第四話 ラケッティア、老人をたらいまわしする。
十三人のアサシンと一羽のアサシン鶏をさばく必要から、おねーさんはおれを留保コーナーに移した。ヴォンモとジャックがすごく心配そうな顔をして、ドナドナされるおれを見送ってくれたよ。
留保コーナーは文房具屋の五つで百円のガラクタを並べたコーナーみたいで、小さな衝立に挟まれた狭い一角にベンチがあって、水差しがあって、『アサシンの貪欲』というボロボロの小説が置いてあって、ずんぐりした老人がひとり座っている。
「あんたも問題ありかい?」
「まあ、そのようだ」
「おれは、まあ、三十年、殺してないから、ここに座らされた」
「復帰をしなければいかんのかね?」
「女ができてな」
「ああ」
「短期でがっつり稼ぐなら契約殺人に限る。あんたは何年、殺してない?」
「わたしは雇用側の人間なんだ」
「と、いうことは、ん? あんた、まさか、ドン・ヴィンチェンゾ・クルスかい?」
おれはうなずいた。
「そいつはいいや。おれを雇わないかい?」
「そうしたいところなのだが、目下殺したほうがよさそうな人間に心当たりがない」
「そんな馬鹿な。外に出て、目抜き通りを十歩も歩けば、死んだほうがマシなクズ野郎にぶつかるぜ」
「そうかもしれんが、死んだほうがマシなクズにぶつかるたびに殺していては世の中が清く正しくなってしまう。そんな世界はわしらにとって稼ぎにくい世界じゃないかね?」
「それもそうだな」
「結局、わしらは配られたカードで勝負するしかない」
「でも、あんたはかなりいいカードを配られてる」
「しかも、そのカジノはわしの所有だ」
「違いねえや」
ずんぐりした三十年ブランクがある老人は水差しをフンと笑って、そばに置いていた革袋からぐびぐびとワインを飲んだ。
しばらくすると、入国管理官のおねーさんがやってきて、おれに移動するように言ってきた。
三十年のブランクがあるけど、女のために頑張ってぶっ殺すじいさんとお別れして、おねーさんの後ろをついていく。
これまで何人殺しましたか?ってきいてみたい気がしたけど、人の脛の傷をきくようでやめた。
この島の基準では殺した数が多ければ多いほど、社会的地位や受ける尊敬の度合いが高くなる気がしたけど、まあ、それはよい。
おれ、これまで自分の手で四人殺してる。
意外と多い。
やったのはウェストエンドにいたときにひとり、カラヴァルヴァで殺人鬼をひとり、ノヴァ・オルディアーレス要塞にぶち込まれた後にふたりのゲス野郎。
殺人教唆ともなると、とんでもない数になるし、暗殺を解禁して以来、ファミリーの正式組員が殺した相手全員把握してない。
クレオやガールズは絶賛営業中だし、ジャックでさえ、トキマルの妹ちゃんを手伝ってひと仕事している。
ヴォンモは殺してると思うけど、ジンパチとナイフ投げしたり、セイキチと絵を描いたりしているのを見るほうが多い。
そして、ドン・ヴィンチェンゾだが、一度も殺したことはない。
おれがやった人殺しは全部、来栖ミツルとしてのカウントだ。
だが、アサシン鶏に仕事をさせるおばちゃんがアサシンに数えられるなら、おれもいけるんじゃないかなと思う。
さて、次に案内されたのは、おやおや医務室だ。
ここに来て、いよいよエリス島めいてきやがった。
医者はひとり、看護婦がひとり。
若先生って感じだが、まあ、彼らもアサシンなんだろう。
とりあえず、舌をべーっとやって見てもらい、脈を数え、胸をぐいぐい押しながら、痛みますか?とたずねられる。
他にも空咳の音をきいてもらい、医療用ウィスキーを机に置いて、その場を離れ、おれがこっそりそれを飲むかどうか確かめた。
「健康ですね」
「それはどうも」
でも、体が重いんだよね。老人だから。
「ところで、先生。先生はアサシン風邪は治せますか?」
「それは無理ですね」
「では、どなたが治療できるのでしょうな?」
「この島でできる人はいないと思いますが」
なんてこった!
「まあ、放っておけば治る病気です」
くそっ。やっぱり医者みたいなやつはあてにならん。
「放っておくとはどのくらい?」
「六年くらい」
増えてやがる。
次に行く場所を指定されていないので、そのまま医務室に残る。
人を救う本と人を殺す本が同じ本棚に詰めてあって、医者がアサシンになるとメスで殺すことを期待されるが、いくら何でもリーチが短すぎるという話をして、仕事中という倫理ワードをうっちゃって医療用ウィスキーを飲んだ。
医療用ウィスキーというのはときどき命の神秘にかかわることを研究している錬金術士が売りにくるものだが、無印の〈命の水〉と比較するとくそまずい――らしい。
おれは酒が飲めないから知らないが、カールのとっつぁんがそう言うのだから間違いない。
本当に医療行為にしか使えないウィスキーだ。
つまり、腕を切らないと死ぬ患者がいる。
そこで医療用ウィスキーをしこたま飲ませて、酔っ払っているうちに腕を切り落とすのだ。
ただ、ウィスキーで泥酔するぐらいで四肢切断の痛みをごまかせるほど、人体はおめでたくない。
患者はすさまじい叫び声をあげて暴れるから、そうしたら、医療用ウィスキーを入れていた壜で頭を殴る。
壜というのは我々が考えているよりもずっと割れにくいのだ。
さて、待っているあいだ、ひどく暇だ。
アサシン医者とアサシン看護婦はおれのことはすっかり忘れて、お尻をつねり合っている。
若いというのはいいものだな。ホントはおれのほうが若いけど。
ふたりはそのうち、おれが座るベッドのまわりで追いかけっこを始めた。
だんだん、それがマジなものになってきた。
そして、ふたりは笑いながら、スローイング・ダガーの投げ合いっこを始めた。
看護婦が壁を蹴っての三角跳びから、体をひねりつつ、三本一度に投げたり、医者が残影をしかけながら、スライディングで下から頸動脈を狙ったり。
見ると、医療用ウィスキーの壜の中身が半分に減っている。
この遊びのルールにダガーを第三者に当ててはいけないというものがあるのかどうかは知らないが、下手に動くと流れダガーにぶつかりそうなので、ルールへの期待を胸に秘め、タイムオーバーを狙う。
なにせ、このふたり、ほんのニ十分かそこらで未開封だったウィスキーを半分開けている。
そのうち、投げるダガーがなくなると、抱き合ってイチャイチャしあったので、おれはいまの外見のおれに求められる行動――そっと移動して、ベッドを若いふたりに譲った。
ふたりともそのうち寝たので、医者の椅子に座って、次はどこにたらいまわしにされるんだろう、とぼんやり思っていると、官僚機構に投げた小さな石の波紋がようやく帰ってきた。
「申し訳ありませんが、あなたの命を奪うよう、命令が出ました」
役人風のアサシンがそう言った。
まあ、そういうと思った。
別に殺すと言われて、脅かされるのはこれが初めてではない。
それにこういうとき、おれにはその役人の背後に気配をさせずに忍び寄り、ナイフを喉に当ててくれる忠義のアサシンがいるのだ。
「もし、彼を殺すなら、お前の命はない」
「右に同じく」
ヨシュアとリサーク。リサークとヨシュア。
単刀直入に、ファック。




