第三十一話 兵士、まともなことの証明。
「天使さまじゃ」
いま涙を流しているベテラン兵が四十三秒のあいだに三発の銃弾を装填し発射し、敵の頭に命中させたのをアルセウスは見たことがある。
少しでも速く弾丸を装填すること以外に興味もなさそうな十三歳から兵役に入っている筋金入りの職業軍人が金髪の幼い少女の言うことに涙を流してひれ伏している。
言っている内容のほとんどはいかに幼女が尊いかということだが、幼女が尊いと唱え続けて、飛行戦列艦が手に入るなら、世界じゅうの君主が張り切って尊いと叫ぶだろう。
世界最大の飛行艦の下、投降したボストニア軍とセブニア軍の兵士たちはノヴァ=クリスタルに背を向けて、南へと行進している。
建物ひとつひとつ、部屋ひとつひとつを死に物狂いで取り合った、あの廃墟もかつては二重王国の水晶と讃えられたことがあったのだ。
道端では擱座したドラゴン戦車がメラメラ燃えている。
丘と荒野。家と街道。この国は正気を取り戻し始めていた。
しかし、それはボストニア王でもセブニア王でもない、愛に生きる小売王のもとで起きたことだ。
「こっちでーす! レモネードでーす!」
砂糖とレモン果汁の飲み物を道端の幼女たちが配っていた。
レモネードの樽が山と積まれていて、捕虜たちは好きなだけ、レモネードを飲むことができた。
ノヴァ=クリスタルでは、ずぶぬれの男たち二十人がそれぞれのパンにひとつの生卵をこすって食べていたのが最高のごちそうと言われていた。
どこにも食料がないと言われていた。
積み上がったレモネードの樽は禁呪クラスの魔法でもない限り用意できない代物だ。
肉団子が入ったスープ。焼きたてのパン。バターで焼いた卵。
これらを戦場で無料配布する。幼女救世軍がそう言ったとき、誰も信じなかった。
だが、停戦区域が設定され、いくつもの頑丈なテントがあらわれて、抵抗し難いうまそうなにおいがして、みな何かが切れた。
焼きたてのパンひとつは火のついた火薬樽を投石機で十個投げるよりも多くの兵士を軍から奪った。
うまい食べ物にありつくと、自分はどうしてボストニア王のために戦っていたのだろうと当然の疑問が湧いてきた。
行列のなかにユヴェを見つけた。
死んだと思っていたが、生きていた戦友を見つけるのはいつだって得をした気分になる。
「こんなことを言うのは恥ずかしいんだけどね。幼女防衛隊に志願するつもりなんだ」
ユヴェははにかんだ。
「まだ戦争に関わるつもりなのか?」
「この戦争でひとつでもまともなことをしたって証明がほしい。でなきゃ、今までの悪夢の日々が無駄になる」
ユヴェは幼女防衛隊の志願兵リストに名前を書いたが、その下にはアルセウスの名前もあった。
この戦争でひとつでもまともなことをしたという証明のために。




