第十六話 ラケッティア、ドヤ顔探偵。
人の口には戸が立てられないというが、おれは以前、マリスとジルヴァがある男の口に標準サイズのドアをねじ込んだのを見たことがある。
嘘だと思うだろうが、本当だ。
おれはドア人間誕生の瞬間に立ち会ったのだ。
まあ、一度で十分。二度と立ち会いたくないけどね。
伯爵が死んだという話はもう島じゅうに知れ渡り、アサシンたちは街の区画ごとに、自分たちは伯爵を殺していないという誓書をつくって提出しなければいけなかった。
泥棒や詐欺師と違って、アサシンの約束は本物だ。
破られることはない。
そもそも、アサシンは組織の秘密を漏らしてはいけないとか、脱走したら死あるのみとか、かっこいい誓いに生きている。
約束を破るようじゃあ、アサシンとは言えないのだ。
でも、まあ、待ち合わせ時刻に大雨が降っていて、外に出るのが面倒になったから、ドタキャンすることはあるらしいが、それはしょうがない。何事にも例外はある。
美少女探偵、人情派探偵、ハードボイルド探偵といったカテゴライズで考えるなら、おれには『真犯人探偵』の呼称がふさわしい。
つまり、普通の探偵は証拠から真実を推理するのだが、おれの場合、真犯人を知っているから、他の探偵がわずかな証拠を求めて、必死こいているのを眺めながら、鋭い推理でわたしは前から知っていたよ、とドヤ顔ロールプレイをする。
もちろん、あんまり鋭い名推理をし過ぎると、おれが犯人ってバレちゃうからな。
バレない程度にドヤ顔をする。
その塩梅が難しい。
軽率にも城は事件を解決してくれる名探偵募集をかけた。
島じゅうの自称名探偵たちが城に溢れかえり、城側は大急ぎで募集を停止したが、もう遅く、城は探偵であふれかえっている。
アサシン・アイランドは探偵アイランドだったのだ。
探偵たちはまず最初に現場を見に行く。
しかし、余りのも多くの探偵が殺人現場を見せろの大合唱のため、入場規制が入り、上野動物園のパンダみたいに、一グループ五分の制限つきで伯爵の死体というかスクラップを公開している。
探偵たちは五分という限られた時間で推理をしなければいけない。
「先生も並ぶんですね」
「まあね。特別扱いはこれからの名推理でゲットする」
伯爵の執務室へつながる、例の絵画の廊下を並んでいる。
なんというか、ルーブル美術館の見学ツアーのようだ。
探偵たちは殺された伯爵と消えた犯罪王(つまり、おれのことだ)について、何らかの関連があったのではないかと疑っている。
さすがに複数の国家にラケッティアリングを持ち、世界最大のカジノの所有者であるヴィンチェンゾ・クルスが自分で手を下して伯爵を殺害したと思うものはいなかった。殺す気があれば、人にやらせたというわけだ。
まあ、実際はその犯罪王が犯人なわけだけど。
別におかしくないだろ。犯罪王が犯罪するんだよ? 海賊王が海賊してるのと同じでしょ?
でも、まあ、その犯罪王が鍵を握る人物ということで見解はほぼ一致しているということだ。
そして、不幸なことに現在の人気容疑者は伯爵に仕えるあの青年紳士のイシュトヴァンだ。
おれたちの番が来る。
ぶっ壊れた伯爵のまわりには美術館で見る、ビロードっぽいワインレッドの太いロープと真鍮のポールで囲われている。
そして、特設の台には今回の事件の凶器である、白いタオルがやはりビロードっぽいワインレッドの太いロープと真鍮のポールで囲われていた。
探偵たちが銘々推理に乗り出す。
「これは計画的な犯行だな」
「タオルにメッセージがあるはずだ」
「アリバイだ、アリバイを注文しろ」
「お前、ただアリバイって言いたいだけだろ」
「アリバイアリバイ」
「アリバイアリバイ」
アリバイについての誤解はともかく、探偵たちの推理はやはり計画的犯行ということで一致を見ている。
どれ、ラケッティア探偵がひとつ真実に導いてやろう。
「おれは今回の事件は突発的な犯行だと思うね」
探偵たちのざわめきが止まった。
いま、おれは探偵的村八分にかけられそうだが、そんなものを恐れていては名探偵はつとまらぬ。
「どうして突発的なもんだって思うんだよ」
おれのすぐそばの大男が突っかかるように言ってきた。
「凶器がタオルだからだ」
そして、こんなことも分からないのかやれやれのポーズを取りつつ、
「犯人に殺意はあった。だが、それは綿密に計算されたものというよりは突発的な要因によるものだ。もっと固い鉄製の道具や爆弾を伯爵に巻き込ませるかわりにタオルを使ったのは、それが犯人の手元にある唯一の凶器だったからだ」
正確に言うと、唯一の所持品だ。こっちはあの後、素っ裸だ。
ただ、あの直後、何があったのか、覚えてないんだよなあ。
とりあえず、説明をちょろっとだけして、後は自分で考えろのポーズを取る。
しかし、奇妙なもので大勢は計画的犯行で一致したはずなのに、おれのまわりの名探偵たちは突発的犯行の可能性を本気で吟味し始めた。
やはり探偵というのは逆張りあまのじゃくで、みんなと違うことを言ってちやほやされたいハイ論破の集まりらしい。
「フィッツ。コーヒータイムだ」
おれは事件よりもコーヒーのほうが大切なマイペース探偵という設定を生やして、その場を後にする。
城にいくつかある小さな厨房のひとつで、コーヒー豆を挽き潰す。
自分で面倒な設定を生やしたなと後悔し始めたとき、
「あんた、ちょっと待ちなさい!」
ツンデレらしい少女の声。
待つ、というのはコーヒーミルのハンドルを回す手を止めろということだろうか?
あ、いいこと思いついた。
「フィッツ、とびきりのコーヒーを淹れてくれ」
助手に丸投げ。
そして、おれはツンデレ探偵に向かい合う。
「なんだね?」
ツンデレ探偵はどうもおれが突発的犯行説を唱えたのが気に入らないらしく、おれを追いかけてきたのだ。きっと突発的犯行説に親を殺され、宮殿を追放され、貸したカネを返してもらってないのだろう。
「あんたのさっきの推理、どういうこと?」
「さっき言った通りだ。あれは計画的犯行ではない。犯人はたまたまそのとき手元にあった凶器を使わざるを得なかった」
「じゃあ、あんたは犯人に伯爵を殺す意図はなかったって言いたいの?」
まあ、そうなんだけど、ここでそうだと言っては真犯人にたどり着く恐れがある。
「そうは言っていない。殺意はあった。犯人は伯爵を殺すのが目的だった」
「ど、どういうことよ。教えなさいよ、あんた」
どういうことなんだろうね? 教えなさいよ、よい子のパンダのみんな。
「先生、コーヒーです」
よっしゃ。
「失礼するよ。コーヒータイムを邪魔されたくないんでね。ひとつアドバイスするなら、犯行の手口ではなく、背景を調べるべきじゃあないかな?」
ツンデレ探偵はあれこれ言ったが、おれは内心冷や冷やで無視した。
そのうち、おれと推理対決をするとかなんとか、こっちの承諾を取らないで言い渡し、去っていった。
「先生、いいんですか? あんなこと、言っちゃって」
「いいんじゃない。やばい。これ、思ってた以上に面白いな」




