漠で雪だるまを作るコツを教えた。

 多少、精神論に傾いたきらいはあるが、砂漠の真ん中で雪だるまに砂が混ざりこまない天才的なアイディアが入っているので、大切なアドバイスと言っても問題はないだろう。


 通してもらった部屋はガランとしていて、天井も高く、どうやら崖に漆喰を塗ったらしい高い壁に沿って下り階段が取り付けてあった。

 階段の先には事務室があるらしく、鶏が床を引っかくようなペンの音がきこえてきた。


 風を切る音がしたので、軽く頭を傾けると、斧の刃が目の前を飛び過ぎていった。


 ヨシュアが舌打ちをしたので、トンガラ蛇の毒針を投げると、避ける動作も見せずに首筋に針を刺させ、こんなことは何でもないんだ、と言わんばかりに解毒剤を注射した。


 お互い向かい合うと、まっすぐ伸ばした指先で小さな円を描くように腕をふり、袖に隠した短剣を手に滑り込ませた。


 瞬きひとつのあいだに床を蹴って、刃がぶつかり合い、ヨシュアが宙返りしながらダガーを三本投げると、リサークは二回連続バク転しながら四本投げる。


 ヨシュアが斧の刃を握って突くと、それを左斜め下にかわしたリサークが逆手持ちにした曲刀を真上に切り上げる。


 プロのアサシンでも巻き込まれたくない死闘を繰り広げているあいだに崖壁の階段を判事がひとり降りてきていたが、ふたりはそれに気づかず、お互いのタマをとろうとシノギを削り、いいかげん飽きてきたなと思ったところで判事が咳をした。


 第三百回目か四百回目か分からない優勝賞品が来栖ミツルの暗殺ダービーはいったん中断となり、ふたりはこの欠陥建築にやってきた理由を思い出した。


 そして、相手が裁判官になれないよう、やった殺し、やってない殺し全部を相手のせいにして、いかにライバルが法曹に身を置くのにふさわしくないかを言い合ったが、


「わたしだって、アサシンで結構殺してます。ここでは、そういった妨害工作は意味がないですよ」


「なら、はやく試験をしてくれ」


「そうです。わたしたちには時間がないのです。――いえ、あるのかもしれませんが、とにかく、それすら分からない状況なのです」


「ひとつきいてもいいかな? なぜ裁判官になりたいんですか?」


「ミツルを解放して、おれのものにするためだ」

「ミツルくんを解放して、わたしのものにするためです」


「正直で助かります」


 見た感じ、その判事は判事になるには若すぎる三十代かそのくらいで、人当たりのよい男だった。

 その裁判官用のローブは白と黒のひし形模様で、よく見ると、その白いひし形に自分が担当した裁判、被告の名前、求刑、実際に下された判決が細かく書き込まれていた。


「正直、裁判官になる動機はいろいろありますが、あなたたちの動機は割としっかりとしていて真面目でさえあります。人を死刑にして尊敬されたいとか、失業したんでなんでもいいからとか、法律をなめている人が多いのです。なぜかと言うと、わたしたちはみなアサシンで〈殺すべからず〉をぶっちぎって破っています。だから、法に対して、破っても構わないという油断があるんです」


「つまり、禁酒法を破ることで法律全般に対して、軽く見るということですね」


「おい、それは、いま、おれが言おうと――」


 ともあれ、と判事が手を叩く。


「あなたたちは合格です。すぐに裁判官として採用しましょう」


 じゃあ、来栖ミツルの裁判を担当させろ!と詰め寄る。

 判事は壁付け階段を上って事務室に引っ込み、ページをめくり始め、数えてみたら、二百十四回。


「審理番号二〇〇六六七。被告、来栖ミツル。原告、アサシン・アイランド。罪状、これより明らかにす。これですか? あ、残念。これに参加できる裁判官はあとひとりですね。ちょっと待った。殺し合いしようとしないでください。壁に穴が開くじゃないですか。いいですか、あなたたちも裁判官になったわけですから、法律をちょっとは守ろうという気になってください」


「弁論ですか? では、わたしが有利ですね。口下手魔族ハーフくん」


「ぐぬぬ」


「いえ、あなたがた、新人裁判官に法律用語を散りばめた討論を期待していません。このアサシン・アイランドには古くより伝わる審理手段『暗殺裁判』というものがあります。だから、武器をしまってください。いいですか? これはお互いを殺す裁判じゃありません。それじゃ暗殺裁判ではなくて、ただの戦闘裁判です。暗殺裁判は標的を何人か設定して、どちらが多くの標的を暗殺できたかで裁判の勝ち負けを決めます。ちょうど、いま、大きな任務が五つあります。この五つの任務を多く遂行できたほうを審理番号二〇〇六六七の担当裁判官にしましょう。恨みっこなしです。では、これが標的の名前です。それから――」


 だが、詳しいルールを教えようとしたころにはリサークとヨシュアはそこにはおらず、光の速さで船着き場にすっ飛んでいて、手漕ぎボート世界記録を凌駕するスピードで第一の標的、カドナイ王国の太守クルガン目掛けて波の上を飛んでいた。

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