第二十一話 地獄の釜、まだまだ終わらねえぞ。
イルデフォンソ・ゴメスのもとにセニョール・サロリアンがやってきた。
「クルス・ファミリーがあちこちで暴れてる」
「〈将軍〉に援軍を送らせるさ」
「その〈将軍〉をやつらは狙ってるんだ」
「落ち着けよ、サロリアン。援軍が来れば、こっちの勝ちだ」
「〈将軍〉はいまどこに?」
「街外れだ。王立造船所」
さっと、ゴメスが銃を抜いたが、次の瞬間には足を真上に振り上げて、ひっくり返っていた。苦無がその眉間を貫いていた。
セニョール・サロリアンは目をぱちぱちさせて驚いている。
「こいつ、おいらの変化を見破ったのか?」
顔の前でさっと手をふると、ドロン!という音とともに、セニョール・サロリアンがジンパチに変化する。
「どーでも」
吹き抜けの二階窓からトキマルが音もさせずに飛び下りてくる。
「なんだか、納得いかねえなあ」
「とれる情報はとったし。いいんじゃないの?」
そのとき、納得のいくこたえがノックした。
――ボス、サロリアンの野郎は始末しましたか?
「カンパニーも一枚岩じゃないんだな」
ドアを開ける。
トキマルの忍び刀が胸を静かに突き通す。
用心棒が目を剥いて背中から倒れる。血はじわあっと広がっていく。
隣は集金部屋だった。
使い込まれて汚れたメリケンサックをつけた大柄で口ひげをたくわえた集金人が革袋の硬貨を大きな箱に銀貨をジャラジャラ流し込んでいた。
鷲鼻に小さな眼鏡をのせた会計人たちが銀貨を何枚か数えては、鵞鳥の羽根のペン先をインク壺に突っ込み、帳簿にアルファベットや数字を綴っていく。
部屋の端にいた片方だけ靴を履いている子どもがふと目を上げて、トキマルとジンパチのことをじっと見ているが、この子はさっきまでさまざまな形にちぎられた銀を天秤にのせて、その数字を何かの手回し機械に打ち込んでいた。
「トキ兄ぃ、金遁の術は使える?」
「使えるけど」
「おれが言ってるのは追手に小銭ばらまいて、拾ってるあいだに逃げるやつじゃないぜ」
「失礼だな。ちゃんとしたの、使えるし」
トキマルは丹田で錬った気迫を集金部屋に浴びせると、どうやらコインが一か所に集まってできたモンスターになった幻を見たらしく、集金人と会計人がめちゃくちゃな動きをし始めた。あるものは空から飛んでくるものをはたこうとして、腕をふりまわし、別のものは非常に攻撃的な足踏みを繰り返した。
だが、一番まずいのはトキマルたちに気づいた子どもで、どうやら他の人間が金貨と融合したモンスターに見えたらしい。彼は壁に立てかけてあった、魔物撃ち用のラッパ銃を体全体で支え持ち、大人たちにぶっ放した。
ギザギザの金属を食らった男たちが背中から窓に突っ込んで、ガラス片と一緒に表の道へと落ちていく。
子どもはそれに満足すると、ちぎれた銀を量る作業に戻っていった。
――†――†――†――
〈将軍〉――エンリケ・デ・レオンには四人の参謀将校がいた。
「閣下」
「なんだね、少佐」
「シャコー帽の赤い羽根飾りを外すべきではないでしょうか?」
「なに?」
「目立ち過ぎです」
すると、〈将軍〉は銀のフリントロック式のピストルを抜いて、その参謀将校の顔を撃ち抜いた。
銃声は王立造船所の堂内に響き、職工たちは一瞬作業の手を止めて、〈将軍〉を見た。
この「三十歳までに死ねない騎兵はクズだ」と公言する軽騎兵司令官は三十四歳、彼の基準では彼はクズである。
ところで、将軍には他に目立つものがあった。
左胸の大きな星型カンパニー殊勲章。
赤いドルマン式上衣の袖の金糸の模様。
大きなピアス(模造ダイヤモンドかと思うほど大きかったが本物だった)。
黄金の拵えを施した非常にきついカーブがかかったサーベル。
参謀少佐が命がけで止めようとしたシャコー帽の羽根飾りも入れれば、五つの派手すぎる飾りがある。
残りの参謀将校は三人である。
しかし、新大陸で原住民を抜刀突撃で蹴散らすのが得意な〈将軍〉が相手にするのはプロの犯罪者である。
実際、エスプレ川の対岸の魔族居住区の城壁のそばにいたシャンガレオンが狙い撃ちにしたわけだが、弾はカンパニー殊勲章にぶつかってはね返った。
参謀将校たちは慌てて、〈将軍〉に遮蔽物に隠れるように言おうとしたが、赤い波型旗のついた槍を手に、愛馬にまたがった。
幸運と無謀に祝福された男に忠告しても槍で突かれるだけだと思って、参謀将校たちは好きなようにやらせることにした。
最悪、このバカが死んだとしても、始末書を書かされるだけだ。
造船所の門を出たとき、シップの三十七ミリ弾が〈将軍〉の真後ろで破裂して、樽の箍が高々と舞い上がった。
〈将軍〉は西へ馬を駆り、グラン・バザールの目抜き通りをギャロップで駆け抜け、モンキシー通りからアズマ街でエスプレ川を渡って、サンタ・カタリナ大通りから北河岸通りへ彼の曽祖父の名を冠したロデリク・デ・レオン街を曲がらずに走り、魔族居住区の城壁が尽きるあたりで、シャンガレオンとシップに出くわした。
「この卑劣な暗殺者どもめ」
フル装備の軽騎兵司令官が世界で一番の勇者だと思っている三十四歳の死に損ないはそう叫んだが、声は喉からではなく、どこか別の場所から出てきた。
「あの」
と、シップ。
「胸のあたりに痛みとか、ありませんか?」
胸を見る。
すると、カンパニー殊勲章と心臓があるはずの左胸に拳が通るほどの穴が開いていた。




