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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ボストニア=セブニア二重王国 マッチ・ポンプ・セールス編
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第八話 戦場社畜、歩くハムエッグ。

 震雷筒の竹串を引き抜いて、木製ハッチに放り込み、装甲を滑って、ジャンプ。

 受け身を取って、転がり、小口径火砲が逃げる自分を狙うときに感じる嫌な気配を振り払って、瓦礫のあいだの細い道に飛び込んだ。


 そのとき、ハッチから親衛隊車長があらわれて、しゅうしゅう煙を吐く震雷筒を投げ捨てようとしたとき、シャンガレオンが放った弾丸が車長の手首を撃ち抜いた。手は震雷筒を握ったまま、戦車のなか――砲弾と火薬を収めた箱の上に落ちた。


 地獄の業火が地表にバケーションを取りにやってきたみたいな凄まじい爆発が円錐戦車をバラバラに吹き飛ばす。


 黒煙が赤く燃えながら、ノヴァ=クリスタルの空に上る。

 この空は季節も時刻も天気も関係なく、ずっと黒い。雨が降れば、煤まじりの水が降ってくるし、晴れると、雲の下で燃える赤い影が嫌に大きく脹らんで見える。


 トキマルは立ち上がり、忍び装束についた土を叩いて落としながら、ここから百メートル離れたところにある瓦礫へ親指を立てる。


 カンパニーの旗をつけた円錐戦車を潰したのもこれで四両目。


「できるわけないと思ったけど、なんだかんだで生きてるのが不思議」


 あらかじめ決めておいた地点でシャンガレオンと合流する。

 シャンガレオンはトキマル相手に愛銃シャーリーンを戦場の女神と呼び、あの親衛隊長はシャーリーンに撃たれて手首がちぎれたことを光栄に思うべきだと何度も何度も繰り返した。


「勘弁してよ」


「僕とシャーリーンに狙われたら、バン! それでおしまいなんだぜ。戦士に死をもたらす美しき死神。すげえ。そういう神さま、アズマにはいねえのか?」


「軍神なら腐るほどいるけど」


「軍神も悪くないな。でも、まあ、シャーリーンにきいてみないとな」


 そう言って、シャンガレオンはシャーリーンの銃口に耳を寄せて、うんうんとうなずいた。

 トキマルは、お願いだから、それが冗談でありますように、と祈る。


「美しき死神のほうがいいってよ」


「あっそ」


「ま、へこむなよ」


「どーでも」


 この市街戦の舞台にはトキマルたちがやってくる前に撃破されたらしい円錐戦車の残骸がいくつかある。

 戦車は高価でそうポンポン戦場に投入できないらしい。というのも、戦車はたいてい国王の親衛隊に配備される。一般兵にその手のいい武器が配備されているのは見たことがない。


 最新の兵器はみな国王親衛隊に配備されている。

 ボストニア、セブニアともに親衛隊は国王に絶対忠誠を誓っていて、自分たちはエリート部隊なのだという自覚が強い。


 彼らが特別なのは武器だけではなく、食料の配給でも優先される。この地獄の戦場で本物のコーヒーを飲めるのも彼らだけである(最近、トキマルはクリストフの真似事をして、親衛隊の食料庫に忍び込み、パンと米とソーセージを盗んでいる)。


 親衛隊は一般兵をなめていて、ことあるごとに馬鹿にしていた。

 シャンガレオンはスコープ越しに、親衛隊員が一般兵相手にソーセージ一本やるから、犬の真似をしろと命令していたのを見たことがある。


 そして、何とも皮肉なことだが、シャンガレオンは偵察に出たとき、醜い切株が残った並木道でその親衛隊員がケガをして転がっているところに、犬の真似をした一般兵が通りかかったのに出くわした。


「おい、お前、助けろ」


 シャンガレオンは軍にいたことがあったから分かるのだが、怪我をして転がっているときは少し態度を抑えないと大変なことになる。ましてや、相手はソーセージ一本のために三回まわってワンをさせた一般兵である。

 しかも、その親衛隊員はソーセージを水たまりに落として、拾わせた。


 そんな相手に横柄な態度をとる、しかも自分は負傷していて、他に目撃者がいない。

 これは実に勇気ある行為だった。


 というのも、その一般兵は肩に担っていた斧槍をそばの黒焦げの壁に立てかけると、そばに落ちていた大きな石を両手でかかえて、親衛隊員の頭に叩きつけたからだ、


 蛮勇である。


 一般兵は死体をまさぐって、煙草と長靴を剥ぐと、何もなかったようにそのまま歩いていった。


 一般兵は横柄な物言いをされたときも、親衛隊員の頭を潰したときも、感情らしいものをまったく見せなかった。目はなんだか遠くを見ているようだった。


 ここには国王の子分を平気で殺せる疲れた兵士と傲慢横柄な親衛隊、そして兵器がある。


 その兵器ひとつにつき、ひとりの成金がいて、利益を出している。


「これに怒らないのが不思議だな。なあ、シャーリーン?」


「もう考えるのも面倒なんじゃないの?」


「それもありえるな。このクソッタレな世界で正気なのは僕らだけだ。なにせ僕らはよ、金銭的利益ってやつのために戦ってる。商売敵を潰すってのは理性のある行為だろ?」


「ここ、一般兵も親衛隊も頭がおかしい。別方向に」


「理性をひとり占めってのはいいもんだ」


「どーでも」


     ――†――†――†――


 そこは戦前、小さな料理屋の小さな庭園で地元の商人たちが商談をしたり、恋人たちが一緒にケーキを食べたりする場所だった。


 いまでは焦げた木材と瓦礫の山があるだけで、料理屋を思い出させるのは鍋がはまった調理台だけだった。


 トキマルたちが帰ったとき、シップはその厨房の残骸で合成金属のアームでフライパンを持ち、火炎放射機能を最小限に絞って、ハムエッグを焼いていた。


「おかえりなさい。そこに焼きおにぎりがありますよ」


 焼きおにぎりにハムエッグという、ちょっと不思議な組み合わせだが、戦場では贅沢を言えない。


「いいものを見つけたんです。ほら」


 そういってシップが広げたのは赤と白のチェックのテーブルシートだった。


 彼らの生活拠点には瓦礫の街のあちこちから集めた家具があり、テーブルは公証人事務所のどっしりとしたもので、椅子は小さな樽、真っ黒こげの材木を組み合わせたベッド、錐で穴を開けたシャワー用のバケツとそれを吊るすためのクマの頭の剥製は大きな顎をしている。もちろん、トキマルの寝床はハンモックで、これは持ち込みの品だった。


 そこには戦場にぶち込まれても快適に暮らそうとする決意と工夫があった。

 熱いハムエッグと焼きおにぎりもその決意に含まれている。


 早速、トキマルとシャンガレオンは焼きおにぎりにがっつく。


 パエリヤなんかに使う米なので、少しぽろっとしているが、空腹には染み渡るように利いた。


「あ、ちゃんといただきますを言わないとダメですよ」


「いふぁらひまふ」


 シップは、もう、と言いながらも、つくったものを夢中になって食べてもらうのにまんざらでもない。


 しかし、そうやって目をそらしたら、露台においてあったハムエッグがフライパンごと消えていた。


「あれ?」


「どうした?」


「ハムエッグが消えてしまいました」


「んなアホな。ハムエッグに足が生えたわけでもないだろ」


「でも、足跡があるんです。ほら」


 どれどれ、と見てみると、確かに小さな足跡がある。

 使用した卵八個、厚切りハム十枚の傑作ハムエッグがフライパンと駆け落ち――ロリコンの自販機がいるのだから、それもあり得る話だ。


「いやいやいや。これ、どー見ても盗まれてるよ」


「じゃあ、ぐずぐずしてる場合じゃねえ。全部食われちまう前に盗人野郎をとっつかまえてやろうぜ」


 くんくん、とトキマルが鼻を利かせる。

 圧倒的に優勢な血と鉄と火と塵のにおいのなかにかすかににおうハムの香り。


 炎や瓦礫で道が通れなかったり、兵隊がうろついていたりで、多少の遠回りをしたが、トキマルの嗅覚でにおいをたどっていくうちに古い教会にたどりついた。


 教会は屋根が抜けていて、正面は大砲で穴だらけ、精霊の女神像はあらゆる飛び道具によって冒涜的に砕かれてガーゴイルみたいになっている。


「見ろよ、これ。信仰なんて下痢止めほどにもありがたがられねえ、いい例だな」


「どーでも」


 教会のなかは荒れ果てて、長椅子は焚き木に使われたのか、きれいになくなっている。


 においは祭壇で切れていた。


 裏側にまわって、よく見ると、地下に通じる戸板がある。


「どっちかの兵隊がいるんじゃねえか?」


「じゃあ、吹っ飛ばしてみる?」


 トキマルが震雷筒を取り出して、それを放り込もうと、戸板に手をかけたとき、


「待ってください!」


 シップが切羽詰まった様子でトキマルを止め、戸板をアームでつかんで、そっと持ち上げた。


 小さな地下室の暗がりに光るもの――涙目で震える幼い少女が八人。


「ごめんなさい」


 それに空っぽになったフライパン。

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[一言] シャンガレオンくん そろそろ髪切ろうな
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