第二十一話 パンケーキ探究者、彼にはパンケーキが必要だ。
この二日間、アレサンドロほど自分に自信を失い、自分がずぶ濡れの負け犬なのだと悲観にくれた人間はいなかっただろう。
ゼメラヒルダはカラベラス街にゴブリン銀行支店を開設、レウス商会の面々は努力が認められてダミアン・ローデヴェイクに殺されずに済んだし、〈聖アンジュリンの子ら〉はイヴェスや聖院騎士団の騎士判事補たちと協力して、特に凶悪な選手五十人を起訴して、カラヴァルヴァ同時起訴の新記録を立ち上げた。
来栖ミツルは新しいラケッティアリングとして武器売買に手をつけるということで忙しそうで、しかも、大勢連れていくということで、ちょっとした大遠征になりそうだ。
ところが、アレサンドロには何もない。
ラコリペルタスの所在は分からない。それ、すなわちホライズン・ブルー・パンケーキとの出会い叶わぬということだ。
それとサンタ・カタリナ連合会のミカエル・マルムハーシュが歌姫を紹介するから保護してくれと言ってきた。
誰がきいても涙を流す歌を歌うというので、ステージに立たせたら、殺し劇を見に来たチンピラゴロツキ三百人が涙の海で溺れ死んだ。
しかし、アレサンドロは泣かなかった。
とにかく悲しいことが多すぎて涙も枯れ果てたのだ。
もはや彼に悲しみの涙を流すことはできない。
とりあえず契約の話があるからと彼は自分のオフィスに呼ぶと、パンケーキを焼くための炉のそばに座らせた。
炉にはまだ火が残っていて、パンケーキをつくる材料とパンケーキがパンケーキと呼ばれる由縁、つまりフライパンが置いてあった。
パンケーキをターコイズ・ブルーに染めるワイバーンの尻尾から抽出したエキスがあったが、少女は賢くもこれを避けた。
まず少女は〈ちびのニコラス〉で帳簿の革表紙と一緒に拾った小さな栞に書いてあることを実践した――フライパンで素振りを三十回したのである。
そして、パンケーキを焼いた。
パンケーキは得意なのだが、どういうわけか失敗する。
失敗したパンケーキは炉の横の皿に置き、何度も焼くが、何度も同じ失敗をした。
いま、アレサンドロはデスクに突っ伏してメソメソしている。
だが、何かのきっかけで目を上げれば、彼はどんどん積み上げられるパンケーキの色を見るだろう。
そして、そのときこそ、アレサンドロは歓喜の涙を流すのだ。
カラヴァルヴァ カルチョ・カラヴァルヴァ編【了】




