第七話 ラケッティア、地回りのおばちゃん。
真鍮のナックル部分を見ると、柄頭にレイク鋼の小さな円錐が取り付けられているのが見える。
これはスカルクラッシャーと言って、スカルをクラッシュするためにある。
つまり、頭蓋骨をこれでどつけば、割れてへこむ。
もちろん頭蓋以外の骨を狙ってもいいし、そもそも骨がない部位、つまりタマキンを殴って割ってもいい。
これ一本を見ていると、戦争というのはいかにして敵の体のなかに金属をぶち込むかの試行錯誤なんだなって改めて思う。
さらにモレッティとフレイはこれにプレミア感を出すために、ひとつひとつをビロードの内張をした平らな箱に入れてくれた。
「さすがに全部運ぶのは無理だな。ひとつ、サンプルとして持っていって、残りはここに置いて、取引する」
「じゃあ、誰かがひとり、ここに残って、商品の見張りをしないといけないのです。アレンカはツィーヌを見張りに推薦するのです」
「じゃあ、わたしはマリスを推薦する」
「ボクはジルヴァを推薦するよ」
「……アレンカ」
「と、いうことは……」
「マスターは誰を推薦するの?」
「あー」
これは。
誰かひとりにお留守番を申しつけないといけなくなってしまった。
現在、それぞれがお互いに留守番を擦り付け合い、四つの勢力がにらみ合いを利かせ動きが取れなくなっている。
だから、おれがこの均衡を破って決めるのだ。
誰がお留守番をするのか。
これを権力と見るか、誰を選んでも残り三人から半殺しの目に合う損な役割と見るかはその人間の真理に対する態度によって変わる。
もちろん、取るべき選択肢もまた変わる。
「えーと、じゃあ」
「じゃあ?」
「おれは――おれを推薦するよ」
それはつまり立候補とガールズが気づいたのは、どこか納得のいっていない顔をしたガールズたちをおれがハンカチ振って見送ってから三十分後のことだった。
――†――†――†――
ガールズが客を連れて、宿にやってくるころには、おれのほうも何とかデモンストレーション用の頭蓋骨を調達し終わったところだった。
「あれ、誰?」
連れてこられたのは例の眼帯の男ではなく、小柄なおばさんだった。
大きな白い袋みたいな帽子が横に垂れてて、髪は赤毛だが、クレオみたいな真っ赤じゃなくて、明るいカラメルの赤。
羊飼いが使う杖を持っているが、羊どころか鶏一羽だって飼っているようには見えない。
また、ダンジョンで生計を立てている魔法使いにも見えない。
かといって、その姿を見ているだけでおばちゃんのシチューの味を共感覚しそうなカタギでもない。
もちろん、彼女は死の商人、クレオ曰く、兵器商なのだろう。
だが、ざっと見た目には兵器商にも見えない。ふんわりと垂れた帽子と羊飼い風の杖が似合わない。
占い師にも見えないし、さすらいのギャンブラーにも見えないし、専制君主にも見えないし、メイド長にも見えないし、火吹き芸人にも見えないし、巡礼にも見えない。
こうして見えない見えないと消去法の結果残ったのが――マフィアである。
――†――†――†――
ドン・なになにというのは男性向けの敬称だ。
本当は〈紳士〉の敬称だが、偉そうな人間全員の名前に勝手につけて呼ぶこともある。
ドン・ヴィンチェンゾ然り。
女性版はドーニャである。
だから、彼女の名前を尊敬の念と一緒に呼ぶときはドーニャ・フランシスカと呼ぶのがいい。
「いやあ、こんな戦時中でも、〈商会〉っているんすね」
「細々とだけで、何とかやっていける」
「表で待ってる屈強な男たち二十人からすると、細々、なんて規模じゃないと思うけど」
「あんたのアサシン、このナイフと同じものが一万本あるって吹聴してたんだよ」
あいつら、なにしてくれとん?
「誇大広告も戦略のひとつっすよ」
「違いない」
たぶんだけど、この人は武器を売ったときの一割のショバ代を払ってないな。
というより、ショバ代を取る立場かもしれない。
そんな疑問に気づいたのか、ドーニャ・フランシスカは自嘲気味に、
「表で待ってる連中のうち、わたしの身内は三人だけさ。セニョール・クルス。いい時代には子分が五十人いたけど、みんな戦争にとられちまったのさ。いまはどこで何をしてるのやら。こっちはシノギを潰されて、いまじゃ鉄の棍棒を買ったり売ったりしてる。で、交渉だけど、まあ、他の連中はいまいち分かってないようだけど、わたしはあんたが何者か知ってる。だから、それに敬意を表して、百本で金貨十六枚。一本銀貨十枚で買って、金貨換算のときの半端を切り捨てる」
金貨0・六六六六六……枚は大量仕入れで割引。
「じゃあ、それで」
悪い値段じゃない。
使われている金属の量を考えると、トレンチナイフはロングソードよりもずっと少ない。
それで二倍の値段だ。
たぶんカラヴァルヴァで売れば、トレンチナイフはそのくらいの値段になる。
(後で知ったのだが、ちょうどこのとき国王軍は弓兵部隊を新たに雇っていて、万が一の近接戦闘に使う重すぎず弱すぎない武器を探しているところだった。トレンチナイフはニーズに合致して、ドーニャ・フランシスカは一本銀貨四十枚で売った。仕入れ値の四倍? まあ、おれはまだ駆け出しだし、ドーニャ・フランシスカだって聖女じゃない。それに国王軍からの払いは半分が現金で、半分はツケだ)
「ところで、試しに使ってみなくていいのかい?」
おれは椅子の上に置いた頭蓋骨を指した。
「いいよ。それと同じ砂糖菓子を姪っ子の誕生日に買ってやったのさ。変わった子でね。骸骨が好きでたまらないんだよ。将来は葬儀屋になるってさ。戦争前のことで、そのときはひとつ銀貨三枚だった。いくらで手に入れた?」
「白銀貨一枚。配給切符を持ってないから」
「どうして戦争が起きると砂糖の値段が馬鹿みたいに上がるのか。わたしにはさっぱり分からないね。切符なしでちゃんと白い砂糖が欲しくなったら、わたしに言いな。少なくともその骸骨よりはいい値段で出せるよ」
――†――†――†――
「配給切符。エルネストが狂喜乱舞する悩殺ワードだな」
切符なしのちゃんと白い砂糖と切符なしの砂利が混ざっていない小麦粉と錬金術士が錯乱と試行錯誤の末に作り上げた代用卵を使って、ケーキをガールズのために焼く。
「ねえ、マスター。このケーキ、ひとつつくるためにどのくらいかかるの?」
「金貨二枚は確実にかかってる」
「高っ」
「海軍中佐のウイスキーボンボンだな」
「なに、それ?」
「何でもない。しかし、戦時中の国にマフィアか。マフィアは大戦中、砂糖やガソリンの配給切符を違法に手に入れて大儲けしたって話だよな。シチリアのマフィアたちは第一次世界大戦のとき、病気の家畜を軍に売って、やっぱり大儲けした」
「マフィアって武器は売らないの?」
「むしろ買う側。それも派手な銃を買うわけではない。だいたい買うのは銃器メーカーの工場のラインから抜いた、何の記録も残ってないから足がつかない銃を二丁か三丁。売る側にならないのは自分の関わった銃が何に使われるのか分からないというリスクを負いたくないからだろう。もし、マフィアが誰かに自動小銃を売って、そいつが学校で乱射騒ぎを起こしたりしたら、麻薬取締局の前で全身にヘロインを塗りつけてバカ殿さまみたいに真っ白になって裸踊りをするよりもヤバいトラブルが待ってる」
「じゃあ、あんまり気が乗らない?」
「いやいや。ボードウォーク・エンパイアではナッキー・トンプソンがアイルランド独立派にトンプソン機関銃を横流しして、代わりに極上のアイリッシュ・ウイスキーを密輸する協定を結んでた。禁酒法時代はいろんなことが緩かった。それに映画あるあるだけど、麻薬カルテルとかリベリアの独裁者とか相手に最新兵器の性能を暗記したのをペラペラしゃべってみるシチュには前々から興味がある。まあ、見てなって。いずれ、デカい売り物を押しつけてやるから」
おれは砂糖の頭蓋骨に歯を立てた。
おやつを食べ終わると、外の通りが騒がしい。
美少女連れて物見遊山。
ハングド・マン通りに出ると、平べったい円錐型の戦車が十台、城門へとゆっくり走っている。
この戦車は上から見ると真ん丸、大砲が八本八方向に取りつけられてあって、どこから攻められても発射できる優れもの、ということになっていた。
その円錐型の屋根にはボストニア国旗と一緒にカンパニーの社旗もつけてある。
JIS規格のマークみたいなもので、品質保証か何かのつもりだろう。
「カンパニーがまた王さまに戦車を売ったな」
「しかも、今度は十台だ。セブニアもこれで降伏するぜ」
「ノヴァ=クリスタルを占領できるかな?」
「乗ってるのは親衛隊の連中だ」
カンパニー。
こっちがトレンチナイフを百本売っているあいだに戦車を十台か。
「ねえ、マスター。わたしたちも戦車を売ろうよ」
「まだだな」
「どうして?」
「もし、おれが最初から戦車を十台売ってたら、ドーニャ・フランシスカには会えなかった。これから形成するであろうコネの数々とも出会えない。おれたちの商売、カネは大切だが、コネはもっと大切だ。まあ、カンパニーにはせっせと高価なおもちゃを売ってもらおう。トキマルとシャンガレオンとシップにぶち壊されることの決まってるおもちゃだけどな。ケッケッケ」




