第九話 弐号社畜、母は強し。
兵器売買の世界は強い武器を売るのではなく、望まれる兵器を売るのがコツだ。
弓兵を編成したい相手に馬用の鎧を売ろうとするのは馬鹿のすることなのだ。
しかし、売り込みが相手のニーズを変えることがあるのも事実だ。
兵器商は相手のニーズに合わせて売るのは間違いないが、営業手腕でそのニーズを書き換えることができるのは頭の片隅に置いてもよい。
そして、野戦調理車。
シェフのおまかせ、と言ったら、十五台送られてきた。
ひとつ百人分のシチューをつくることができる鍋がふたつ、煙突が一本、馬で曳けるように車輪が二本。
そして窯は『絶対に開けるな!』という注意書きが燃え上がるしゃれこうべのイラストと一緒に蓋に殴り書きされていた。
「なかに炎の魔獣が封じ込めてあるらしい。ククク」
「どうやって火力を調整するんだね?」
「蹴飛ばせばいい。一発蹴飛ばせば弱火、二発で中火、三発で強火。薪や石炭を使わないから燃料費がかからない。火はほっとけば弱まる。いざとなったら、これを投石機に乗せて敵にぶつければいい。魔獣が解放されて、ちょっとした焼夷兵器になる」
「温かいシチューは兵士の士気を上げる。これについて、貴殿はどう思う?」
意見を求められたので、バジル卿がざっくばらんに言った。
「アイディアはいい。悪いのは国王や貴族どもだ。顧客をこんなふうにけなすのは商人としてあるまじきだが、彼らは最前線の兵士が飢え死にすることにこれっぽっちの注意も払わない」
「ククク。まあ、そうなるよね」
「では、気にしてくれる王が即位するまで暗殺を繰り返すか。かなり難しいが、ふたりがかりで行けば、あるいは――」
バジル卿は、違う違うと首をふった。
「きみたちはアサシンじゃない。兵器商だ。いいかね? ニーズは塗り替えることができる。この国の貴族はクズばかりだが、それなりに立派なのもいる。若い貴族たちだ。高貴な義務の狂信者たち。彼らは前線指揮官として兵士たちと肩を並べて戦っている」
「それで?」
「考えてみなさい。ヒント、母は強し」
「母? そうか、貴族の母を人質にして野戦調理車の購入を促すのだな」
「イスラント。きみはジャックがいると冷静であろうと頑張るだけど、いないと、なかなか力攻めに頼るねえ」
「では、クレオ。そっちは何か思いついたのか?」
「もうちょっとヒントが欲しいね。ククク」
「よかろう。ヒントというよりはこたえだが」
バジル卿は間違えて届けられた複数の手紙を取り出して、クレオとイスラントに渡した。
――†――†――†――
ラドルナ侯爵夫人のもとにふたりの若者がやってきた。
ひとりは痩せた赤毛、もうひとりはひんやりとした銀髪。
「間違えて、ご子息の手紙が届きましたので、お届けに参りました」
召使いはその手紙を受け取り、手紙は侯爵夫人の手に渡った。
送り主は最前線で戦っているひとり息子のカルロと知り、侯爵夫人は貴族として許される範囲でのがっつきで手紙を封筒から取り出し、読んだ。
『愛する父上さま、母上さま』で始まった手紙は戦場の凄惨さ、不便さ、戦争によってかぶる苦しみの不公平、そして特に食料の不足と粗末さが兵の士気を下げていることを書いていた。
『いまのところはまだ生きていますが、誰にも明日のことは分かりません。死に瀕したわたしと部下たちの望みはせめて最後には温かいシチューを食べて死にたい。これに尽きます』
読み終わるころには侯爵夫人が落とした涙で手紙はぐちゃぐちゃになっていた。
かわいそうなカルロの運命に頭がおかしくなりそうになったとき、侯爵夫人の目は窓の外、もくもくと上がる白い煙と百人分のシチューを煮る野戦調理車が目に入った。
同じことをシェンケヴ伯爵夫人、ロレティア伯爵夫人、ミレンパレツァ子爵婦人、コルノー公爵夫人に対して、行った。
みな、早速、調理車を一台買ってくれたし、彼女たちは急遽『兵士たちの母の会』なるものを開いて、もっと野戦調理車を買い、そのための食材を届ける補給部隊の結成を宮廷で声高々に叫んで、国王を揺さぶった。
戦場に運ばれた野戦調理車は〈シチュー要塞〉の通り名で兵士たちの士気を大いに上げることになる。
――†――†――†――
「一台金貨四十枚。それが十台売れたから四百枚。最初のセールスとしては悪くない」
バジル卿はうんうんとうなずいた。
「売るものは兵器ばかりではない。なかなかの視点だったよ」
「ククク。お褒めにあずかり光栄さ」
本当は商品の決定を悪魔に丸投げしたのだが、それは言わなくてもよさそうだ。
「それで、先ほど国王陛下から使いがやってきた。きみたちに会いたいそうだ」
「具体的には何の用だ?」
「乞食だよ」
「は?」
「愛国心を兵器の形で示してほしいらしい。つまりはきみたちが見せびらかしたドラゴン戦車をタダでよこせと言ってきた。どうするかはきみたちで決めたまえ」




