第九話 ラケッティア、悪の組織あるある。
伯爵のお城は崖の上にあった。
眼下には町がある。
城からは領民であるアサシンたちがカネを使ったり、カネをもらったり、カネを貸したり、カネを預けたり、カネを飲み込んだり、カネをなめたり、カネをケツの穴に詰めたり、カネと養子縁組を結んだり、(そして、これが一番トチ狂っているんだが)カネと結婚したりするのを眺めることができた。
崖には亀裂が入っていて、鋲を打った木造の板みたいな橋が一本かかっている。
鎖で巻き上げれば、お城に入ることはできない。
アサシンはこういう城に閉じこもった相手を殺すこともあり、この手の城の攻略については一家言ある。
「星の数ほどある」
「隠し通路。買収した召使い。風上で燃やす毒草。標的の城主自身が愛人と会うためにこっそり出てくることもあります」
「でも、みんな、この手の城は手強い。忍び込めないって言うじゃん」
「そう言えば、報酬が上がる」
「じゃあ、アサシンはみんなで談合して報酬を釣り上げてるってことか?」
「ええ。犬みたいに従順なものから守銭奴まで、このことは共通しています」
城の前では門番が暑そうに白いシャツをはだけさせた胸から胸毛をぼわっと見せて、手で顔をあおいでいた。
おれたちの乗った馬車は巻き上げの橋を渡る。
アサシンたちの報酬釣り上げに欠かせないガジェットが車輪の下でギシギシ鳴っている。
他にもシラフの時間なんて一日に二時間くらいの凄腕剣士や実はゼンマイで動くナンチャッテ魔導兵器、捕まらなきゃいいだけの拷問場など、張子の虎はいろいろとある。
そのなかでも一番難しいのは、
「番犬だな」「番犬ですね」
さすが犬は忠義に厚いと思っていたが、
「いえ、簡単に主を売ります。問題は好みの肉が明らかになるまでのことです」
番犬が何を食べるかを当てるのは非常に難しい。
どんな犬にもステーキが効くと思うのは素人の考え方で、犬の肉に対する好みは非常にうるさい。
確かなことは人肉を好む犬はいないことだ。
あれは攻撃手段として噛みついているだけで、おいしいから食らいついているわけではない。
たとえ、その番犬が子犬のころから人肉に慣らされているとしても、一度ビーフの味を知ったら、もう人肉は食べない。
我々が考えている以上に雑食生物の味はよくないらしい。
「ジシュコレ城主が標的になったとき、そこの番犬がどうしても懐かなかった。ソーセージには見向きもしない」
「フライド・ソーセージは試しましたか?」
「試したが見向きもしなかった。レバーを牛と豚の両方で試したが、ダメだった。カツレツ用の肉を骨付きで買ったが、ダメだった。信じられないが、この世には骨つきのカツ肉に見向きもしない犬がいる。ここまで行くともう誰かにきくしかないが、まさか標的にお前のところの犬は何を食べるときくわけにもいかない。それで城下の村の酒場に通って、城主絡みの話に耳を澄ませた。すると、農夫たちが城主の番犬たちはおれたちよりもいいものを食べているという話をしだした。『カツ肉しか食わないんだぜ』『それもただのカツ肉じゃない』『生まれてからずっと豚の味で舌を慣らされてるからな』『ただの豚じゃあねえ。伯爵の持ち森に放し飼いにしてる豚のカツ肉じゃあないと食べない。胡桃ばかり食べて大きくなった豚じゃないと見向きもしない』『豚カツなんて最後に食べたのはいつのことだか』『犬ばかり大切にしやがって。くたばっちまえばいいんだ』。胡桃ばかり食べて大きくなった豚のカツ肉を手に入れたら、犬たちは主を売った。おれを寝室まで導いたし、なんなら喉を噛み切ってもいいという顔をしたが、おれも仕事がある。喉はこっちで搔き切った」
城の館は白い壁に青い屋根。
両開きの扉には、例の青年紳士が待っていた。
「お待ちしておりました」
お待ちされてました。
暗殺者の島の本拠地の暗殺者の館にやってくるとは人生いろいろあるものである。
廊下を歩いていると、天井から音楽とリズムに乗った舞踏靴の足音がきこえ、半開きになった部屋からは子爵という人物が自分に対する陰謀団をどのように暴いたかを早口で話す声がきこえた――そうなんだ、やつらはいたるところにスパイを持っていて、子爵の行動は筒抜けだった。もちろん、子爵は自分を殺そうとしている陰謀については知っていたし、火掻き棒を片手にスパイどもを探して、絨毯の下やシャンデリアの上を確かめたりしていた。だが、スパイどもは特殊な訓練を受けていて、子爵がやってくるころにはみんなパッと蜘蛛の子を散らしたようにいなくなった。ただ、ひとり、庭師が子爵の味方をしていて、庭師は早速、子爵の用意した金貨袋で陰謀団のひとりを買収することに成功した。そいつの尻の穴に火薬をつめて、このままお前の内蔵を吹き飛ばすがいいのかと質問したら、陰謀団の名前と暗号、連絡方法を全部吐いた。子爵は怒り狂って導火線に火をつけ、捕らえられた陰謀団はみんな生きたまま燃やされたんだ。
その後、絵画が壁と天井一面にかけられた大部屋に案内されたが、それはアサシンがまさに標的を殺す瞬間の絵で、王族や大貴族、豪商の息の根を止めるその瞬間が緻密ながらも躍動感あふれる筆で余すところなく描かれていた。
なかには見慣れた顔もいる。
ヨシュアが背後からどこかの貴族夫人の口を塞ぎながら喉を搔き切っている絵やリサークがバルブーフの太守の心臓に湾曲した短剣を深々と刺している絵、マリスが黒衣の剣士の胸を貫いている絵、アレンカが標的を護衛ごと燃やし尽くす絵、ツィーヌが小瓶を手に去るその後にスープを口にした貴族が血の泡を吹いてひっくり返る絵、複数の暗殺者を始末したジャックの憂い顔やクレオの快楽殺人、氷漬けになった騎士たちの中央で不敵に笑いながら剣を納めるイスラントの絵など、うちに来る前の身内の殺人がずらり。
そんななかでも一枚の絵もなかったのがジルヴァで、さすがクルス・ファミリーの隠密番長。
隣の部屋ではちょうど絵画の制作中で猿ぐつわを噛まされた標的が現在進行中で喉を搔き切られていて、その血の噴く様子をせっせと筆にのせている。
装飾を控えめにした両開き扉を開くと、この島の主である伯爵がいた。
伯爵、と紹介されたのは真鍮の歯車の塔だった。
大きな歯車、中くらいの歯車、小さな歯車がマホガニーの台座の上に何百本の塔となってかみ合い、活字機械を操って、暗殺対象の指示をする。
「何か見てはいけないものを見た気がするな」
活字機械がカチカチ動いて、言葉を打った紙リボンが流れ出した。
『ハロー キミタチヲ歓迎スル』
「殺されかけたんだがね」
『活字機械ガ反旗ヲ翻シタノダ 粛清済ミダ』
見ると、おれたちが来る前に取り外されたらしい活字機械がハンマーのようなもので叩き潰されていた。
『キミタチノオモテナシはこのいしゅとヴぁんに任セテアル 我ガ家ダト思ッテクツロイデ欲シイ』
イシュトヴァンがお辞儀した。
「お部屋にご案内いたします」
よくある話だ。
悪の組織の総帥が実は人間ではなく、こんな感じの機械だってやつ。
まあ、アサシン・アイランドは組織だった悪だよな。
クルス・ファミリーもこんなだと思われてないといいけど。




