第四話 ラケッティア、これはもう搾取ですよ。
小物どもの武器市場はハングド・マン通りから路地に入り、古い豪族屋敷の大きな中庭にある。
これを采配しているやつらがいて、売買の一割をショバ代にしていた。
石と木のアーチをくぐると、黒メガネをかけた男がいて、そいつに持ってきた武器の数を申告しないといけない。
「ロングソードが五本」
「そっちの女どもの武器は?」
「あれは売り物じゃない」
「申告しろ」
「――だそうだけど、申告する気ある?」
四人とも首をふった。
さらにアレンカが、
「ぷぷぷ。アサシンが自分の武器を全部教えたら、不意をついて暗殺できないのです」
「そう言われたら、ぐうの音もでないな。じゃ、そういうことで」
すると、黒メガネが手にしていた短い槍をおれに突きつけた。
「そんなこと言って、知らないところで売って、ショバ代ごまかす気だろ?」
「しないよ。こっちもそれなりに仁義は分かってるつもりだ。彼女たちの武器を売ることはないことを、いま、あんたの後ろから喉元にぴたりと当たっているナイフにかけて誓おう」
ジルヴァはアレンカがぷぷぷと笑い始めたあたりで、黒メガネの背後に立ち、その喉に触れるか否かの位置に短剣を突きつけていた。こいつ、全然、気づかなかった。さすが、クルス・ファミリーの隠密番長。
もちろん、普通に通りました。
これで顔パスだな、とは思うけど、下手に目立つのはどうなんだろう?
ツィーヌが、面倒だから、これからはアサシンウェアを着て、感情のない冷酷な暗殺部隊として、おれの後ろに控えればいいというが、
「それをやったら、きみらが売り物になっちゃうよ? 自分のまわりで意図せずオークションが開かれるのはあまり面白くないけど」
「でも、あれ、かっこよくて好きなんだけどなあ」
「まあ、死の商人として、えらくなったら、そうしてもらうつもりだから、まあ、いまはナチュラルな状態を楽しんでください」
「じゃあ、マスター、腕組みして?」
「はい?」
「それがナチュラルだもん」
「あ、ツィーヌずるい! ボクも!」
「アレンカも! アレンカもなのです!」
で、三人は左腕にしがみついてくれました。
利き腕は戦うときのために開けてくれるという優しさらしい。
ジルヴァはひとり右腕をぎゅっとした。
「……わたしが、マスターの利き腕になって、殺すから」
「あーっ、じゃあ、わたしも!」
「ボクも!」
こうして右腕オンリーハーレムという奇妙な状態が生まれた。
まあ、でも、ハーレムですよ。ハーレム。奇妙だろうが違法だろうが、ハーレムったもん勝ちですよ。
……左腕だけで手押し車押すのは至難の技だけど。
でも、それを彼女たちに悟られないよう頑張ります。だって、男の子だもん!
「兄ちゃん、またずいぶんとけったいなことになってるな」
前歯が欠けて、眼帯までしてるおっさんが寄ってきた。
おそらく胸毛までつながっているだろう顎ヒゲ。死人から剥いだらしいバフコートを着ているが――心臓の部分にレイピアが刺さった跡の穴――、カネのためなら、それ以上の不道徳もガシガシやってくつもりらしい意気や良し!
「そいつは売り物かい?」
Tポイント製ロングソードを親指で差す。両手の人差し指が根元から消えてなくなっていた。
「それは戦争?」
「へっ。右手は博打、左手は手を出しちゃいけない女に手を出した。左は腕からなくなってもおかしくなかったが、まあ、精霊の女神さまのご加護で指一本で済んだ。で、そいつは売り物かい?」
「売り物だけど、興味ある?」
「一本銀貨二枚」
「やっす。一本につき銀貨八枚」
「ちょっとヌかせてくれ」
「おいおい、レディの前で。そんなことすると、右腕がなくなっちゃうぜ」
「え?」
「え? ……あ、すいません。どうぞ」
おっさんは剣を抜いた。
懐に持っていたどんぐりを押しつけて、切れ味の平凡なことを知り、巻いたたこ糸で重さの平凡なことを知った。
その手際が鮮やかなので、
「おっちゃん、昔は結構大きく商売してた?」
「いや。おれは消費者だった」
剣を返しながら言った。
「騎士だよ。信じられねえだろ。銀貨二枚でどうだ?」
「七枚。これくらいはもらわないとやってられない」
「軸は曲がってないが、切れ味がよくない。切れ味のない剣は重量で敵の兜を叩き潰せないといかんがこいつは軽いな。銀貨四枚」
「銀貨五枚。これがダメなら他をあたる」
「ふーん。まあ、いいだろ。じゃあ、それで五本。――おいおいおい、手押し車は?」
「これは別売り」
「わかった。また何かあったら見せてくれ」
「どうやって、これからその剣が王国軍に持っていかれるんだ?」
「そんなこと教えるわけないだろ。じゃあな」
五かける五で銀貨二十五枚。1万2500円。一本につき2500円。
それが――。
「おい、ショバ代だ」
と、壁みたいにデカい男が――だが〈インターホン〉ほどではない――、売り上げの一割をピンハネする。
それが銀貨1250円。
つまり、ロングソードは五本が1万1250円。一本2250円。
やった。ぎりぎり観光地の木刀より高かったです。
いや、ふざけんなよ。
通常、ロングソードは一本で金貨一枚だ。
これは下っ端兵士に持たせるもので、名匠の手によるものならゼロの数が三つ四つとえげつなく増える。
「とは言っても、元手はヴォンモを尊いと思うその気持ちだけなんですけどね。いや、でも、滞在費とか考えると赤字なんですけどね。ところで、みんな。それは何だい?」
「これは手なのです」
「そのかわいらしい手につけてる金属のことをきいてるんだ」
「これはメリケンサックなのです。マスターの売る武器を安く買いたたこうとするお馬鹿をこれでぶちのめすのです」
「両方の手につけているのは?」
「大切なのはコンビネーションなのです」
「そりゃそうだな。四人とも買ったの?」
「買ったのです」
「両手のためにふたつ?」
「ふたつなのです」
「そのメリケンサックひとついくら?」
「ひとつ、銀貨五枚だったのです」
「アレンカに問題。(4×2)×5は?」
「40なのです」
「ご名答」
「アレンカは計算が得意なのです」
銀貨四十枚。
そして、本日の売上からショバ代を引いた額が銀貨二十二枚と銅貨五枚。
でも、昔の偉い人は言ってた。
計算が得意でカネ儲けも得意なんてやつは間違いなく詐欺師だって。




