第十八話 弐号社畜、武器の島。
「やられたな」
「ああ、やられたようだねえ」
イスラントとクレオが交渉に交渉を重ねた末に何とか引き出したドラゴン戦車の売上金貨千枚はセヴォニアのスラム街にばら撒かれ、ふたりに残ったのは、怪盗クリスの予告カードだけだった。
「予告状に気づかなかったのか?」
「ククッ、気づかなかったよ」
ふたりの部屋の床板金庫を開けてみたが、そこに入れてある金貨五十枚のうち四十五枚が盗まれていた。
「まあ、食費は置いていってくれたらしい」
ここ最近、怪盗クリスがボストンとセヴォニアの武器商人を相手に盗みを働いているというのはきいていたが、ついに自分たちのもとにもやってきた。
ただ、彼らの売上は古城の幼女たちのための食料や衣服に使われている。
購入の手間を省くつもりか、金貨の袋のかわりに、氷砂糖と卵たっぷりのビスケット、それに毛布が大量に残っていた。
「まあ、いいさ。売り物はまだあるんだ。クックック」
「昨日、あの変な部屋に呼び出されたときにきいたのだが――」
「うん?」
「ミミちゃんが覚醒したそうだ」
「彼女、いつも覚醒ってるようだけど」
「今回は違う。幼女のために戦争を終わらせると言っている。もう、ノヴァ=クリスタルの戦地に向かっているらしい」
「Tポイントはどうするんだい?」
「稼ぎにくくなるが、ヴォンモを姉か母のように慕う幼女たちから取ることはできるらしい」
「クックック、それは面白くなってきたねえ。あの自販機、何気に重武装だからねえ」
「厄介事が増えた気がする。まあ、実際に戦場にいるトキマルやシャンガレオンほどではないが」
そのとき、クソッ、なんということだ!というバジル卿の声がきこえた。
彼の書斎に行ってみると、本棚の隠し金庫、床下の隠し金庫、彫像の隠し金庫が全部破られて、なかのものが盗まれていた。
「全部盗まれた! 怪盗クリスめ!」
ぶつぶつ言いながら、バジル卿はメイドが持った旅行用の外套に袖を通している。
「どこに出かけるのか?」
「現役復帰せねばならない。アーセナル島に行く。いい機会だ。きみたちもきたまえ」
――†――†――†――
アーセナル島はセブニア王国の北、やや凍える風が吹いている海に浮かんでいた。
この島は島ぐるみで兵器をつくり、卸売りをしている。
島に到着するまでの二日間、メイドのミティエルに至れり尽くせり面倒を見てもらいながら、たどり着いた島は兵器だらけ――港が軍艦、空に飛空挺、斜面には刀剣鍛冶や火器工房の煙が幾百筋と昇り、絶えずどこかで試し撃ちの銃声が鳴っていた。
一行の乗ったスクーナー船が桟橋にたどり着くと、ぼろきれを詰め込んだ木靴を履いた子どもたちが、ガッタガタっと寄ってきて、
「ナイフ買わないかい?」
「旦那、爆弾、買っておくれよ」
未来の死の商人の群れをかき分けると、武器屋や防具屋が観光地の土産屋のように並ぶ通りに出た。
手を覆う籠手と刀身が一体化した剣、艶光る黒紅樹の銃床、角編み鎖のシャツ。
弾丸を入れた袋が野ざらしのテーブルに並んでいて、樫材の起重機が鋲を打った砲架にゆっくりと青銅の砲身が降ろしている。
なかをくり抜いたカボチャの兜の独占販売権に絡む入札が午後五時にあることを公示人が高い声で知らせ、試し撃ち用の頑丈な城壁はありとあらゆる兵器の発射によって穴あきチーズみたいになっていた。
バジル卿はここにいるみなと知り合いで、商売の規模や扱う兵器に関係なく、みなが挨拶をし、握手をし、儲けられそうな戦争はないかと二、三言葉を交わした。
イスラントとクレオが歩いていると、買わないかという誘いよりも売らないかという誘いのほうが多かった。
「いい剣だな。その氷属性はなかなか付加できるものではない。金貨で百五十枚出そう」
「その肘に仕込んでいるのはショットガンか? 金貨三十枚でどうだ?」
ふたりの商売道具を引っぺがそうとする商人たちの手から逃れようとして足を急ぎ、着いたのはタイルと刈り込んだ植物と、火縄銃と弩砲がずらりと並んだ幾何学的な庭園だった。
「どこだ、ここは?」
「アーセナル候の屋敷だ」
「アーセナル候?」
「この島を治める支配者だ。引退するとき、彼女に、というより先代アーセナル候に預けたものがある。それをセブニアかボストニアに売りつける」
白亜の館では三千頭の軍馬の購入に関する契約書が作られている最中でどこかの王国の騎兵元帥が謀反に使うとのこと。
他人の商売にあれこれ口は挟まないのが兵器商第一の鉄則。
バジル卿がアーセナル候の執務室に通ったとき、侯爵は羊皮紙に書かれた法令について目を通して、署名と指輪印をするところだった。
「バジル卿。久しいな」
「最後にあったとき、きみはまだ十三歳だった」
「いまはこのとおり」
侯爵は金髪のかかる肩をすくめた。武器売買の島の美人侯爵というのは人によっては踏んでもらいたい気持ちが抑えきれないらしいが、幸い、この場にいる誰も踏んでもらいたいとは思わなかったらしい。
「すっかり政務の虫になった。いま、書いているのは火炎外套に関する許可制度の法令だ。火炎外套のことは?」
「まあ、きいている」
イスラントとクレオはそれについて、きいているなんてものではないが、黙っていた。
「最近、ボストニアで使われ始めた。魔法の素養のない人間が自由に炎を操れると評判だ」
「それで兵器商や錬金術士の工房で同じものを製造しようとしている。それなりに腕があるなら、構わないが、技術もない駆け出しの職人がこれをつくると、いつ爆発するか分からないひどく不安定な兵器になる。兵器というより、人災だ」
「戦争そのものが人災だ」
「ずいぶん感傷的になったものだな」
「人間は災害を換金する術を持っている」
「それで、バジル卿。今日は何を? 後ろのふたりは暗殺者らしいが、わたしの命が欲しくてやってきたわけではないだろう?」
「きみたちは暗殺者なのか?」
「気づいてなかったのか?」
「ただ殺気が濃いだけだと思っていた。で、きみらは侯爵を殺しに来たのか?」
「そうだよ、って言ったら?」
「侯爵が他殺されたら、三分後にこの島が吹き飛ぶよう、命令が行き渡っている」
「じゃあ、今の僕らは兵器商の卵さ。ククク」
侯爵も笑った。
「それが賢明だ。毎日が政令や嘆願書に目を通す日々だが、それでもこの命、ぽんと投げ出せるものではない」
「世界じゅうの人間を一度殺して、蘇生させて、また殺せるくらいの兵器を扱っているのに?」
「信じられないかもしれないが、この世界には罪悪感を抱えながら成功できる兵器商がいる」
「もちろん、それはわたしのことではない。それで本題に入ろう。預けたものを取りに来た」
「好きにするといい。乗組員付きでお返しする」
侯爵が指をパチンと弾くと、まず庭園がふたつに分かれた。
巨大な地下ドックからあらわれたのは空中戦列艦だった。六十門以上の砲と三基のプロペラ、対地攻撃火砲、そして、敵艦の腹をぶち破るために装備された鋼鉄の衝角。
イスラントとクレオもこの巨大な空中兵器には口が開きっぱなしになったが、それもそのはずで、この艇にはふたりが生涯殺して殺して殺しまくっても敵わないほどの兵器が揃っていたのだ。




