第三十話 ラケッティア、デカい買い物。
まず、先頭には全身ロブスターみたいに固めた重騎兵がふたり。ラッパ手がふたり。
それで親衛隊マスケット銃兵の大隊が続いて、あのイカれた国王アイニアス七世。
そのそばには国王お気に入りの最終兵器ウェティアと〈将軍〉。
カンパニーはもう優れた軍略家という名目で自分を売るしかなくなったらしい。
その後は斧槍兵が二個大隊続いて、ドラゴン戦車の二列縦隊。
出征する国王には花を投げるのが通例だが、城内に咲く花はみんな食べてしまったので、花はなし。
かといって、雑草を投げる勇気のあるものはいなかった。
空にはバジル卿の空中戦列艦が飛んでいるが、飛んでいるだけ。
国王はサイコパスだが、見た目は美少年なので、メロメロに参っている女性もいるようで、きゃあきゃあ騒ぐ人、失神する人もいた。
セブニアの首都で革命騒ぎがあって、カジミウス王がノヴァ=クリスタルに逃げて、軍部を動かして、王都奪還を企んでいるという報せが届くと、ボストニアでも国王出征となった。
革命勢力とか目ざとい侯爵とかが謀反を起こすかと思ったが、その予定はないらしい。
出征行列の最後の一兵である砲兵隊が城門の外へと出ていくと、空腹で、退屈で、何もいいことのない毎日が戻ってきた。
おれはハングド・マン通りの料理屋の二階の窓からその行列を見ていたが、国王がいなくなっても、ボストンは表面上は静かだ。
「こういう状態って、死の商人的にはどうなんすか?」
「死の商人じゃない。兵器商だ」
バジル卿はコーヒーをすすった。
チコリの偽コーヒーじゃない。
この三日で三十倍に値が上がった本物のコーヒーだ。
「うちの身内がお世話になったそうで」
「あの爆弾エルフもきみの身内かね?」
「まあ、そうですね」
「貴族院の建物が昨日吹き飛んだよ」
「たったそれだけで済んだんですか?」
「まさか革命家たちにタダでくれてやるとはね。ただ、カジミウス王はさすがにまずいと思ったらしく、わたしとのあいだにある売掛金を全部払ってくれた。その点ではありがたい」
こっちはガールズ、あっちは愛人兼メイド兼ボディガードが後ろに控えている。そして、両陣営からの等距離には金貨一万枚が入った袋が十三個。
「あの艦を買いたいそうだね」
「現金で十三万」
「悪くない。これは興味本位だが、どちらに売るつもりだね」
「幼女救世軍」
「それをすると、戦争のバランスが大きく崩れるな」
「ろくでもないバランスはさっさと崩して、新しい天秤を用意するべきっす」
「違いない」
「金貨十三万枚運ぶのは苦労だと思うんで、あの船であなたの望む場所まで運ぶ。その後、完全にこちらに引き渡し。乗組員はこちらが用意した人員が習熟するまで、こちらで雇う」
「悪くない。ひとつききたいのだが、あのミミちゃんとやら、彼女は王になりたいのかね?」
「本人が言うにはもう既に、愛に生きる小売王になってる」
「ボストニア=セブニア連合王位は他の国と比べれば見劣りするが、それでも王には違いない」
「普通の考え方をしないんす。なにせ自販機なんで」
「そうか。しかし、爆発するエルフとは。ナマモノは実に面白いね」
おれの後ろのガールズたち――善悪欠落系の微笑みを湛えている――が、なぜかフンスとドヤ顔している。
暗殺者。
「おれは分からないけど、それはなかなか新規参入の難しい世界だと」
「きみはそれで利益を出している」
「いや、出していないっす。信じないかもしれないけど、うちは金銭目的で暗殺者を扱わないんす。そういう仕事はファミリーの必要になったら、義務として行うってこと」
まあ、まったく無償じゃない。
その日の晩御飯のおかずを特別に増やす。
「ふむ」
「個人として稼ぐのは止めないっすけど。組織だったやり方はしてないっす」
「ふむ。アサシン・アイランドに行ってみるか」
ア、アサシン・アイランド!?
UFJみたいな感じがするな。
で、言い方変えると暗殺者島。金田一耕助の世界である。
「とりあえず、一番大きな商品を満足のいく値段で手放せた。身のふり方はしっかり考えるさ。では、失礼するよ」
「帰っていったか……なあ、アサシン・アイランドってマジ?」
「マジもマジよ」
「何があるの?」
「仕事の斡旋所の他に、暗殺用武器や衣装の工房、腕を競い合う闘技場、保養施設もあるのよ」
「行ったことある?」
「ない」
「行ってみたい?」
「一見さんお断り」
「そら、そっか。アルビロアラの沼で採取される毒物を卸してるんだけど」
「アサシン・アイランドのパスを持ってるアサシンに口利きしてもらえば?」
アサシンねえ。
ヨシュアやリサーク? パスは持ってそうだけど、ケツの処女よこせとか言われそう。
クレオかな。あいつ、暗殺での稼ぎはファミリー内で一番だから、そっち方面につながりがあるのかもしれん。
コン、コン。
かわいらしい咳。
「なんだ、アレンカ。風邪か?」
「喉がイガイガするのです」
「咳止めシロップ売ってるかなあ」
「重度の中毒になるやつならわたし、用意できるわよ」
「嫌なのです」
「毎回、外から帰ってきたときに手を洗って、うがいした?」
「マスターは失礼なのです。アレンカはちゃんとしたのです――五回に一回くらい」
「季節の変わり目だからなー」
「むー」




