第七話 ラケッティア、ふたりのコネ。
「義伯父上。そのリボンはもしやおれにか?」
「義伯父さま。そのリボンはわたしにですか?」
ああ、そうだよ、って言ったら、おリボン結んじゃうの?
「これはヴォンモにだよ」
目に見えて、がっかりするふたり。
まあ、彼奴らの狙いは来栖ミツルにおリボンを結ばせることだ。
緑樹の木漏れ日がくすぐったい料理屋で、〈毒は入っていません〉と朱書きされたメニュー表を見て、ヒラメのグリルとスモークチーズ、ライ麦パンを頼む。
料理が来るのを待っているあいだ、レストランで殺されたマフィアの名前で古今東西。
「義伯父上。マフィア限定か?」
「義伯父さま。イタリア系限定ですか?」
「広義でマフィア、ギャングも良しとしよう。なに、料理が届くまでのお遊びだ」
と、言ってましたが、この勝負に勝ったほうが来栖ミツルをゲットするとか勝手に言い始めたので、本気出して勝ちました。
具体的に言うと、まずリサークは、おれがクリーヴランドのボスだったジョー・ポレロの名前を出してクリーヴランドのファミリーに誘い込み、ポレロの前のボスであるジョセフ・ロナルド―の名前をあげさせたが、ジョセフ・ロナルド―が殺されたのは床屋。
あとのヨシュアは消耗戦で相手の持ち弾が切れるまで、レストランで殺されたマフィアの名前を出しまくった。ヨシュアは自信たっぷりの柴犬みたいにポール・カステラーノの名前を出したが、正確にはカステラーノが死んだのはステーキハウス〈スパークス〉の前であって、レストランのなかではないが、OKにした。同じようなことがリサークにもあって、自信たっぷりのボルゾイみたいにダッチ・シュルツの名前を挙げたが、ダッチ・シュルツは〈パレス・チョップ・ハウス〉にいた時点ではまだ生きていて、二十四時間後に病院で死んだわけだが、OKにした
そのくらいのハンデがあっても粉砕できる自信があったんでね。
ついでにジョー・マッセリアやカーマイン・ギャランテなどの有名どころの名前もふたりに譲ってます。黒のジョヴァンニやポルフィリオ・ケレルマンなど、こっちの世界の〈商会〉も譲りました。
そんな、おれっちの持ち弾はジョー・パリーノ、ジェームズ・コロシモ、チャールズ・ソロモン、ガスパレ・ミラッツォ、アバダバ・バーマン、ウィリー・モレッティ(ヴォンモの悪魔の名前です)、ジャック・〈ザ・エンフォーサー〉・ホエイラン。
こうしてドン・ヴィンチェンゾはかわいいかわいい甥っ子のケツの純潔を守ったのだった。
「ところで、わしはいま不法入国状態なのだが」
「義伯父上。それならおれが解決できる」
「義伯父さま。わたしに任せてください」
「義伯父上。こいつの言うことを信じてはいけない」
「義伯父さま。彼の解決法などろくなことになりません」
そして、ふたりは声をそろえて、来栖ミツルがあのアサシンウェアを着てくれればいい、と言ってくる。
北風と南風がコートを剥ぎ取ろうとしてくる。
太陽はどこにあるんだろう?
「あまり、甥に女装を勧められないな。そういうのは中性的な顔立ちのものに任せるべきだ。トキマルとかギデオンとか」
「いや、ミツルでなければダメだ。あの三白眼と恥じらいがなければ。ふっ、そう言えば、お前は見たことがなかったな」
「ぐっ」
熱いオリーブオイルをかけたヒラメの白身をハフハフしていると、公示人のラッパが表のほうからきこえてきた。
ラッパの吹き方は遠くの耳にも入りやすい高音だから、たっぷりもらったのだろう。
なんか法の抜け穴でも教えてくれるのかもと耳を澄ましていると、
「迷子のヴィンチェンゾ・クルスちゃん。迷子のヴィンチェンゾ・クルスちゃん。保護者がお待ちです。少女暗殺者専門店まで来てください」
「ああ、ヒラメはうまいなあ」
「義伯父さま。いまのは――」
「別人だろう。この世に二つとないような珍しい名前ではない。セヴェリノにいたヴィンチェンゾ・クルスは酪農家で地域のミルク大会で準グランプリを取っていた。それよりも、不法入国問題を何とかせんとな」
迷子のヴィンチェンゾ・クルスちゃんが無事親と会えればいいなあと思いながら、おかわりのチーズをパクついていると、黒装束の洗練された物腰の青年紳士がこちらへ歩いてきた。
こういう貴公子はレイピアなんかをベルトで吊るすものだが、短剣二本を腰の後ろに差して、殺すと決めたら、あっという間に二刀流の臨戦態勢らしい。
なんというかこの若人、宮仕えらしい物腰があるので、この島の統治者の使いに違いないと思って、見ていると、おれたちのテーブルまでやってきて、にっこり笑いかけた。
こんなふうににっこり笑った男が赤ワイン通りで粗悪なヤクを売りさばく商人の喉を搔き切ったのを見たことがある。レリャ=レイエス商会とトラブったらしい。
「やあ。きみたちが同じテーブルで食事をするなんて。想像もできないね」
どうやら、この青年紳士、ヨシュアとリサークが互いに殺し合う星の下に生まれたやべえやつらであることを知っているらしい。
「きみたちが手を結べば、世界じゅうの要人たちは震えて眠ることになる」
「誰がこいつと組むか」
「わたしにだって選ぶ権利があります」
「ふむ」
青年紳士はおれを見た。
たぶん、ふたりが殺し合わず、大人しくヒラメを食べている原因はおれにあると思ったのだろう。
「ひょっとすると、そちらにいらっしゃるのはドン・ヴィンチェンゾ・クルスではありませんか?」
「わしの名前だな。この首にはいまいくらの賞金がかかっているのかね?」
青年紳士はくっくと笑った。
「いえ。失礼いたしました。ちょっとした手違いがあったようです」
「だが、ここはアサシン・アイランドだ。アサシン以外の人間は入ることができない。わしはアサシンではないし、殺人教唆なんて考えただけで眩暈を起こす慎ましい実業家だ。――こう述べる用心を許してほしい。〈聖アンジュリンの子ら〉の密偵は想像もしない場所にいることがある」
「ええ。〈聖アンジュリンの子ら〉のなかには、この島の出身者もいます」
「あれに入るのは骨が折れるだろうな。密偵かね?」
「いえ。関係は切れています。お食事を邪魔して申し訳ありません。ヨシュアとリサークが同じテーブルについて大人しく食事をしているときいて、どうしても確かめたかったのです」
すると、ヨシュアが不機嫌そうに、
「見るべきものは見ただろう? 行け」
貴公子は肩をすくめて、きれいにお辞儀をして去っていった。
背中を見て分かったのだが、小さなマントをつけていた。
どうもふたりの知り合いで、おれの不法入国問題を解決するコネの正体らしい。
問題はこうしてコネが自発的に動いたのだから、おれがあれ着るのは勘弁されるはずだ。
そんなに嫌なら、とっとと燃やせばいいって思う?
とっくに試した。
この店にはでかいピザ焼き窯があったから、一生のお願いだと頼んで、あのアサシンウェアを窯にぶち込んだ。
ピザを二十枚焼いたが、キズひとつ、焼け焦げひとつつかなかった。
海に捨てることも考えたが、捨てたものが沈まず流れず、砂浜に戻るんじゃないかと思うと気がすすまない。
そもそも、このコスチュームがふたりのどちらかの手に落ちたら、恐ろしいことになるのは間違いないから、自分で持っているのが現時点で一番安全だ。
どーしたもんかなあ、と考えながら、会計を済ませ、外に出ると、四頭立ての馬車が待っていた。
小麦粉をふって白くしたカツラをかぶった召使いみたいな男が、カツラも粉も落ちない巧妙なお辞儀をして言った。
「お待ちしておりました。伯爵がぜひお会いし、またお命を狙い申し上げたことの謝罪をしたいとのことです」




