第二十二話 ラケッティア、幼女のためにすっからかん。
「なんで、金目のものが全然ないんだ?」
「ミミちゃんの最終幼女戦争に供出させられた。具体的に言えば、あの水浸しの古城の難民対策だ。もう三万人くらいいるんじゃないかな?」
寝巻のおれと怪盗装束のクリストフ。
午前二時です。
「眠ぃいだよ、ウガー!」
「……カネ置いていこうか?」
「怪盗の情けを受けるほど困ってないわい。食い物とかツケができるまで顔は売れてるし、帆走地上艦を売ったカネが明日にも入る予定だ。それより、戦争成金どもからのカツアゲはうまく言ってるか?」
「あんたもその戦争成金のひとりなんだぜ」
「税金対策で売上全額寄付しちまったぜ。ハハッ!」
「それで全体的にはどんな感じなんだ?」
「さっきモレッティの悪夢通信に行ってたんだけど、クレオとイスラントが殺されかけた。原因は空の船。〈将軍〉の浅慮。ひょっとすると、秘密警察とトラブってるかもしれん。ちなみにやつらはいま、どこかの森のなかで寝てる。まあ、明日までにはヤサに帰るだろう。それと……かなり馬鹿げた話があるんだけど」
「なんだ?」
「この戦争、勝つことも負けることもできない。というのも――」
かくかくしかじか。まるまるうまうま。
「ひどいもんだな」
「怪盗クリスの腕の見せ所だな」
「何を盗めばいいのか、さっぱり分からん」
「おっそろしい話だよな。最初は人間の意志で始めた戦争に、いつのまにか首根っこつかまれて、振り回される。もう、誰も戦争を操ることができない。ここで起きてることは世界滅亡の試供品だ」
「ミミちゃん」
「まあ、そうだな。ミミちゃんは武器商人の誰にもツケてない。この戦争で唯一のフリーハンドを有している勢力だ」
「古城に行ってみたんだが、ミミちゃんが天使みたいになってた」
「やつの正体が変態ロリコン自販機であることは最高機密だ」
「でも、これがきっかけになって、ちょっとはまともになるんじゃないか?」
「わかってない。クリストフ。お前は変態というものが分かってない。やつの本性は変わらない。この戦争が終わったら、やつは幼女をペロペロする。死亡フラグをへし折ってな。しかし、そうなるとうちの王さまはちょっとヤバいな」
「あっちの王さまと何が違う?」
「きいてる限り、あっちの王さまは生きることに執着した強欲ジジイだが、こっちの王さまは罪悪感が見事に欠けたサイコパス小僧なんだよ。今日だって、火炎外套の追加注文を取りに行くとき、何を言ったと思う?」
――あの船、目障りですよね?
――はあ。
――撃墜できる兵器はないですか?
――いや、それは……攻撃したら、火薬樽が空から落ちてきますよ?
――そうですね。
――ボストンに落ちるんですよ?
――それが何か?
――おたくの首都が爆撃されるんですけど。
――なんだ、それだけで済むんですね。
「――って、言ったんだぜ。信じられるか?」
「で、撃墜兵器を都合するのか?」
「まさか。代わりに重さ三・六トンの巨大砲を売るつもりだ。あんまり重いから馬ならニ十頭、人間なら百人に引っぱらせないといけない。まあ、戦場まで運んだころには戦争が終わってらあ」
「死の商人ってマフィア的にはどうなんだ?」
「素人。カタギだよ、おれはいっぱしのワルでございって顔してるが、ただの商人だ。こないだ、サロンに行ったんだ。そうしたら、サロンに出す〈命の水〉が足りないって言うんだ。きいたら、似たようなサロンでもやっぱり足りなくて、何でかっていうと、税金が重すぎるんだよ。武器商人の大物が集まるサロンでもその有様なんだ。で、おれ、あちこちできいて、賄賂で抱き込める税関関係の役人をリストにしたんだけど、他の武器商人はおれがしてることをポカンとして、何か変なことしてるなくらいの目でしか見てないんだ。あのサロンの武器商人は火薬をツマミに酒を飲む。だから、舌が馬鹿になってるから、ひと晩蒸留のコーンウィスキーにカラメル垂らした粗悪品でも気づかない。こんな金脈が転がってるのに誰もそれに気づかないんだ。言っておくがこれは育てば、なかなかの実入りになるんだ。釣り餌も同じだ。飢えに追い詰められた住民たちに新鮮な小エビはバカ売れだ。池に卵をぶち込んでやれば、一か月で小エビがウジャウジャする。そのウジャウジャをあちこちの川が流れている都市で売れば、池ひとつ一度に金貨百枚だ。魚を売ると税金がかかるが、釣り餌にまでは気がまわっていない。他の武器商人がツケを徴税権やら関税やらで回収したがっているそばで小エビが売れる。武器商人なんて、ストロング缶売ったり、リボ払い勧めるカード会社とどっこいどっこいだ。マフィアには程遠い。ただ、明日、ちょっとしたイベントが待ってる」
「イベント?」
「これは半分が国王、もう半分はお前ちゃんのせいでもある。手持ちの現金に不安が出てきた武器商人たちが談合して、ツケを返すまで武器を売らないと宣言を出そうとしてる」
「だが、そんなことすれば、セブニアには戦争に勝つチャンスをくれてやるようなものだ」
「それは、さっき言った話で、セブニアは勝利すると自分たちが困る。ただ、これは微妙なバランスの上にある話だ。もちろん、〈将軍〉もやってくる。ちょっと挨拶してやろう」
「そいつがクレオたちを襲ったんじゃないのか?」
「かもしれん。こっちもガールズたちを連れていくから、そうそう馬鹿な真似はしないだろ」
「それが来栖ミツルとかわした最後の言葉になったのだった――完」
「完とか言うな。とりあえず、おれのほうは大丈夫だ。そっちは構わず世直しを続けてくれ」




