第十四話 アサシン、悪魔の上下関係。
〈オッチデンターレ〉と〈オリエンターレ〉の選手がボールを探して、目を血走らせる。
ボールを蹴ってるつもりが味方を蹴っちまったぜ、なんてことはざらにある。
手強い悪魔憑きがいると、マリスがヴォンモを伴い、エビ漁師のたまり場に着いたころには関係者全員逃げ去った後だった。
「ジルヴァの話から考えると、ここにいると思ったんだけど」
「モレッティさん」
ずぶずぶと影から悪魔があらわれる。
「仲間の悪魔さんの気配を感じますか?」
「そうですね。アドラメレクの気配です」
「悪魔の気配って、どんな感じなんだろう。ちょっと興味があるな」
「焦がしたオークの樽みたいな香りがします。この香りをたどれば、問題の人物にたどりつけるでしょうね」
「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃおうか」
「でも、師匠。生きたまま捕まえないといけないんですよね?」
「生きてればいいんだよ。たとえズタズタでも」
「師匠の教え、おれ、大事にしますね」
聖アロンゾ教会の脇から入った路地の先にある、水堀で区切られた小さな町からアドラメレクの気配がした。
その町に入る一本の橋があり、そこにはひとりの男が立っていた。
がっしりしているわけではないが、いい面構えで何か重要な使命を持っているらしい。
「おれはゴールキーパーだ」
そうきいて、ヴォンモとマリスは身構えた。
「遺言がわりにきいてあげるよ。どっちのチームだい?」
「チームとは?」
「〈オッチデンターレ〉と〈オリエンターレ〉。あのろくでなし集団のどちらかに所属してるんでしょ」
「おれはどっちにも属していないゴールキーパーだ」
「ん?」
「師匠。おれ、ちょっとよく分かりません」
「あのさ。ゴールキーパーって言うくらいだから、きみはゴールを守っているんだよね?」
「いや」
「は?」
「ゴールキーパーが必ずしもゴールを守っているとは限らない」
「でも、きみはゴールキーパーだ」
「おれはどちらのチームにも所属していない」
「じゃあ、きみはゴールキーパーじゃないんじゃ――」
「いや、おれはゴールキーパーだ」
「ヴォンモ。代わって。ボク、頭がいたくなってきた」
「はい。えーと、ゴールキーパーさん。おれたちはあなたの後ろの町に用があります。通してもらえませんか?」
「通さないと殺すって付け加えておくんだよ」
「はい。ゴールキーパーさん。おれたちを通してくれないと殺しちゃいます」
「そうきいたら、ますます通せない。自分のことを通さないってだけで人間を殺すような人間、自分の家に招き入れると思うか?」
「そう言われると、ぐうの音も出ませんね」
「でも、ひとつ進展だ。そこにはゴールキーパーの家がある」
「いや、ないぞ」
「は?」
「おれの家はシデーリャス通りにある」
「じゃあ、なんでサンタ・カタリナ大通り沿いの路地にある掘っ立て小屋が十軒あるだけの町を守るのさ」
「おれがゴールキーパーだからだ」
「うーん。これは人生のゴールとかそういう隠喩かな?」
「お嬢さんよ。このクソダメが人生のゴールに見えるか?」
「きみはそのクソダメを守っているわけだけど」
「アタマにくるよな」
「あの、あなたが守っている、その町に、悪魔がいるんです」
「アドラメレクがさっき来たよ」
「知ってるんですか?」
「おれはゴールキーパーだぞ」
おれはエクソシストだぞ、というように男がこたえる。
ちょっとゴールキーパーの肩越しに町を覗き込むと、最初に見えたのは小さな礼拝堂だった。
小さな灯がついていて、痰を吐く音がきこえる。
「司祭さんがいるんですか?」
「ひとりいる。罰当たりなろくでなしだ」
「そいつをゴールキープするべきだったんじゃないかな?」
「あいつのほうが先住民だ」
「先達への敬意。泣けるね」
「好きなだけ泣いていいぞ。なにせ、おれは――」
「ゴールキーパー、ですよね」
「分かってきたな、小さいの」
「じゃあ、アドラメレクさんを呼んできてもらいますか?」
「いいだろう。おれはゴールキーパーだからな。誰が呼んでいると言えばいい」
ずぶずぶ、とモレッティがヴォンモの後ろから持ち上がる。
「わたしが呼んでいると言っていただければわかります」
「誰だよ、わたしって」
「モレッティとお伝えください」
ゴールキーパーは持ち場を離れて、町へと入っていった。
いま入ろうと思えば、入れたが、ヴォンモとマリスはひとりの人間の職業を尊重することにした。
しばらくして戻ってきたが、ゴールキーパーは、
「モレッティなんてやつは知らんと言ってるぞ。うるさくするなら殺しても構わんと言って、これをくれた」
見ると、それは禁呪クラスに該当する短剣だった。
「でも、おれは殺しはやらない。おれはゴールキーパーだからな」
なんとなくだが、ヴォンモはココナッツ・マンを召喚してみた。
「おれはココナッツ・マンだ」
「おれはゴールキーパーだ」
「おれはココナッツ・マンだ」
「おれはゴールキーパーだ」
「ヴォンモ。ココナッツ・マンをしまって。頭がおかしくなる。しかし、どうしたら、通してくれるかな」
モレッティが、ふふ、と笑った。
「いいかげんおふざけを終わりにしましょうか」
そう言ったので、ゴールキーパーを跡形なく、瘴気まみれのぐしゃぐしゃにしてしまうのかと思ったが、モレッティは懐から出した酒壜をひと口飲んで、しゃっくりをした。
すると、その小さな口からシャボン玉がひとつスイッと出て、ぷかぷか浮かんだ。
「では、ゴールキーパーさん。このあぶくをアドラメレクのもとに持っていって、その生意気な短剣であぶくをつついて割ってみてください」
ゴールキーパーはまたまた持ち場を離れた。
「あの、モレッティさん。あのあぶくを割るとどうなるんですか?」
「どうということはありません。蝿が一匹あらわれるだけですよ」
そのうち、ダンダンダンダン!と足音がして、若い、角のある青年悪魔があらわれると、顔を蒼くして、
「げぇ! ベルゼブブの兄貴!」
「げぇ、とは挨拶ですね。アドラメレク」
「あ、いや、これは違うんす!」
「きみ、あのゴールキーパーに逆さ天使のナイフを渡して、それでわたしを刺せと言ったそうですね」
「い、言ってません……」
ゴールキーパーはその横で、
「いや、言ったよ。そんな下級悪魔、こいつでメッタ刺しにしちまえ、って」
「下級悪魔、ですか。どうやらわたしの知らないうちに悪魔の序列に一大激変があったようですね。わたしが下級悪魔。ふむ。そこのところ、どうなのですか? アドラメレクさま」
「違うんす! 勘違いだったんす! だって、モレッティなんて名前の悪魔、きいたことがないから、またギターの腕を上げる代償に魂売ったチンピラが出たのかと思って――」
「まあ、いいでしょう。これについては後で話すとしましょう。それより、いまわたしの依り代があなたの依り代に用があるのです。会わせていただけますよね」
「もちろんっすよ! 兄貴! いや、もうリボン結んで差し上げます! おい、おっさん! こちらのお方とお嬢さま方は通していいぞ」
「だが、お前、こんな場所にやってくるのは小物がキチガイだから、構うことはねえ、みんなぶっ殺しちまえって――」
「言ってない!」
ドブにかかる橋を渡ると、崩れかけた家がいくつか並び、礼拝堂からは密造酒のにおいがした。裏手には小さな池があり、四角く家の出入り口に囲まれていた。
そのひとつのドアを開けたが、干からびた玉ねぎがのっているフライパンがひとつあるだけで、帳簿係もトランクもなかった。
干からびた玉ねぎだと思ったものは手紙をねじったものだった。
『悪魔殿 あなたなしでもやれそうな気がするので、独立します』




