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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ボストニア=セブニア二重王国 マッチ・ポンプ・セールス編
1284/1369

第一話 兵士、地獄と墓場。

 そこは兵器の墓場だった。


 カロニカ通りには円錐戦車の吹き飛んだ跡が、リジョス広場には放棄された黒焦げの投石機トレバシェットが墓標のごとく並び、飛空挺の燃え殻が腹を教会の尖塔にえぐられている。

 焦げつく煉瓦のにおいは煉瓦でつくられたゴーレムが燃えるにおいだ。


 いまもどこかで兵器や魔法生物が焼かれ、人間が焼かれている。


 市街地の南にボストニア王国騎士団混成第十中隊の防御陣地があった。

 砲弾が爆発してつくった穴を塹壕でつなげたデコボコの陣地には火縄銃やクロスボウ、槍、弓、両手持ちの斧、剣、それに一門の小さな火砲があり、食料と水は二日分ある計算だが、何度ビスケットの枚数を数えても、二日はおろかオヤツにもなりはしなかった。


 ブランデーは一滴もない。


 体ごとブランデーの樽に浸かる夢から覚めた騎士アルニウスは低い天井にぶつからないよう控えめに伸びをした。彼の居住壕は半壊した民家の階段の下に掘られていて、もう八か月以上、そこで暮らしていた。


 棺桶みたいに狭い灰色の土の部屋にはその日使えるわずかな水が入った壜、卑猥な版画、快速戦車の帆でつくった肩掛けのカバン。


 アルニウスは剣吊りベルトを腰に巻き、鎖帷子のシャツをつけ、連射式クロスボウを手に穴倉を出た。


 朝五時の空は赤い影が走る黒雲に覆われていた。

 このノヴァ=クリスタルでは毎日どこかで空を赤黒くするほど何かが燃えている。


 泥でねばついた溝で弓を手にした元狩人の民兵たちが黒煙の流れる瓦礫のほうを見張っている。


 中隊長は司令部用の塹壕でピコリ草でつくった偽コーヒーを煮ていた。

 白い口ひげと丸い眼鏡をかけた初老の男で、小さなツバの帽子をかぶり、そばには火縄銃を立てかけた事務机があり、鼠皮紙の命令書が数枚散らばっている。


 疲れ切った男たちのなかで数少ない意気のある男、親衛隊の幹部が気勢を上げていた。


「消極的だ」


 彼はみなに言うのだ。


「この戦争に王国の興廃がかかっている。ノヴァ=クリスタルを占拠できるかどうかが戦争全体の勝敗を決める。つまり、ノヴァ=クリスタルは王国の運命を握っているのだ」


 きれいな軍服。

 ベテラン兵は空気を嗅げば、自分の近くで何人が焼けているかが分かる。

 濃さが違うのだ。


 この親衛隊員はそんなことわからないだろうな。


 アルニウスは冷めた目で督戦係を見ている。


 中隊長が言った。


「やあ、アルニウス。ちょうどいいところに来た。こちらの親衛隊どのを第三観測地点まで連れていってくれるかな? 彼は戦況を見通したい。あの観測地点ほど戦況を見通すのにふさわしい場所はないだろう?」


 アルニウスは嫌々引き受けた。


 親衛隊の兵士長補佐はアルニウスが騎士であるのに連射式クロスボウを背負っていることを騎士道に反すると攻めた。


「騎士道なんて、ここじゃ役に立ちませんよ」


 親衛隊相手に敬語を使うほど、騎士道は意味がなくなったのだ。


「それは敗北主義者の考えだ」


「そうですか」


「わたしはここに来て、士気を鼓舞するために派遣されたのだ。あの中隊長では話にならん。わたしが善導してやる。国王陛下のために死ぬことがどれだけ幸福であるか教えてやる」


「そうですか。あ、あれです」


 その観測地点は塹壕の縁にシャベルで入れた切れ目だった。


「あそこからフラナガン通りへ通じる瓦礫の一群が見えます。敵が来るとすれば、そこを通るし、こちらから攻めるときは橋頭堡になるんですよ」


 親衛隊員はその矢狭間に顔を突っ込んで、外を見ようとした。


 瞬間、銃声がして、親衛隊員は額に風穴を開けて、後ろに吹っ飛び、土の壁に背中からぶつかった。


「説明するのを忘れてましたがね、この観測地点、敵の火縄銃兵に一日じゅう見張られています。でも、国王陛下のために死ぬのは幸福なんですよね? よかったじゃないですか、このクソッタレ」


 アルニウスは死体の頭を蹴飛ばした。

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