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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ クライム・スケッチ編
134/1369

第四話 ラケッティア、リーロ通りのスケッチ。

「一緒にまわれて、アレンカも自信がついたのです。今度は一人でまわれるところをマスターに見せるのです」


「一人でまわったら、おれは見られない」


「あうー」


「冗談だよ。たっぷり迷ってゆっくり寄り道してきな。あ、できるだけ人殺しはなしで」


「了解なのです!」


 アレンカは、しぴっ、と敬礼して駆け出した。


 そこはひなあられ型の下町の東よりの路地だった。


 馬具工場からバラバラになって死んだ木を叩くトンカチの音がする。

〈金塊亭〉の裏口から掃き出されたおがくずが噛み煙草のクズと一緒に静かに地面に溶け、逃げるコソ泥を毛皮をまとった高利貸しが追いかける。

 下町の住人はコソ泥の味方をし、断ち切った洗濯紐が高利貸しの足にからまって、水たまりがテンの毛皮を台無しにする。


 大工の頭領と愉快な仲間たちが物理の諸法則を無視して、古い家を増築している。

 この手の家は竜巻みたいなシルエットをしている――つまり、一階より二階のほうがでかく、二階より三階のほうが大きい。この手の家がこうして生き残っているところを見ると、カラヴァルヴァではここ数百年、震度三以上の地震が起きていないに違いない。


 ここから見る〈ちびのニコラス〉はフィリップ・マーロウが訪れる豪邸みたいに立派に見える。

 スラムの家々の上にそびえる青い瓦屋根はこのあたりでも群を抜いて立派だ。

 屋敷が道をまたいでいるという特殊なつくりも家主心をくすぐる。

 まだ家具も何もなくて空っぽだが、構成員の福利厚生を考えて、楽しいところにしてやろうと野心に燃える。


 汝、ひとたび家主となれば、でっかく稼ぎ、でっかく夢見て、ちっちゃく気配りせねばならない。


 ガチャガチャと音がする。

 トキマルが手提げ缶を顔の高さに上げて、中身をふっている。

 そのまわりには土地のゴロツキ三人――仮にチンピラーズと名づける――がナイフをちらつかせて、缶のなかのカネをよこせと手を出している。


 まあ、チンピラーズの考えは理解できる。

 トキマルはおれより背がちょっと低いし、華奢と言ってもいいほど細い。顔はコワモテとは真反対で女の子みたいにかわいげに整っているから、チンピラーズのみなさんからみれば、いいカモに見えるだろう。

 もちろん、それは事実誤認であり、チンピラーズのみなさんは自分たちの洞察力不足の報いを腫れ上がったまぶたとかギシギシする顎とか一週間は止まらない血の小便といった形で受ける。


 今もトキマルはカネの入った缶を真上にほうり上げた。

 それを下でキャッチしたころにはチンピラーズは泥の上に伸びている。


「すげー。動きが見えなかった」


 おれがパチパチ拍手をすると、トキマルはフンと鼻を鳴らし、


「見てたんなら、手伝ってくれてもよかったんじゃない?」


「またまたぁ。おれが腕相撲でアレンカに瞬殺されたの知ってるでしょ? おれがいても、足引っ張るだけだって」


「結果じゃなくて過程のモンダイ」


「ほう? ときに非情かつ冷酷であることを求められる忍者が結果よりも過程を重視しますか? ほう、そうですか。ほう、それは興味深いですね」


「なんで、急に敬語……」


「クールでいるようで心のうちに熱いものを秘めた美少年忍者ですか。さぞ、たくさんの女の子のファンがつくでしょうな。トキマル・ファンクラブなどができたりするかもしれませんねえ。そのときはぜひそのファンクラブ、資金洗浄マネーロンダリングに使わせていただきたいものですな」


「どーでも」


「ところでナンバーズの賭け金、いくら集まりましたかな?」


「自分で見てみればいい」


 どれどれ、と缶を開ける。


「ふぁっ! なんだこりゃ! 銅貨が十枚しか入ってねえ!」


「やっとフツーに戻った」


「しかも賭け札が一枚もない。お前、どういう集金したんだ?」


「べつに。この缶、突き出して、ン、ってやるだけ」


「お前、それ、物乞いだと思われたんだよ」


「ンなこと言ったって、ナンバーズの集金なんて、どうやればいいか分からない。頭領。やってみせてよ」


「ったく。しょうがねえなあ。その缶、貸してみ」


 そばには〈金塊亭〉の裏口があり、かぼちゃを満載した荷馬車が通り過ぎるところで、板塀で仕切られた裏庭の連なりからは赤い薬草が道にはみ出つつあった。


〈金塊亭〉の掃除係のあんちゃんには、


「やあ。景気はどうだい?」


「よくないね。そっちは? 物乞いみたいだけど」


「いや、これは物乞いじゃないよ。これはね……いや、やめておこう」


「なんで?」


「大したことじゃないんだ。忘れてくれ」


「高利貸しの手先でもしてんの?」


「いや、もうちょい夢のあることをしてるよ。おれ、ナンバーズの集金をしてるんだ」


「ナンバーズ?」


「三ケタの数字を当てれば、六百倍になって返ってくる」


「六百倍! それ、マジ?」


「マジ」


「なんか話がうますぎるな」


「べつにうまくはない。三ケタの数字ってのは000から999まで千個ある。それ一つ一つに銅貨を一枚ずつ、あわせて千枚かけたら、あたったとしても銅貨が六百枚返ってくるだけで、客側は四百枚の損だ」


「なるほど。ちゃんと胴元が儲かってるな」


「でしょ? くっだらない賭けだよ」


「いや、面白そうだ。五一四番に賭ける。五月十四日。おれの誕生日なんだ」


 おれは北河岸通りの屋台で買った安物の手帳を取り出すと、先を尖らせた木炭で『〈金塊亭〉従業員。ファラオン・スレーン。銅貨五枚。五一四』と書き記した。


 かぼちゃ運びの馭者には、


「数当て、どう?」


「戻しは?」


「六百倍」


「三三〇番と六七八番に七枚ずつ」


 これで足りた。銅貨十四枚なり。


「そして、赤い薬草が銀貨二枚……」


「ちょっと待った、頭領。いくらなんでも、薬草が賭けるわけないでしょ」


「賭けるよ。事実、こうやって銀貨が二枚入ってる。おれが薬草と話してるの見てなかった? 賞金でもっとマシな肥料を買いたいって言ってただろ?」


「どーでも……いいのか、これ」


「いいんだって。賭客がいて、カネを持ってれば、カネの出元は詮索しないもんだ」


 かぼちゃの荷馬車が通って行った道は屋台でごった返したリーロ通りにつながっている。


 揚げ物の臭い。くたびれた巡礼。剥げかけた漆喰。ゴミ山から漂う甘ったるいガス。道に突き出した赤と黄と青の旗。箱を背負った男。家禽市場の見張り塔。毛生え薬を褒めちぎるカツラ男の絶叫。舌でざらつく埃。燃え尽きた馬車。挿絵師の店。でたらめにふりまわされた拳。罪のない鼻血。役人の妾みたいに気取った玄関。賭博窟の鉄の門。


 人々は胃袋に流し込まれたバリウムみたいにリーロ通りの隅々まで行き渡り、自分たちが折れた釘や錆びたドアノブよりも価値のあるものだと証明するための手段を探していた。

 一番手っ取り早い証明方法はカネを稼ぐことであり、手っ取り早くカネを稼ぐなら当たり番号に賭けることだ。


「ナンバーズ! 数当て賭博! 三つの数字が当たればご喝采! 銀貨一枚が金貨十枚になるよぉ!」


 転生する前、おれはこんなふうに大声出す人間ではなかった。

 物静かなインテリタイプだったと言うつもりはない。

 だが、まあ住む環境が違えば、人間は適合せざるを得ないものだとだけ言っておく。


 特にリーロ通りみたいに、物売りどもがバブルがはじけたばかりの東京証券取引所みたいに喉も破れよ血を迸らせと大声で怒鳴りまくるところではなおさらだ。


 こっちは真っ当で手の届く距離にある素晴らしい夢を売っている。

 だが、いくら売り物がよくても、営業がしくじれば商品は売れないのだ。


 だから、怒鳴る。


「当たりゃ六百倍! ちっちゃく賭けて、でっかく夢見ろ! 六百倍だあ!」


 ナンバーズのいいところは他のギャンブルみたいにずぶずぶはまり込まないところだろう。

 よくパチンカスどもが言う、負けを取り戻す、ってやつがこれにはない。

 賭けてるのははしたカネだし、当たり番号が分かるのは賭けてからだいぶ立ってるから、アタマもそこまでカッカしていない。

 当たればラッキー。外れたら、ワクワクを買ったと簡単にあきらめがつく。


 だから、ギャンブルにそこまで興味のない人間や抵抗がある人間も客層に取り込める。

 ナンバーズほど庶民生活に溶け込みやすいギャンブルはない。


「まあ、稼ぎは一人一人から見ると小さいが、これをカラヴァルヴァの全域まで拡大すると、週に金貨千枚にだって夢じゃない」


「前から不思議に思ってたんだけどさ」


「ん?」


「なんでみんな賭けるほうになりたがるんだ? 儲かる胴元じゃなくて」


「胴元になるにはカネがいる。腕力がいる。そして、何より勤勉さがいる。今でこそエルネストがいるが、エルネストなしでまわしてたころはおれ、一日中机に座って計算ばっかしてきたんだ。賭け率を計算して、集金の総額に対する払戻金の割合を計算して、次の週の集金の予算を立てて。ここまできいても、胴元やりたいか?」


「絶対ヤダ」


「それがお前が脱力忍者と呼ばれる所以だ。まあ、カネは缶いっぱい集まったことだし、おれは叫び通しで喉がイガイガしてる。なんか飲んでこうぜ」

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