第二十三話 ラケッティア、ツケを払わない最悪の方法。
「現金を払うまで、ナイフ一本でも売るべきではない!」
円錐戦車を十台売った代金をまだもらってない商人がバン!とテーブルを叩いた。
パチパチパチパチ。拍手でその強硬論は迎えられた。
おれも思いっきり拍手した。こいた屁の音をごまかすためにそれはもう盛大に。
そこは武器商人サロンのひとつで、おそらく一番豪華な部屋だ。
アーチ状の高い天井の左右に楽団のための回廊があり、ここでディーラーたちは普段優雅な音楽をききながら、ここでどちらの陣営にどれだけの兵器を売るかを決めたり、ただ酒盛りをしたりする。
この細長い部屋には黒紅樹の長いテーブルがある。
集まった兵器ディーラーは三十人。〈将軍〉は欠席したらしい。
「来栖くん。きみはどれだけの報酬が未払いだね?」
長老風の商人が言った。この商人は長テーブルの短い辺、つまりお誕生日席に座っている。
「はあ。ドラゴン戦車二台と六十三ポンド砲一門、火炎外套三十二着っす。あ、でも、帆走地上艦の代金は今日払ってもらえる予定っす」
「それがやつらの手口だ!」
このあたりでは〈大砲王〉の名で通っているディーラーが言った。ツケはカルバリン砲五門。もとはインチキ革をちぎり売りしてたチンケな商人だと他の誰かからきいたことがある。
「まるで未払いの代金を特別な恩恵のように払う。だが、本来ならば、もともと払うべきカネであり、それに礼を言う必要はないのだ!」
「そうだ、そうだ!」
「我々を馬鹿にしたら、どうなるか思い知らせるべきだ!」
言ってることは間違ってはいない。いないんだけど――。
「あの、質問なんすけど」
おれはしわしわと手を挙げる。
「思い知らせるって、どこまで思い知らせるんすか? 武器を売らない? 税関を占領する? まさか、セブニアに売る量を増やすわけじゃないっすよね?」
これを言うと、兵器ディーラーたちはちょっと困った顔をする。
今言ったどれかをやれば、セブニアが勝ってしまう。
滅亡した国からツケを回収できた商人は有史以来存在しないから、当然、ボストニアには勝ってほしいが、そこはあの矛盾がある。
いや、ディーラーたちが談合して、少しずつ払わせればいいだけの話なのだが、戦争がボストニアの勝利に終われば、我先にと自分の未払いをいただこうとする。そこに今日見られる協力関係はない。
こいつらに必要なのは五大ファミリーと評議会なのだ。
それに、おれはさっき「セブニアに売る量を増やす」と言った。「セブニアに売る」ではない。
ここにいるディーラーは全員程度の差こそあれ、二股をかけている。
夢は両国からツケを払わせることだが、実際は勝利した国からしか払わせることができない。
それが分かっているから、高い値段をふっかけて、どちらが買っても原価割れしないようにしているわけだ。
おれ以外は。
おれは、だって、元手はTポイントだから。
ヴォンモの尊さはプライスレスだ。だが、コストから見るとゼロである。
ただ、おれはダンピングはしないよう気をつけてる。調子こいて安売りして睨まれるのは嫌だし、それに売ったカネはミミちゃんの幼女救世軍にまわしている。
なわけで、おれの売る兵器の値段は他の連中と示し合わせて、自由競争の原理にはご退場いただく。
国王からすれば、おれは特別高くもないし、安くもない、ただツケがききやすいディーラーというだけだ。
もちろん、おれとクルス・ファミリーのことは知っている。
だが、アイニアス七世のようなぷっつんサイコパス野郎がそれでビビるとは思えない。
とりあえず、おれはいったんその場を落ち着かせることにした。
おれの真の目的はカンパニーへの一撃であり、そのためには他のディーラーとは仲良くしておいたほうがいい。
いずれ、あの〈将軍〉には集中砲火を浴びせてやる(物理)。
ただ、今がそのタイミングかどうかは微妙だ。
ミミちゃんの幼女救世軍は絶賛拡大中で、それに、これはここにいる連中には内緒だが――兵器もちょこっと流してる。いや、ちょこっとなんてもんじゃないか。
水浸しの古城の幼女コミューンには幼女防衛隊なるものができている。
彼らが守るのは自分の娘だったり妹だったりする幼女である。
幼女防衛隊は志願制だが、兵士の数はどんどん増えているという。
〈将軍〉はボストニアにとってもセブニアにとっても最大手ディーラーだから、こいつが死ぬと戦場の均衡が崩れる。
それで幼女救世軍への圧力に直結するかは分からないが、時局が読みづらくなるのは確かだ。
おまけにミミちゃんはこの幼女防衛隊において、戦死者ゼロの縛りを己に課している。
兵士ひとりが死ねば、その娘か妹か姪である幼女の涙に直結するからだ。
ミミちゃんの政治原理は簡単である――『幼女を泣かすものは×』
そんなミミちゃんだから戦争が始まれば、指揮官先頭の鉄則に基づいて、自ら先頭を走って突撃する。
ミミちゃん自身、そのくらいの強度はある。
しかし、限界ってものがある。
ミミちゃんには娘も妹も姪もいない。だから、自分に何かあっても、それが幼女の涙に直結しないという自信があるらしい。
これを認めるのは悔しいが、もしミミちゃんが戦死すれば、ヴォンモは泣く。
ミミちゃんがこれまでに助けた全幼女が泣く。
そんなわけでミミちゃんの戦死者縛りプレイを可能にするには、あと一押しが必要だ。
それが分かるまで〈将軍〉はデザートにとっておいてやる。
さて、アイニアス王のような善意の欠片もないニッコリクレイジーにどんな嫌がらせをするか、ディーラーたちがワイワイ騒いでいると、トントンとノックの音がして、給仕がやってきた。
「お連れの方々がお呼びです」
「あいあい。みなさん、ちょっと中座します」
たぶんツィーヌがアレンカのことをまたドングリ呼ばわりしたとかそんなとこかなと思っていたが、すぐ外にいたのは国王アイニアスだった。
「ああ。来栖さん。すみません。呼び出したのはわたしです」
「ああ。ども」
ついさっき、この王さまに対する造反計画に参加していたのだ。
心臓に悪い。
「帆走地上艦の代金を支払いに来ました」
国王付きの屈強な召使いが金貨四百枚入った袋を手押し車に載せていた。
「あー。わざわざ? 王さまが? あ、でも、毎度ありがとうございます」
「いえいえ。あと――いまはまだ会議室には戻らないほうがいいですよ」
次の瞬間、扉越しに凄まじい銃声がして、骨までビリビリ震えた。
ドアを開けると、まず硝煙と血のにおいにむせた。
会議室のディーラーたちは皆殺しにされていた。
円錐戦車のツケが十台分貯めてある商人は下顎の残骸から無傷の舌が五十センチ以上伸びきっていて、〈大砲王〉は両肘から先がちぎれてなくなり、裂けた腹から内臓が現在進行中で流れ出している。
このなかで顔役と見られたお誕生日席の長老は何十発と銃弾を食らって、食い残しのミートパイみたいになって壁に飛び散っていた。
見れば、音楽隊のための回廊に銃兵が百名以上集まっている。
賭けてもいいが、あいつらが持っている銃はここでミートパイになった連中が売ったものだ。
しかし、イスラントが一生分の泡を吹くであろう残酷なシーンだが、自分でも驚いたことに吐き気がしなかった。
「僕があなたを殺さなかった理由は、それですよ」
アイニアスはにっこり笑った。
――†――†――†――
宿に帰ってからきいてみたのだが、ディーラーたちが虐殺されたのにガールズたちが動かなかったのは、アイニアスの狙いがおれではないと分かっていたからだそうな。
「きみたちが冷静に物事を判断できて、とてもうれしい。昨日、最後のケーキのひと切れをめぐって『ゴツッ! 美少女だらけの頭突き大会! 失神もあるよ!』を開催していたのが嘘のようだ」
「まあ、アサシンだからね。状況判断力には自信があるつもりだよ。で、あのいかれた王さまはいつ殺す?」
「いや、その前にやることがある。王さまに約束したんだよ。最終兵器を売ってやるって」
おれは書き物机に羊皮紙を置くと、鵞鳥の羽根の先を切って、インクに浸し、宛名にこう書いた。
――ウェティアとフェリスへ。




