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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ クライム・スケッチ編
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第三話 ラケッティア、パンケーキのスケッチ。

「まずはナンバーズに手を出してみる。対象は近所の住民。感触がよかったら、どかんと広げる」


 翌朝、道をまたぐ回廊食堂にてファミリーを集めて宣言した。


「でも、あのお金とマスターの悪知恵があれば、もっと大きなことができるんじゃないか?」


「おれは気づいたんだ。今のおれのファミリーに足りないもの。それは下積みだ」


「下積み?」


「今までのラケッティアリングが儲かり過ぎた。ウェストエンドではナンバーズからいきなりカノーリ脱税に入り、ダンジョンででかく商売したが、このままではおもしろマフィア・ライフをおくるという大切な目的を見失う」


「たくさん儲けりゃ、頭領は楽しいんだと思ってたけど」


「そう簡単な問題じゃない。そりゃ、今あるカネを使えば、カジノは開ける。だけど、それでいいのか? おれはもっとラケッティアリングの何たるかを知るべきではないのかと常日頃思うところはあった。まあ、ディルランドにいたころはいろいろあってでかい商売を嗜好したけど、ここ、カラヴァルヴァにあっては小さなラケッティアリングをコツコツとやっていきたい。たばこ税の安い州で買ったラッキーストライクをニューヨークに持ち込むとか、数人の船員単位で行われるケチな密輸とか、寸借詐欺とか。利益トントンくらいの商売をやっていきたいんだ。分かるか、忍者マン?」


「どーでも」


「とにかく、これからはナンバーズだ。まず、これを〈ちびのニコラス〉がある区域を中心にやっていく」


 北を白ワイン通り、南を北河岸通り、東をリーロ通り、西をロデリク・デ・レオン街に囲まれたひなあられみたいな形の下町を対象にさっそくナンバーズを普及させる。

 銅貨一枚から賭けられ、当たれば払い戻しは六百倍。

 銀貨一枚賭ければ金貨十枚に化ける――当たれば五百円が三十万に化けるのだ。


 どこでも庶民が鬱屈してるのは当たり前で、これがささやかな楽しみと彩を日々の生活に与える。

 それにこれ、当たりの倍率は六百倍なので、000から999まで全部に銅貨一枚賭けたとしても、賭ける側が銅貨四百枚の損をするので、胴元はよほどヘマをしない限り破綻はしない。


 当座、賭け金と番号を集めるのはファミリーのメンバーの仕事で、エルネストは〈ちびのニコラス〉で集まった賭け金の集計を行う。


 ナンバーズの客としては歩きの物売り、ハサミ研ぎ屋、一般家庭の女中、失業中の馭者、学生といった面々だが、もっと規模を大きくしたくなったら、客のなかでも目端の利くやつを集金人に引き込んでもいい。


 もし、ナンバーズの集金人を増やす場合、集金人が直接〈ちびのニコラス〉に持ち寄っていては効率が悪いので、いくつかの料理屋や雑貨店を集金人の基地として、そこに集まった金を〈ちびのニコラス〉に持ち寄るようにする。


 集金については荷馬車の馭者ギルドなんかとつるめると対象範囲をぐんと広げられていいのだが、まあ、それは後で考えよう。


 おお。計画ができてきたぞ。

 ホント、こういうこと考えるのワクワクする。


 一人、食堂に残って、ナンバーズ組織図みたいなものをつくっていると、ノックがきこえた。


「開いてるよ~」


 入ってきたのはアレンカだった。手には小銭を入れるための缶をぶら下げている。


「あう。マスター」


「ん?」


「一緒に行きませんかなのです。ここは道に迷いやすくて、アレンカ迷子になりそうなのです」


「おっけー。今、行く」


 臨時の集計室になったビリヤード・ルームのエルネストに出てくる旨を伝えて、外へ。


 その日は曇り。

 まだ正午過ぎだが、分厚く覆いかぶさった雲を見ていると、暗くなるのは早そうだ。 


 表通りからだいぶ奥まった中庭みたいなところになると、ひしゃげた古い家が軒を連ね、平屋造りのパンケーキ屋で労働者たちが簡単な昼飯を済ませている。


 ちなみにカラヴァルヴァのパンケーキ屋とは原宿や表参道にあるようなキュートでポップなスイーツ屋さんではない。

 パンケーキはふっくらしていないし、お店特製ストロベリージャムなんかつけないし、当然、パウダーシュガーなんかもふらない。


 材料は小麦ではなく、悪魔デモン粉というごつい麦の粉であり、それをラードで薄く焼き、塩漬けの魚卵や玉ねぎを巻いて食べる。

 で、めっちゃ固い。ゴムみたい。弾力すごっ。


 このパンケーキは食べても消化されず胃袋の内側にぴたりとはりつくので、腹持ちがいいのだそうな。


 そんなパンケーキ屋は万年金欠の労働者たちの漢の食い物ファストフードとなっている。


 もし、全哺乳類の祖先である白亜紀のネズミがこのパンケーキを主食として生きていけば、哺乳類の進化はだいぶ顎のほうへ傾き、強靭かつ巨大な顎を持つ哺乳類が地球の支配的地位につく可能性がある。

 ただ、その手の顎は自力で持ち上がらず、引きずって移動するしかないが、その手の失敗進化は長生きできない。顎デカ哺乳類の生きていられるのはせいぜい百万年だろう。大自然の采配はサーベルタイガーやオオナマケモノ、バシロサウルスのためのスペースを使ってまで顎デカ哺乳類を生かそうとはしないはずだ。


「アレンカはマスターのパンケーキのほうが好きなのです」


「うん。あっちのほうがうまいって言われたら、軽くパニクってた」


「マスターのパンケーキはふわふわしてて、シロップが甘くて、クリームとイチゴが乗ってるのです。どうして、あのパンケーキ屋さんたちはマスターにパンケーキの作り方を習いに来ないのですか?」


「それはね、アレンカ。パンケーキに対して求めているものがおれと彼らでは著しく乖離しているからだ。おれはパンケーキに、ふわっ、あまっ、しあわせーっ、を求める。ところが、彼らはパンケーキに対し、噛め! 飲み込め! 働け!ってなもんを求めてる。おれたちは永遠に分かり合えないのだ」


「なんだかかわいそうなのです。アレンカはマスターのパンケーキのほうにいられて幸せなのです」


「おれも本当にそう思うよ。でも、まあたまに食べるぶんにはいいかな」


 おれは手ごろなパンケーキ屋を探した。

 つまり一番薄くて、小麦粉をちょぴっと使っていて、味付けにサワークリームが加わっているパンケーキ屋――おれみたいな素人でもかみ切れるパンケーキを焼く店だ。


 薄いのはすぐ見つかる。

 材料費をケチる観点からパンケーキ屋はできるだけ薄く焼き上げようとするのだ。


 問題は小麦粉。デモン粉の三倍の値段なので、そんなもの入れたがるパンケーキ屋がいない。

 日持ちの利かないサワークリームとなると、その存在は探検バラエティ番組の色彩を帯びてくる。


「マスター。たんけんばらえてぃばんぐみ、ってなんなのですか?」


「テレビのことは前に説明したよね?」


「はいなのです。絵が動く平らな水晶玉なのです」


「平らな水晶玉という表現に含まれる深刻な矛盾を置いておくとして、探検バラエティについて話そう。それはずばり宝探しの物語であり、テレビが探検者たちの冒険を逐一追っていくのだ」


「冒険! かっこいいのです!」


「そうだろう、そうだろう。テレビを通じて、おれたちは出演する探検家たちと宝物が見つかるまでの楽しいことや辛いこと、驚きと喜びを一緒になって感じる。つまり冒険をするつもりになるんだ。面白そうだろう?」


「すごくなのです! すごく面白そうなのです! アレンカも〈たんけんばらえてぃばんぐみ〉を見たいのです!」


「そうだろう、そうだろう。面白そうだろう? ホント、これで宝物が見つかったら面白いんだがな」


「え?」


「探検バラエティ番組で宝が見つかったことはおれが知る限り一度もない。それでも探検バラエティ番組はうちは違う、うちはホントに見つけちゃいますよ的な思わせぶったことを一時間、長くて二時間、最悪だと二十七時間ぶっ通しで流し続け、結局、見つかりませんでした、で視聴者が馬鹿を見る。これはもはや様式美となりつつある」


「あう。アレンカは宝物の見つかる探検を見たいのです」


「まったく同感っすよ。そして、いまおれがしているパンケーキ屋探しも、どうも見つからないんじゃないかなって気がしてきてるんだよ」


「あうー」


 ただナンバーズの顧客がパンケーキ屋の客に多いので、まったくの無駄足ではない。

 チャリンチャリンと銅貨と銀貨はたまり、缶はずっしり重くなる。

 パンケーキ屋を集金人に取り込むにはどのくらいのピンはねを許さなければいけないか、頭のなかで考えていると、アレンカがおれの袖を引っ張った。


「マスター、マスター! あっちなのです、あっちのパンケーキ屋さんなのです!」


 なるほど。

 そこはほどほどの薄さで焼き、粉はそば粉を使い、サワークリームを市内の乳牛屋から買いこんでいるらしい。


 場所は第三騎士団営舎――よーするに警察署の裏手みたいな場所だ。

 パトカーのガレージのかわりに革の匂いがする厩舎があり、そこの馬丁、それに騎士の徒弟や従卒、三等書記、騎士団付きの鍛冶屋が上客らしい。


 粗末な屋台ではあるが、自分の店をきちんとしておこうという持ち主の気迫があちこちに見られる。

 他の店みたいに天板の腐った樽に客を腰かけさせるのではなく、安物だがきちんとした椅子を使い、白く濁ったラードはきれいな山盛りになっていて、パンケーキを焼くためにへずると、そのへずったぶんをうまい具合に木べらで均す手際の良さ。

 カウンターは本物の大理石のプレート……ではなく木箱の上に渡した細長いドア板だったが、まあ、ミシュランの五つ星に食いにきたわけではないし、気迫だけでは物質的困難を克服できない好例と見るべきだろう。


 店主は老人だが、大きな口髭に見合う頑丈そうな体をしている。

 元おまわりのような気がするのは、風が吹くと埃の匂いがする帽子をかぶり、古い警吏用の毛織外套のボタンをきっちり上まで留めているからだろう。

 石から水を絞り出すこともできそうな大きな手を器用に動かして、おたま一杯で大きさをそろえたパンケーキをつくる。


 客は騎士団関係ばかりだとは思っていたが、よその工房の職人もいるし、あきらかに無頼漢らしい派手な胴着の男もいる。

 じいさんはじろっと見るが、だからといって贔屓も不当にも扱わない。

 たぶんこのじいさんの半生はこの胴着の男みたいなやつを殴りつけ牢にぶち込むことに奉げたのだろうが、今は客。野暮なことは言わないものだ。


 しかし、シブいじいさんである。


 異世界転生したんだから、もっとかわいいおねーちゃんにハーレムしてもらえという意見もあるだろうけど、こういう一本筋の通ったというか、打てばめっちゃいい音を立てそうなルイヴィル・スラッガーみたいなじいさんを見ると、なんともうれしくなる。


「パンケーキ二枚」


 腰掛けると、指を二本立てた。


 じいさんはおれ、アレンカの順にじろっと見たが、すぐラードを山からへずって、鉄板に落とした。

 おれたちのパンケーキを焼くためのラードがツツーと滑って消えるや否や、パンケーキのタネが垂れ落ちて、パチパチ音をたてはじめる。


 白いタネがうっすらカステラ色になり、うまそうな焦げ目もついたところで、木べらがさっとパンケーキを持ち上げて、ブリキの皿に魚卵と玉ねぎ、サワークリームをそえて出された。

 一枚銅貨五枚。なかなか食いでがある。

 食感はもっちりで、噛み切るのに苦労はしないが、癖になる歯ごたえをしている。

 大きさもあり、これで実質五十円は安い。


「もう一枚、おかわり。あっためた蜜の湯も」


「アレンカもなのです」


 じいさんはまたおれたちをじろっと見たが、見たのは集金用の手提げ缶だ。


「数当てか?」


「そうだけど」


「小さい儲けだ」


「だからってパンケーキ代踏み倒したりしないって」


「そんなこと考えてはおらんさ」


 なんだろう。

 アメリカの朝の食堂ダイナーで仕事明けのくたびれた売春婦ビッチが元刑事の店主と言葉をかわす乾いたスタイル。


 こういうシチュエーション、いいね。

 身勝手な願望だけど、このじいさんには是非とも元殺人課の刑事であってほしいものだ。


 ホント、いい空気だったんだよ――場の空気を読まない馬鹿な若い騎士二人がしゃしゃり出てくるまでは。


「騎士団営舎の裏で屋台とはずいぶんなものだな」


「許可証は持っているのか?」


 威張り腐ったマヌケ二人は賄賂を欲しがっているのか、それともただ威張りたいだけのホンマモノのアホなのか、ちょっと分かりづらい。


 もっと分かりづらいのはじいさんの表情だ。

 二人のマヌケを見る表情は鉄板で焼くパンケーキを見る目と変わらない。


「許可証がないなら申請書を書け」


「申請書は一枚で金貨二枚だ。安いものだろ」


 さすがカラヴァルヴァ。

 騎士もきっちり薄汚え。


 おれは、じいさんが二人の髪の毛をむんずとつかんで鉄板に叩きつけ、その整っているが不遜な顔面をラードでこんがり焼くのを今か今かと待っていた。


 だが、空気を読まないことに関してはこのマヌケ以上の隊長格の騎士が現れて、騎士の顔面ラード揚げはお預けになった。


 騎士隊長は二人の騎士の頭をぶったたき、蹴りを入れながら、営舎のほうへ追っ払うと、


「誠に申し訳ございません。団長閣下」


 と、頭を下げた。


 マジかよ。

 元殺人課刑事くらいかなと思ったら、元警視総監だったでござる。


「おれはもう騎士団長じゃない」


「しかし――」


「あのガキどもはおれを知らなかった。それだけだ。行ったほうがいいんじゃないか? 百人騎士隊長が市井のパンケーキ屋にぺこぺこするのは騎士団としてもあまりいいことではない」


「また、顔を見せにきます。閣下」


「だから、おれは団長じゃないって」


 おれとアレンカが、ほえー、と一連のやり取りを見ていると、元騎士団長のパンケーキ屋さんはじろっと一睨みしてから、蜜湯つきのパンケーキを二枚、ドア板の上にぶっきらぼうに置いた。

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